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第三章 明け星


         ☆☆☆




 星辰国 首都 北辰京。

 水鏡の観星台。

 今日の空は厚い雲に覆われて、日中だというのに気温が低く吐く息が白くみえる。

 冬星は観測の間をぐるっと見回して、天窓から灰色の空を見上げた。

 しばらくして背後から声がかかる。

 「もうそろそろ帰ろう。体冷えるよ」

 2人のときだけのくだけた口調で翠雨は言った。

 返事はせず首だけを少し後ろに向け、冬星はまた天窓を見上げる。

 音もなくゆっくりと近づいて来た翠雨が冬星を後ろか抱き締める。

 「寒くないの?」

 冬星の耳朶に口を寄せて翠雨は囁いた。

 「平気だ。………それより池の畔の花を見たか?もう冬になるといのにまだ咲いてる」

 「………あれは藍夜の命だよ……」

 「……ああ、そうだな」

 冬星は翠雨に身体を軽くもたせかけた。

 2人はもう少しだけ天窓の曇り空を見ていた。



 尊星宮 東宮 古書院。

 観星台から帰った冬星と翠雨は、もう今は使われていない2人だけしか知らない古書院にいた。

 「あっ、あっ……」

 翠雨が唇で冬星の肌に花びらを散らすたびに冬星は甘い声を上げる。

 「あっ、あん、あっあっ…んん」

 2人は唇を重ね激しく舌を絡め合った。

 そして、冬星の腰を掴んだ翠雨はゆっくりと深く冬星の中へと入ってゆく。

 たまらず冬星は唇を離し頭を仰け反らせた。

 「あっ、あっ、あっ………」

 休息用の長椅子がギシギシと揺れ始め、その揺れは次第に激しくなっていった。

 「はあっ、はあっ、冬星冬星……」

 甘く苦しげに呻きながら翠雨は冬星の身体に縋り付くように抱き締めた。それに応えるように冬星も翠雨の身体を強く抱いた。

 「……翠雨、翠雨っ」

 2人の息が混じり合い濃密な空気が古書院に満ちる。

 時の過ぎるがままにその日2人は激しく求め合い続けた。

 まるで世界はここしかないというように。

 何かを考えることもないように。

 外は静かに雪が降り始めていた。



         ✩✩✩ 




 東宮の執務室。

 「宰相と共に謀反を企てていた者たち、悪事に加担していた者たちの処罰処遇が決まったよ。これでこの件は一段落ついたね」

 部屋には2人だけのため翠雨がいつもの口調で執務室の椅子に座っている冬星に報告をしていた。

 藍夜は陳情報告書を遺していた。

 「まさか宰相が謀反まで企てていたとは……陛下がご病気で不在だからと、私もなめられていたものだな」

 唸るように冬星が呟く。

 「夫人はどうしている?」

 「生家に戻っている。夫人は憔悴しきっていたけど謀反や悪事については何も知らなかったようだ。それに、本来ならば紅羽も一緒だったはず……」

 「……そう…だな」

 しばし沈黙したあと、翠雨は話題を変える。

 「星読姫の捜索を打ち切きるということだけど……いいの?………きっと兄さんも」

 「もう決めたことだ」

 「だって冬星は兄さんが…」

 「翠雨!」

 少し強い語調で翠雨を制した冬星は一息置いて話し始めた。

 「翠雨。変な話かもしれないが私はこれでいいと思っている。私は星読姫に女としての幸せも満足も与えてやることはできない。蒼真は………」

 と言葉を止めて冬星は翠雨を見詰めた。その瞳はどこか熱を帯びたような思い詰めたようなそんな瞳だった。

 翠雨もまた冬星を見詰める。

 しばらく2人は見詰め合っていたが、部屋の入り口から、"失礼します、殿下。"という声が聞こえた。

 皇后からの呼び出しであった。


 皇后宮。

 冬星は右手を軽く握り、左手でその右手を包み込むように合わせ、皇后に挨拶をする。

 「母上、お呼びでしょうか?」

 「冬星。今日お前を呼んだのは、お前の結婚についてです。星読姫については……もうここにはいない者のことをとやかく言うのはやめておきましょう。とにかく新しい花嫁候補を何人か……」

 皇后が全てが言い終わらないうちに冬星が割って入る。

 「母上、その事ですが私は結婚をする気がありません」

 何を言っているのか分からないというふうな顔で皇后の顔が固まる。

 「更に正しく申し上げます。私は女性とは結婚しません」

 「お、お前はいったい何をい、言っているのですか?」

 皇后は胸に手を当て何とか声を絞り出した。 

 「母上。私は女性を愛することができません。抱くこともできません。私は同じ男性としか……」

 パンッ!皇后が強かに冬星の頬を打った。

 「冬星!お前正気なの?お前は皇太子なのよ。そんなことは許されません!後継ぎが必要なのですよ!」

 冬星は真っ直ぐと皇后を見据えて言った。

 「私自身の立場は重々承知しております。ですが、できないものはできません!それと後継ぎについてですが今の星辰国の魔導と科学技術をもってすれば同性同士で子供をつくることは可能です」

 「そういう問題ではありません!お前は皇族なのですよ。一般の民衆とは違うのです!」

 「何が違うのですか?私と一般の民衆とではいったいどう違うというのですか?」

 「いいですか!私たち皇族には古くからの伝統としきたりというものがあるのです。それを軽々しく破ることはできないのです!」

 「私は決して伝統としきたりを軽くみているわけではありません。ただ時代に合わなくなっていると感じます。時代に合わない考えや思想はいずれ全てを腐敗させます」

 「口答えがすぎますよ!それに陛下がお許しになると思っているのですか?」

 父親のことを引き合いに出された冬星の瞳が一瞬揺らいだ。すかさず皇后が言い含めるように話し始める。

 「冬星。陛下のご病気が思わしくありません。もしかしたらこの冬を越えることは難しいかもしれません。だから、ね?」

 皇后がそっと冬星の手に触れる。だが冬星はその手を拒否するようにスッと手を引いた。

 「父上にも私からきちんと話をいたします」

 「 冬星!お前、お前は……」

 半ばヒステリックに叫んだ皇后が、"ああ…"と言いながら床に倒れ込んだ。

 「母上!大丈夫ですか?おい!誰か!皇后がお倒れになったぞ!」

 そう叫ぶと慌てて女官たちが駆け付けて、皇后を介抱し始めた。

 その様子に冬星はため息を付いて見守っていた。


 皇后の部屋から出てきた冬星を廊下で控えていた翠雨が出迎える。

 「中は随分騒がしかったけど、大丈夫なの?」

 「大丈夫だ。何も問題ない」

 颯爽と歩く冬星の顔はどこかスッキリとして付き物が取れたようである。

 見上げると晴れた空に小鳥が自由に飛び回っていた。


 その夜、翠雨は自邸へと帰った。

 蒼真の失踪で内心ショックを受けているであろう母親のためもあったが、1人で考えたいこともあった。

 夜更け、翠雨は蒼真の部屋にそっと入って行った。

 部屋の中は使用していたときのままにしてある。といっても必要最低限の物しか置いてはいないのでスッキリと片付いていた。それは翠雨も同じである。皇太子の護衛として側で仕えるようになってからは自邸にはほぼ寝に帰っていたようなものだったからだ。

 だが、主を失った部屋にはどこか虚無感が潜んでいた。

 翠雨はデスクの椅子に座り、目の先には窓があり外の様子が窺えた。

 今日は雪が降ってはおらず、雲1つない夜空と雪の反射で明るい夜であった。

 「兄さんは、どこにいるのかな……」

 無意識に小さく声を出して翠雨は呟いた。

 そして今日のことを考える。

 冬星はいったい何を考えているの?

 突然のカミングアウトは翠雨にとっても衝撃であった。

 しかも相手は自分なのか?それとも……

 いや、兄さんはもう帰っては来ない。

 僕を選んでくれればいい。冬星とならどこまで堕ちても構わない。

 僕たちのことでたとえ悲しむ人がいたとしても、それでもこの心を止めることはできない。

 悪いと思う、申し訳ないとも思う、それでも、それでも…

 夜は更に深く更けていった。



         ✩✩✩



 皇帝は崩御された。

 毎年冬に行われていた首都 北辰京の星祭は中止になり国民は皆喪に服すことになった。

 その年の星辰国はとりわけ厳しい寒さであった。



 そして喪が明けると、冬星が新皇帝に即位した。



         ✩✩✩



 尊星宮 東宮 古書院。

 東宮での最後の夜、冬星と翠雨は2人だけの秘密の場所である古書院にいた。

 休息用の長椅子に2人は並んで座っていた。

 翠雨が古書院を見回す。

 「ここに来るのも今夜が最後だね」

 「ああ、そうだな」

 「こうやってゆっくり話をするのも久し振りだね。陛下が亡くなってから冬星の即位式まで本当に慌ただしかったから」

 2人は感慨深げにしばし沈黙する。

 冬星が不意に口を開いた。

 「父上は何も言わなかったがきっと分かってくれたのだと思う。亡くなる前に私の手を強く握ってくれた」

 一度自分の手を見詰めてから冬星は話を続けた。

 「これから伯父上の改革案を実現するため尽力しなければならない。この国のため必要なことだ。藍夜もそう考えたからこそ陳情報告書を遺して伯父上の無罪と意志を伝えたかったのだろう」

 「そうだね。藍夜が命を賭して守り抜いたものだ」

 「ああ、そうだ。……それでなのだが…。お前はこれからも私の側で私を支えてくれるのか?」

 「えっ?」

 驚いた翠雨は少し目を見開いて冬星を見詰めた。

 冬星も翠雨を見詰める。2人の視線が絡み合う。

 「もしお前が今の役職以外で何か他にやりたいことがあるのならば無理強いはしない。…ただ、……ただ…、プライベートでは一緒にいて……ほし…い」

 ふいっと冬星が視線を外し顔を逸らしてしまう。

 「えっ?えっ?!それって。だって冬星は…」

 「私は!私はお前がいい!どんな時にも側にいてくれたお前がいいんだ。お前でなくてはダメなのだ」

 翠雨は身体ごと冬星の方を向きその両肩を掴んだ。

 「冬星こっちを向いて。僕を見てよ」

 ためらうように冬星は翠雨の方に身体を向け、おずおずと視線を合わせた。頬が朱に染まっている。

 「ねえ聞いて冬星。僕はずっと冬星の側にいたい。側にいて冬星を守れることが僕の幸せで僕がやりたいことだ。公私ともにね」

 「翠雨…」

 2人は再び見詰め合い、どちらからともなく抱き合った。そして少し身体を離しお互いの唇を重ね合わせる。それは次第に熱く激しさを増していった。

 夜は深まり、新しい空に変わり始めた頃。

 暁の星が輝いていた。 

 

 

 

 

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