終始 星辰国
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星辰国 首都 北辰京。水鏡の観星台。
新月の夜。星たちはいつもより輝きを増し、空からも水面からもその光に満ちていた。
水鏡の観星台の曼珠沙華の群生する畔に1人佇む男がいた。
「やっと…やっと来れた。藍夜……」
あれから……
☆☆☆
星辰国 北辰京と隣接した都市との境上空で蒼真は風輪を一時停止させた。前方には風輪に乗った男が立ちはだかっていたからだ。そして更に上空には星君の星船「幻星夜」が停まっていた。
先に口を開いたのは前方に立ちはだかる男だった。
「久方ぶりでございます。星羅様。お初にお目にかかります。星辰国公子蒼真様。私は星君の執事を務めております。お二人を星君のもとへお連れするためお迎えにあがりました」
蒼真と星羅は一度顔を見合わせてから怪訝な顔で執事を見た。
「星君が……」
「執事。私は蒼真から離れる気はありません!」
「私からお答えすることはできません。星君と直接お話をなさって下さい」
淡々とした態度で執事は幻星夜を手で示した。
2人は再び顔を見合わせてから小さく頷いた。
それを承諾の意と取った執事は風輪を上昇させ、2人に付いてくるようにと促すように振り向いた。
蒼真も風輪を上昇させその後に付いて行った。
幻星夜の奥の部屋で星君はゆったりと椅子に座り待っていた。
2人が挨拶をしようすると、それを制して話し始めた。
「挨拶はよい。日も昇り始めた。時間も無いので簡潔話をまとめようではないか」
そう言って一度2人を見てから再び口を開く。
「お前たちこれからどうするつもりなのだ?」
星君は蒼真を見て問うた。
「皇室はきっと捜索隊を出してくるでしょう。ですのでほとぼりが冷めるまで各地を転々とするか若しくは他国へ行こうかと考えています」
「ふむ。まあそうであろうな。だが、それはちと難しいのではないか?なぜなら星羅は身籠っておる」
えっ、と蒼真が驚いて星君を見てから隣にいる星羅を見詰めた。星羅は気まずそうな恥ずかしそうなという感じに少し俯き自分の腹部に軽く手を当てた。
「ごめんなさい、蒼真。隠すつもりはなかったのよ。星読みでは確かにそうでたけれど、お医者さまにまだ診てもらった訳ではないし……」
「星羅……」
蒼真はぎゅっと星羅を抱き締めた。
そんな2人を星君はしばし眺めてから言った。
「身重の娘を連れ回すのはとてもよいとは思えぬな。そこで提案だが、お前たち2人我が領地 天河へ来るがよい」
「「?!」」
「匿ってやると言っておるのだ。天河ならば皇室も勝手はできぬ」
蒼真と星羅は見詰め合ってから、星君の方を見て頷いた。
「よし!決まりだな。では我が領地 天河へ」
その言葉が合図となり、星船「幻星夜」は朝日と共に空を出航した。
☆☆☆
星君領地 天河 九星塔。
蒼真と星羅が天河に来てから数ヶ月が経った。
昨夜の遅くに雪が降ったのか、庭の木々や建物の屋根に薄っすらと雪を被って陽光にキラキラと輝いていた。
京ではもっと雪が降り積もっているだろうなと思いながら蒼真は星君の執務室へと向かう廊下を歩いていた。
星君の執務室。
蒼真が挨拶を済ませると星君から話しを始めた。
「今日はお前にいくつか話しておきたいことがある。まず1つ目だが、お前たちの捜索は打ち切られた。案外早かったな。天河に来た捜索隊もあまり追及せずに帰っていたしな。あの皇太子は星羅に興味がなかったようだし、形だけといったところだろうさ」
少し皮肉めいた星君の口調に蒼真は何も言わずに黙って聞いていた。冬星の星羅に対する態度は淡泊であったなと思い出しながら。
「それと、お前と星羅の結婚についてだ。子も産まれるのだ、正式な夫婦になったほうがよかろう」
「いや……ですが……」
「お前の憂慮していることは分かっている。皇室の占星のことであろう?ふん。確かに皇室と我が娘が縁を結べば国は安泰すると出たが、相手が皇太子とは言っていない。それにお前だって皇室の血筋ではないか」
「それはそうですが……」
「あまり深く考えないことだ。占星など1つのアドバイスに過ぎないぐらいに考えておけ」
そういうものですかと困惑気味の蒼真には構わず星君は話を続けた。
「それに伴いだが、お前、私の弟子になる気はないか?」
「はい?」
「私の弟子になり星君になるための修練を積むのだ。だが婿だからと特別扱いはせぬし、必ずしも星君になれるわけではない」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!私は武人ですよ。魔導士と呼ばれるほどの術は使えません」
結婚はまだ分かるが自分が星君になるなどとはあまりに突拍子もない話のため、蒼真は困惑を通り越して混乱していた。
「基本的な術は使えるのだろう?お前は皇室の血を引いている、素養はあるではないか」
「……………」
蒼真何も言えず考え込むように黙ってしまった。
「答えはすぐ出さなくともよい。これは私の願望だ。私も人の親だからな。娘も産まれてくる孫もかわいいということだ。だからお前に無理強いをするつもりはない。これも選択肢の一つだと考えておけ」
そう言って星君は話を終えた。
星君の執務室を退室してから、蒼真は物思いにふけながら自室へと戻って来た。
部屋には星羅が窓側の日差しがあたる場所に座りお茶を飲みながら待っていた。
「今戻ったのですね。お父さまとは何をお話していたの?」
蒼真は先刻の星君との会話を話した。
「まあお父さまがそんなことを?蒼真、浮かない表情ね。もしかして私との結婚を躊躇っているの?」
悲しいそうな顔をした星羅に蒼真は慌てて否定する。
「いや、違う!そのことではない。星君になるための修練について悩んでるんだよ」
「ああそのことね。確かに突拍子もないお話だけど……蒼真はどうしたいの?」
「俺は武人だし家も代々もそうだった。父上が戦で亡くなり母とまだ幼かった弟のためにもよりそうでなくてはならなかった。確かに教養の1つとして魔導も習ったが基本的なことだけだ。だから星君になるなんて考えたこともない。正直混乱してる……」
「そうね。今まで辿って来た道とは全く違う道ですもの悩むわね……。じゃあ今の蒼真はどう?今のあなたは星君になりたい?なりたくない?」
「それさへもまだ分からない。ただ、星君になれば星羅と産まれてくる子はこの天河で何不自由なく暮らせるだろうと…思ってる」
「私とこの子のため?」
星羅は膨らみ始めたお腹にそっと手を当て、蒼真を見詰めた。その瞳はどこか不安気に揺れていた。
「蒼真。それも選択肢の一つかもしれない。でもね、私は蒼真がどんな道を選んだとしても付いて行くわ。星君だとしても、一介の民衆だとしても変わらない。私はあなたと共に生きることを選んだの。それが私の道。産まれてくる子も一緒よ」
「星羅……」
励ますように微笑む星羅に蒼真は優しく口付けてから、ぎゅっと抱き締めた。
暖かい日差しが降りそそぐ穏やかな日だった。
☆☆☆
今冬の星辰国は厳しい寒さであった。
星君領 天河でも例年よりも寒く大雪が降っていた。
皇帝の崩御は天河へ速やかに報せが入った。
新皇帝の即位。
それに際し星辰国 皇室から星君への挨拶と返礼品を携え特使を遣わした。
星君領地 天河 九星塔。
特使として天河へ遣わされた翠雨は星君と謁見の間で一通りの儀礼を済ませると庭園を散策させて欲しいと外へ出た。
天河では既に雪が溶け花々が蕾をつけ始めている。
だが、そんなささやかな光景をよそに翠雨は人けの無い人工林へと足を進めた。
人工林をしばらく歩いた翠雨は不意に足を止め、口を開いた。
「さっきから付いて来てるけど、誰?」
背後を振り向くとスッと音もなく現れた蒼真を見て翠雨は一瞬驚いて少し目を見開いたがすぐに平静な表情に戻る。
「…なんだ兄さんか」
「 おいおい、なんだはないだろう。久し振りに会えたというのに…少しは驚いたか?」
なぜか能天気な兄に翠雨は呆れ顔になる。
「まあ多少はね。やっぱりなとも思ったけど………でも星君がよく許したね?」
「そこにはやむにやまれぬ事情があるんだよ」
久々に再会した兄弟はお互いの近況を話した一ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そうか…藍夜が……無実が証明されただけでも…………」
後が続かず声を詰まらせる蒼真に翠雨は話を変えた。
「それはそれとして、兄さんはどうするの?星君になる気なの?」
「…ん?……ああ、そうだな……まだどうしたらいいのか迷ってるんだ……」
「何をそんなに迷ってるの?お姫様はどっちでもいいって言ってるんでしょう?それともまんざらでもないとか?」
「………」
何も答えられずにいる蒼真に、ああと得心したようにニヤリと笑った。
「分かった。兄さんは自信がなくて怖気づいてるんだね。名門の武門の出で、エリートコースをトントン拍子の兄さんがちょっと使えるくらいの魔導力で星君の修練に挑むなんて何考えてんの?だもんね。それは萎縮もしちゃうよね〜」
「おい!それは少し言い過ぎじゃないか?俺は別に萎縮してないし、エリートコースをトントン拍子だった訳じゃない。……星君になりとは思わない……ただ星君になる為の修練をすれば今よりも魔導力が使えて、星君の護衛くらいにはなれるかとは……考えてる…」
「ふっ。兄さんらしいね。だったらとりあえずやるだけやってみたら?で、ダメだったら何か違いました〜でいいじゃん」
「おいおい、そんな軽々しい」
「だってやってみなきゃ分からないよ。考え過ぎて身動き取れなくなるなら、それぐらいの軽い気持ちのほうがいいんじゃない?まっ決めるのは兄さんだけどね。じゃあ僕はもう行くから」
「あっ、おい……」
翠雨はもと来た道をスタスタと歩いて行ったが、途中で立ち止まり振り返らずに言った。
「そうだ。どんな方法でもいいから母上に連絡を寄越して。気丈に振る舞ってはいるけど本当はすごくショックを受けてる。…………………………兄さんが星君になれるかは分からないけど、良い父親にはなるんじゃない」
そう言い残して翠雨は再び歩き始めて行ってしまった。
蒼真は弟の背中が見えなくなるまで見送っていた。まだ小さく幼かった頃の面影と共に。
ふぅーっと蒼真は一度息を吐き木々の葉の隙間から見える空を眺めた。
「とりあえず……やってみるか、か」
雲のない空はどこまでも青く澄んで高く自由であった。
☆☆☆
星辰国 首都 北辰京 水鏡の観星台。
「藍夜、俺は星君になった。似合わないだろう?ふふ、俺自身が一番似合わないと思ってる。……陳情報告書読んだよ。自分にも何か出来ればと考えたけど、まさか星君にまでなれるとは思わなかった。……翠雨や冬星達と共に必ず実現させるからな。あと少しもう少しだ。見ていてくれ、藍夜」
その時一陣の風が吹き、曼珠沙華の花を揺らした。
蒼真はもう何も言わずにただ曼珠沙華の中に佇んでいた。
しばらくすると自分を呼んでいる声がするので振り返ると、優しく微笑んだ星羅が立っていた。
「やっぱりここでしたね。夜中に目が覚めたら、あなたがいなかったので翠雨様にお訊きしたのです。きっとここにいると」
「そんなに時間が経っていたのか……何だか離れ難くて……」
寂しそうな切なそうな声で呟いた蒼真を星羅はそっと横から抱き締めた。
蒼真は視界が次第にぼやけていくのを感じた。
ポロっと涙が一粒頬に落ちるのを合図に今まで堪えてきたものが堰を切ったように溢れ出し頬を濡らしていった。
声もなく苦しそうに嗚咽を漏らしながら肩を揺らす蒼真を星羅はギュッと強く抱き締めていた。
もうどれくらいそうしていたのかは分からない。長いようで短いような、そんな時間だった。
しだいに落ち着きを取り戻した蒼真は星羅に問うた。
「…そういえば、夜は冷えるが大丈夫か?お腹の子供に影響はないかな…?」
今更の問いに星羅は軽く吹いた。
「ふふっ、大丈夫。だってもう三人目ですよ?安定期にも入ってるし大丈夫です。それよりも、ここは昼間とはまた違う雰囲気ね。昼間も美しいけれど、夜はもっと美しいわ…」
思わず感嘆の声を漏らしながら、満天の星を映す湖を見た。
「ああ、そうだろう。ここは昔から変わらずに美しい」
「そういえば、昔一度来たことがありましたね。でもそのときは景色を眺める余裕なんてなかった…」
「…ああ。そう、だったな…」
2人はどちらかともなく手をつないでいた。そしてキュッと少しだけ力を入れた。
微かな風が吹き、曼珠沙華を少し揺らした。
新月の空には星が強く輝き瞬いている。
2人はただ黙って満天の星とそれを映す水鏡を見ていた。
暁の星があと少し経てば輝くだろうと思いながら。
完




