第二章 紅
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星辰国 首都 北辰京。
藍夜の邸宅。
寝室で藍夜と紅羽の2人は眠っていた。
ゆっくりと藍夜は瞼を開け、恋人である紅羽の寝顔を見詰める。無邪気に眠る紅羽の頬にそっと触れた。
寝台のサイドテーブルには、今宵の首都の秋祭りで藍夜が紅羽に贈った、ガラス細工で出来た曼珠沙華の髪飾りが小さな炎のようにきらきらと輝く。
藍夜は紅羽を起こさないよう、静かに上体を起こす。そして、少し大きめの丸窓から夜の空を眺めた。
中天には下弦の月が懸かっていた。
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「次の新月の夜に決行する」
「……っ?!」
昼間の水鏡の観星台の池には青く澄んだ空が映り、水が太陽の光に輝いて夜とはまた違う美しさをみせていた。
その池の畔で藍夜と蒼真は景色を眺めるかのように話をしていた。
だが、藍夜の言葉に蒼真が顔を向ける。何かを言いかけたとき、藍夜が先に口を開く。
「お前の言いたいことは分かっている。だが無駄だ」
そうバッサリと切り捨てられ、蒼真は俯くしかない。
「それよりも、お前は自分の心配をしろ」
「えっ……?」
「星読姫とのことだ。姫はもうすぐ成人だろ?そうしたら皇太子妃になってしまうぞ。そうなると色々と難しくなる。逃げるなら今がチャンスだ」
藍夜の言わんとしていることを理解した蒼真は顔を上げ藍夜をジッと見詰めた。
「……利用しろって言うのか?だがお前は……お前は大丈夫なのか?」
「俺の心配は無用だ。お前の力は必要ない」
「だが………」
「利用しろ。そして、お前はお前の人生を生きればいい。それとも皇太子……冬星のことを気にしているのか?冬星は………いやそれはいい。とにかく逃げるなら今だ。機会を逃すな」
再び俯いた蒼真に藍夜は顔を向けた。今まで硬く無表情だった顔を一瞬和らげ、どこか懐かしそうな瞳で従兄弟である蒼真の顔を見た。そして、また池の方に視線を戻した。
「次の新月の夜だ。準備をしておけ」
秋の涼風が吹いた。
光に反射した池の水面が大きく揺れていた。
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新月の夜。宰相邸。
星が輝きを増した頃、宰相邸では悲鳴があちらこちらで響き、煙が立ち込めている。どこかで火が出ているようであった。
その宰相邸の1室で、藍夜と宰相が対峙していた。
「なぜだ?なぜこんな事を……親友の息子であり、娘の許嫁であるお前にはいつも目をかけてやっていたではないか……なのに…なぜ?……」
宰相は困惑と悲痛の顔で藍夜に問いかける。
「ふん、父上の親友だって、どの口が言う?いいかげん善人のふりはやめろ。お前の野心は全てお見通しだ」
「何?」
「お前が父上を陥れたのは分かっている!ありもしない罪で父上は処刑され、そのせいで母上は…………くっ」
藍夜は歯を食いしばり憎しみを込めた目で睨む。宰相は冷たい表情で藍夜を見据えていた。
「先に裏切ったのはお前の父親のほうだ。あいつは公主を横から奪い取ったのだ。権力に興味のないふりをしてな。公主……お前の母親も母親だ。私を選ばなかった」
「母上もお前の野心に気づいていたのだ。それに父上と母上はお互い愛し合っていた。いいかげんなことを言うな!」
「 まったく。お前もお前の親もどこまでも人を愚弄しおって!」
全て言い終わらないうちに宰相は金色に光る数本の矢を藍夜めがけて連続で放つ。
藍夜は白銀の閃刃で金色の矢を斬り落とし、宰相めがけて閃刃を放つと、宰相は金色の防御壁で食い止める。
2人の攻防はしばし続いた。
「このままでは埒があかん!」
業を煮やした宰相は、先ほどよりも更に力を放出し無数の金色の矢を放った。
雨のように降ってくる矢に藍夜は白銀の防御壁をつくる。
「なかなかやるではないか。才能、血統は申し分ないのだがな。ふん。大人しくしていれば娘の婿として可愛がってやったのに」
「ほざくな!自分の野望のために娘である紅羽まで利用するとは。どこまでも欲深いな」
不敵に笑った宰相は再び攻撃を開始した。
藍夜が白銀の閃刃を立て続けに放ち、宰相が防御壁を出す。
2人は睨み合う。
不意に藍夜の視界が揺れ思わず膝をついた。
「どうやら限界が近いようだな。成人しているとはいえお前はまだまだ若い。まだ器が完成されていないのに、膨大な魔力を使えばそうなる」
「くっ……」
「若者は一晩眠れば治るだろうが、お前にはもう関係ないな」
宰相は片手を上げ魔力を放出し始めた。そして藍夜に向かい金色の矢を放とうとした瞬間。
「やめて!ダメーーー!」
紅羽が藍夜を庇うように立ちはだかる。
驚愕した宰相が慌てて攻撃を止めようとしたが間に合わず、無数の矢が紅羽と藍夜に降り始めようとしたところで、藍夜がなんとか両手を前に突き出し防御壁をつくった。
だが、1本の矢が紅羽の胸を貫いた。
「うっ………」
ゆっくりと紅羽の身体が傾きだす。
藍夜は白銀の閃刃を放ち、疾風のような閃刃は矢を斬り落とし、呆然としていた宰相の片腕をも斬り裂いた。
「ぐぎゃあ!」
宰相が鈍い悲鳴をあげてうずくまった。
倒れる寸前の紅羽を藍夜は両腕で受け止め、抱きかかえる。
「……ら、藍夜……良かった……ご、ごめんなさい……あ、愛、愛して………る………」
藍夜に伸ばされていた手がパタリと落ちた。
「紅羽?紅羽?どうした?どうしたんだ?どうしてここに?今日はおばあさまの家に行くって………」
キランと紅羽の片手から何か光る物をがあった。その手には秋祭りの夜に藍夜が贈った曼珠沙華の髪飾りがキラキラ輝いていた。
「ダメだ。ダメだ、ダメだ。紅羽起きろ。何か、何か言ってくれ。頼む。頼むから……」
そう言いながら紅羽の身体を揺さぶるが反応はない。
慟哭が宰相邸に響いた。
「うう……」
倒れている宰相が片腕を押さえながら呻いた。
そんな宰相を何の感情も無い瞳で藍夜は見下ろす。
「……殺せ」
「言われなくても」
白銀の閃刃が煌めいて、消えた。
静寂。
宰相邸は異様なまでの静けさをまとっていた。
カッカッ、足音が響く暗い廊下を翠雨は歩いて行く。
そしてある部屋の入り口で立ち止まった。
部屋の中には、膝をつき紅羽の亡骸を抱きかかえている藍夜の姿があった。
「………藍夜」
呟くように翠雨は藍夜の名を呼んだ。
返事はない。
「僕が来たから分かると思うけど、皇太子の兵が動いてるよ……………でも、まだ裏手には兵は配置してない」
言い終わるか終わらないかのうちに遠くから"指揮官"とい呼ぶ声が聞こえてきた。
翠雨は声のした方へ歩いて行く。
しばらくして戻って来ると、藍夜と紅羽の姿はもうそこにはなかった。
藍夜は水鏡の観星台へと向かう森の中を紅羽の亡骸を抱えて歩いていた。
何も考えずに、何の感情も無く、ただひたすら観星台への暗い闇の中を歩いて行く。
水鏡の観星台に辿り着いたとき、引き寄せられるように顔を向けた先には蒼真の姿があった。背後には星羅もいて、風輪で今まさに飛び立とうしいるところだった。
藍夜と目が合った蒼真は今にも泣き出してしまいそうな顔をして藍夜を見つめていた。
そんな蒼真に、子供の頃の懐かしさが甦り藍夜は自然と無邪気に微笑んでいた。
(蒼真。それでいい。それでいいんだ。お前はお前の人生を生きろ)
藍夜の想いを察したのか蒼真はハッとした表情になり、歯を食いしばり意を決したように風輪を浮上させ、彼方へ飛び立っていった。
水鏡の観星台はその名の通り、夜空の星を映していた。まるで地上で星が瞬いているよう錯覚してまいそうなほどに。
藍夜は紅羽を抱えたまま池の畔に腰を下ろした。
「ほら、見て。美しいだろう?」
もう目覚めることもない紅羽に藍夜は愛しそうに微笑んで話しかける。
「幼い頃、ここに来たいと君にせがまれたことがあったな。でも、ここは俺たち4人の秘密基地だからダメと言ったら、君はむくれ顔で大泣きしてたよな」
ははは、と藍夜は懐かしそうに声にして笑った。
「やっとここに連れ来てやれた……」
そう言って藍夜は池に映る星を眺めた。
しばらく黙って星を見ていたがポツリと呟く。
「……さっき蒼真に会っただろう。あいつ泣きそうな顔してたな。あいつは昔から情の深い奴だった。俺の父上が亡くなり、後を追うように母上が亡くなったとき、1番悲しんで泣いてくれたのが蒼真だった。だからさっきあいつの顔を見たとき幼い頃に戻ったようだったな…………そういえば……」
幼い頃のことや楽しかった思い出など、とりとめもなく藍夜は話し続けた。
夜の闇は更に深く濃くなってゆく。
「………夜明けが近くなってきた。そろそろいかなくては」
藍夜は話すのを止め、白銀の光を放ち始めた。
次第にその色は淡い紅色から濃い紅色に変わる。
何も咲いていなかった池の畔のあたり一面に、曼珠沙華の花が咲き始めた。
全ての花が咲き終わると、藍夜は紅羽を花の上に横たえ、自らもその隣に身を横たえらせた。
「紅羽。紅羽。俺も愛している」
紅羽の頬に触れ、そっと唇に自分の唇を重ね口付けた。
「俺はもういかなければならない。できればお前のいる所へ行きたい………父上、母上に会いたい………」
藍夜の頬に涙が零れ落ちてゆく。
「……行きたいな……行けたらいい………」
紅色の光が観星台の一帯全てを覆い尽くすように大きく光を放つ。
そして消えてゆく光と共に藍夜は瞼を閉じた。
空の色が変わってゆく。
暁の星が輝き始めていた。




