第34話 壊れた先の形
朝の空気は、いつもと同じだった。
冷たく。
乾いていて。
そして。
静かだった。
「……」
だが。
その静けさは、昨日とは違う。
何かを押し殺したようなものではない。
むしろ。
――受け入れた後の静けさ。
「……」
私は、医療の場に入る。
ルカは、起きていた。
完全ではない。
だが。
目ははっきりと開いている。
「……リリアーナ」
かすれた声。
それでも。
確かに。
「ええ」
私は頷く。
「ここにいるわ」
――。
ルカは、小さく息を吐いた。
それだけで。
十分だった。
「……」
私は、そのまま少しだけ様子を見る。
無理はさせない。
だが。
確実に。
戻ってきている。
「……」
外に出る。
空気が変わる。
人の動き。
昨日よりも、少し遅い。
だが。
止まってはいない。
「……」
その中に。
一つの視線があった。
まっすぐに。
こちらを見ている。
「……」
エリゼ。
彼女は、少し離れた場所に立っていた。
動かずに。
ただ。
見ている。
「……」
私は、そちらへ歩く。
逃げる理由はない。
もう。
ない。
「……」
数歩の距離。
それだけで。
空気が変わる。
「……」
先に口を開いたのは、エリゼだった。
「……一つ、確認させて」
静かに。
だが。
はっきりと。
「何?」
「あなたは」
一拍。
「昨日の選択を、正しいと思っているの?」
――。
その問い。
それは。
最初に戻るようなものだった。
「……」
私は、少しだけ考える。
そして。
「……いいえ」
答える。
迷いなく。
「正しいとは思っていない」
――。
エリゼの目が、わずかに動く。
予想外だったのかもしれない。
「……では、なぜ」
「選んだからよ」
私は、続ける。
そのまま。
「……」
沈黙。
だが。
逃げない。
「……正しくないかもしれない」
私は言う。
「間違っていたかもしれない」
それでも。
「……あの時は、それしかなかった」
――。
空気が、静かに揺れる。
「……」
エリゼは、何も言わない。
ただ。
聞いている。
初めて。
完全に。
「……」
私は、もう一歩踏み込む。
「あなたの方法は、正しいわ」
はっきりと。
否定しない。
「安定する。再現できる。全体を守れる」
それは、事実だ。
「……」
「でも」
一拍。
「それだけでは、届かない」
ルカの方を見る。
ほんの一瞬。
「……」
そして。
エリゼを見る。
「あなたも、見たはずよ」
――。
沈黙。
長い。
だが。
必要な沈黙。
「……」
やがて。
エリゼは、ゆっくりと息を吐いた。
「……認める」
小さく。
それでも。
確かに。
「完全ではない」
――。
その言葉は。
彼女にとって。
大きなものだった。
「……」
私は、何も言わない。
それでいい。
十分だ。
「……でも」
エリゼは続ける。
目を逸らさずに。
「あなたの方法も、不安定すぎる」
――。
それもまた。
事実だ。
「ええ」
私は頷く。
「その通りね」
否定しない。
しないと決めた。
「……」
沈黙。
そして。
「……結局」
エリゼが言う。
「どちらも、不完全ということね」
――。
その結論。
それが。
今の答えだった。
「……ええ」
私は頷く。
静かに。
「そうね」
――完全な正しさはない。
完全な解決もない。
ただ。
「……」
私は、空を見る。
何もない。
それでも。
「……選び続けるしかない」
小さく呟く。
「……」
エリゼは、その言葉を聞いていた。
そして。
「……非効率ね」
ぽつりと。
だが。
その声は。
少しだけ。
柔らかかった。
「ええ」
私は、少しだけ笑う。
「そうね」
否定しない。
もう。
しない。
「……」
沈黙。
だが。
それは、悪くない。
「……私は戻るわ」
エリゼが言う。
静かに。
「王都へ」
――。
私は、少しだけ目を細めた。
「そう」
「報告がある」
短く。
それだけ。
「……」
私は、何も言わない。
止めない。
必要がないから。
「……」
エリゼは、少しだけこちらを見る。
そして。
「……壊したわね」
そう言った。
確認するように。
「ええ」
私は頷く。
はっきりと。
「少しだけ」
――。
エリゼは、わずかに目を細めた。
「……その先がどうなるか」
一拍。
「見てみたいわね」
それは。
否定ではなかった。
完全な肯定でもない。
だが。
確かに。
変化だった。
「……」
彼女は、それ以上何も言わず。
踵を返した。
そのまま。
迷いなく。
去っていく。
「……」
私は、その背中を見ていた。
追わない。
呼び止めない。
それでいい。
――。
残ったのは。
少しだけ変わった世界。
そして。
まだ、完全ではない現実。
「……」
私は、ゆっくりと息を吐く。
そして。
歩き出す。
戻る場所へ。
やるべきことのある場所へ。
――壊れた先で。
形になり始めたものの中へ。
第34話まで読んでいただきありがとうございます。
ここでついに、エリゼとの思想的な決着がつきました。
どちらが正しいかではなく、
「どちらも不完全」という結論に辿り着きます。
そして物語はいよいよ最終話へ。
主人公がどこに立つのか、
何を選び続けるのか。
最後まで見届けていただけると嬉しいです。




