第十七話:作戦名『オペレーション・ナイトメア・ドラゴン』改め、『黄金の麦畑でつかまえて』
ジュリアスの告白を受け、一行は隠れ家へと戻った。
そこで、彼は帝国の衝撃の真実を語り始めた。
皇帝陛下は、善良で賢明な方だが、今は過激派の宰相によって実質的に軟禁状態にあること。
そして、『黄金小麦』は、王宮の最上階にある宰相の私兵である魔法騎士団によって、厳重に警備されている、と。
「……私も、分かっているのだ」ジュリアスは悔しそうに言った。「今の、この帝国が歪んでいることくらい……!だが、私一人の力ではどうすることも……!」
「いいえ、あなたは、一人ではありません」
レオンは、静かに彼の前に膝をついた。そして、その震える肩にそっと手を置いた。
その時コノハがにっこりと微笑んだ。
「わたくしたちがいます。一緒にこの国の悪い菌を、お掃除しましょう?」
その、あまりにも温かく力強い言葉。
ジュリアスは、その小さな料理番の中に、おとぎ話の初代聖女の面影を見た気がした。
そして、彼はクラウスから改めて世界の歪みの真実を聞かされる。
「……分かった」
彼は涙を拭うと、固い決意の顔で立ち上がった。
「信じよう。いや、君たちを信じさせてくれ。そして、この国を救うために力を貸してほしい」
こうして、その夜、歴史上、最も奇妙な共同戦線が結成された。
彼らの目的は、ただ一つ。
宰相が私物化しているという、王宮の最上階『月の庭園』に隠された、伝説の食材『黄金小麦』を確保すること。
クラウスが隠れ家の地図を広げる。
作戦会議は白熱した。
「良いこと?我が『ウロボロス・ゲイズ』で宰相の精神を支配し、操り人形と化すのです!その名も、『オペレーション・ナイトメア・アビス』!」
「却下だ、アイ殿!我々は、テロリストではない!」
「むう……。では、作戦名はどうするのですか?」
あまりにも不穏な作戦名に全員が頭を抱える中、コノハがぽつりと言った。
「うーん……。『黄金の麦畑でつかまえて』、というのは、どうでしょうか?」
あまりにも平和で可愛らしい作戦名。
場の空気が一気に和らいだ。
「作戦は、こうだ。まず、ジュリアスが、『緊急の国家安全保障会議』と称して、宰相とその側近たちを一室に、足止めする。最低でも一時間は稼げるはずだ」
「その隙に我々が王宮に潜入し、『黄金小麦』を確保する。だが、問題は警備兵たちの目だ」
「フン。その、つまらない、雑魚たちの、視線など、我ら『深淵の福音団』が、独占してご覧に入れましょう」
アイが、不敵に笑った。
「我らが、王宮の前で、ゲリラ的に、『暗黒人形劇』を上演するのです!」
「人形劇……?」
レオンが、訝しげに眉をひそめる。
「ただの人形劇ではありませんわ!」
アイは得意げにその豊満な胸を張った。
「まず、スミレがそのキャンバスに天を覆うほどの巨大な『暗黒竜』を描き、実体化させる!」
「わーい!すっごく大きいの描いちゃうね!」
スミレが、目を輝かせる。
「そして、シオリがその暗黒竜を傀儡として動かす!聖騎士団が驚き、その一体に全ての注目が集まるはず!」
「え、ええ……。頑張りますわ」
シオリは、少しだけ顔を引きつらせた。
「そして、そのクライマックス!わたくしが闇魔法で、舞台に稲妻を落とし、高らかに宣言するのです!『これぞ、我ら深淵の福音団がお送りする、特別公演である!』と!」
アイの語る壮大(?)な陽動作戦。クラウスは、こめかみを押さえた。
「……まあ、良いだろう。警備の目を引きつける、という点においては、これ以上ないほど効果的だ。……頼みましたよ、アイ殿」
翌日の夕刻。ジュリアスが、宰相を足止めした同じ時刻。
王宮の正門前広場に、突如として巨大な影が現れた。
天を衝くほどの巨体、禍々しいオーラを放つ巨大な暗黒竜。
突如、発生した災害クラスの魔獣に、広場にいた民衆も警備兵も、駆けつけた聖騎士団も、完全に釘付けになった。
「な、なんだ、あれは!?」
「魔王の、再来か!?」
騎士たちが剣を抜く。
その大混乱の中心でアイが高らかに叫んだ。
「恐れることはない、愚かなる民よ!これは、ただのショーに過ぎぬ!刮目せよ!これより、我ら、深淵の福音団がお送りする、特別公演『暗黒竜、大地に死す』の、開演である!」
彼女のその一言が、パニックをエンターテイメントへと変えた。
深淵の福音団の人形劇に、王宮の全ての目が引きつけられている、その隙に。
レオン、コノハ、ガルム、クラウス、アリアの五人は、音もなく王宮の『月の庭園』へと潜入していた。
黄金の輝きを放つ、小麦畑はすぐそこだった。
だが、その前に一体の巨人が立ちはだかっていた。
全身が錬金術によって生み出された、魔法金属で覆われた錬金術ゴーレム。その番人だった。
「ここは、俺に任せろ!」
ガルムが、前に出た。
「お前たちは先に行け!」
ゴーレムが鋼鉄の腕を振り下ろす。
ガルムはそれを、自らのハルバードで正面から受け止めた。
キィィィン!と、甲高い金属音が、庭園に響き渡る。
「はっ!力比べか!面白い!」
ガルムの全身の筋肉が隆起する。彼はゴーレムの腕を、力で弾き返すと、逆にその巨体を持ち上げ地面に叩きつけた。
だが、ゴーレムはダメージを受けることなく、その姿を液体金属のように変化させ、無数の刃となって、ガルムに襲いかかった。
「ちぃっ!厄介な!」
ガルムの、肌を、いくつかの、刃が、かすめていく。
だが、彼は、怯まなかった。
「―――だったら、お前が再生できねえくらい、粉々に砕いてやるだけだ!」
彼は雄叫びを上げると、嵐のようなハルバード、連撃をゴーレムに叩き込み始めた。
ガルムが、死闘を繰り広げている間に、コノハは目的の場所へとたどり着いていた。
月光を浴びて、その一粒一粒が内側から発光しているかのような黄金の小麦。
それはもはや、食材というよりは神の御業だった。
彼女はその一房にそっと、手を触れた。
温かい。
まるで生きているかのような、生命力が彼女の手のひらに伝わってくる。
彼女は感謝の祈りを捧げると、その黄金の丁寧に収穫した。
その、全ての任務が完了した時。
王宮の正門前では、暗黒竜がアイの派手な闇魔法の演出と共に大地に崩れ落ち、観客から万雷の拍手が送られていた。
一行の完璧な勝利だった。
彼らは帝国の、夜明けをその手に掴み取ったのだ。
そして、コノハは黄金の小麦で、一体どんな奇跡のパンを焼くのだろうか。
彼女の頭の中は、既にそのことでいっぱいだった。




