第十八話:帝国の夜明け
宰相が率いていた反乱軍は鎮圧された。
だが、本当の戦いはここからだった。
ジュリアスは、レオンとクラウスが命がけで手に入れた、不正の動かぬ証拠をその手に固く握りしめると帝国の中枢、皇帝の寝室へと向かった。
そこには、病床に伏せる老皇帝と、そして、全ての元凶である宰相が彼の帰りを待っていた。
「―――お祖父様!」
ジュリアスの声が、静かな寝室に響き渡る。
宰相はいつものように、穏やかな笑みを浮かべていた。
「これは、これは、ジュリアス殿下。ご無事でしたか。反乱分子の鎮圧、ご苦労様でしたな。して、首謀者である、レオン・クラインはどこに?」
そのあまりにも白々しい一言。
ジュリアスはもはや怒りを通り越し、深い哀れみを感じていた。
彼は宰相の言葉を無視し、ベッドの上でか細い呼吸を繰り返す祖父である皇帝陛下の元へと進み出た。
そして、彼はその証拠の全てを祖父の枕元に広げた。
宰相が密かに国の金を横領していた帳簿。
彼がレオンの父であるクライン聖騎士団長を陥れるために捏造した偽の書簡。
そして、世界の歪みを利用し、自らの魔力を増大させようとしていた、禁断の研究記録。
「……これが、真実です。お祖父様」
ジュリアスの声が震えていた。
「あなたが最も信頼していた、この男こそが帝国を内側から蝕んでいた元凶なのです」
老皇帝はゆっくりと目を開けた。
彼は証拠を一つ一つ、弱々しい瞳で確認していく。全てを確認し終えると、彼は全てを悟った。自らが長年、犯し続けてきた過ちのその大きさを。
「……そうか………そうであったか……」
彼の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……余は……。この老いぼれは……。何という愚かな……」
彼は最後の力を振り絞り、宰相を睨みつけた。
「……衛兵……。衛兵は、おらぬか……。……その国賊を捕らえよ……。地下牢へ叩き込め……」
宰相の顔から、血の気が引いていく。
だが、もはや彼に味方する者は誰もいなかった。
そして、皇帝はジュリアスとその後ろに控えていた、レオンとクラウスを手招きした。
「……レオン・クライン……。クラウス・フォン・リンドバーグ……」
彼は二人の手を、弱々しく握った。
「……すまなかった……。……君たちの父に……。そして、君たちに……。この老いぼれの過ちが、どれほどの苦しみを与えたことか……」
彼は書記官を呼びつけると、震える声で最後の勅命を下した。
「―――クライン家、及び、リンドバーグ家の全ての名誉を回復せよ。彼らは反逆者ではない。帝国を内なる敵から守った真の英雄である、と」
その言葉を聞いた瞬間、レオンとクラウスは静かにその場に膝をつき、涙を流した。
長い戦いが、ようやく終わったのだ。
そして、皇帝は最後にジュリアスを見つめた。
「……ジュリアスよ。……この愚かな祖父を、許してくれ……。そして、この腐敗した帝国を……。お前のその真っ直ぐな手で立て直してくれ……」
それが彼の最後の言葉だった。
皇帝は、病床の最中ジュリアスに皇帝を継ぐように遺言を残して、静かに亡くなった。
数週間後。
帝国は新しい皇帝ジュリアスの元、再生への道を歩み始めていた。
その皇帝執務室にレオンとクラウスは、招かれていた。
「―――レオン、クラウス」
皇帝の椅子に座る、ジュリアスは少しだけ照れくさそうに、そして真剣な眼差しで言った。
「改めて礼を言う。君たちがいなければ、今の私はない。……そして、これは皇帝としてではなく、一人の友としての願いだ」
彼は言った。
「この国で再び、騎士として働いてはくれないか?レオン、君には新設する皇帝直属の聖騎士団の団長を。……そして、クラウス、君には宰相として私の右腕に、なってほしいのだ」
それはかつての彼らが夢見ていた、最高の未来。
だが、二人は顔を見合わせた。
そして、穏やかに微笑んだ。
レオンが代表して答えた。
「―――陛下。そのお言葉、身に余る光栄です」
彼は深々と頭を下げた。
「ですが、陛下。我々はもう帝国の騎士ではありません。我々は『至高の一皿』の一員なのです。」
彼は窓の外、港に停泊している愛すべき船を見つめた。
「俺の帰るべき場所は、もはやこの玉座の隣ではありません。……あの騒々しくて、腹の減る船の上なのです。……俺の忠誠は、もはや帝国だけにあるのでは、ない。……あの、少し変わった料理番と仲間たちに、捧げられているのですから。」
彼のあまりにも晴れやかな固辞の言葉。
ジュリアスは寂しそうに、しかし、どこか羨ましそうに笑った。
「……そうか。……そうだろうな。……お前はいつだってそうだった」
彼は立ち上がると、二人の旧友を強く抱きしめた。
「行け。……そして、また、いつでも帰ってこい。この帝国は、いつだって君たちの故郷なのだから」
こうして、レオンとクラウスの物語は一旦、幕を閉じた。
二人の騎士は、過去の亡霊から完全に解放され、未来を守るための本当の英雄となった。
そして、彼らは自らの意志で再びあの賑やかで美味しい「家族」の元へと帰っていく。
彼らの次なる冒険が、すぐに始まることを予感しながら。




