演目「竜公女」 王子とその婚約者
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「というわけで、謝罪の手紙を預かって来た」
ミリアが手紙を差し出すから、気乗りはしないけど仕方なく受け取る。
だって、受け取るしかないじゃないか。ここで突っ返したら、また話がややこしくなるだけだし。
「あんまり平民をいじめないようにね」
「イジメてないよ。ボクをなんだと思ってんのさ」
「ミリアは甘過ぎます。その場で全員首を刎ねれば良かったんです」
ミリアから事情を聞いて、リアルテはすっかりお冠だ。
声音は静かだけど、内容は酷い。
実際、ミリアがその場で役者たちを処断してもなにも問題にはならないだろうね。貴族、王族に対する不敬だってことで。
物騒な話だけど、この世界じゃそれが許される。
彼らが不敬な物語を芝居にしてたのも事実だしね。
だからって首を刎ねたら、それはそれで僕の評判が更に悪くなると思うけど。
リアルテもミリアも、そこまでは考えてないかな。
リアルテが僕の評判を落とされたことで怒ってくれてるのは嬉しいけど、注意はしなくちゃね。
「リアルテ、人の命というのは大事なものだよ。僕の評判程度の話で奪うもんじゃない」
「ですが、不敬ではありませんか。なにより、わたしとレリクス様が不仲、いえ、わたしがレリクス様を嫌っているなど……燃やして来ていいでしょうか?」
「駄目だからね」
リアルテはどうも本気か冗談か分からないときがある。
やりかねないからなあ。ノワールに言えばすぐ実行するだろうし。
まだ10歳にならない子供でも戦力で言えば騎士団より上なんじゃないかな、困ったことに。
「燃やすのはともかく、レックはこういうの寛大というか、甘いよね。
王家の権威は守らなくていいの?」
「王家というか、僕個人だからね。王族と言っても僕は3番目のオマケ王子だ。メンツなんてものは有って無いようなものだよ。人の命とは比べられない。もちろん、それだって限度はあるけど。
なんとしても守るべきはね、国王である父上や王太子である兄上のメンツだよ。王やその嫡子が侮られると統治にも支障を来しかねない。だから、多少強引なことをしてでもトップのメンツは守らないといけないんだ。
その点、僕は気楽な立場だから。多少侮られるぐらいが愛嬌あっていい。なにより、下手に動いても一所懸命僕の悪評を蒔いてる暇な御仁がいるから面倒臭いことになるだけだよ」
「レリクス様の悪評を広めてる方がいるのですか?」
「王太子派でしょ」
リアルテの質問にミリアが答えてくれた。
「そう。ここの劇団に金と口を出してる子爵は王太子派。ある侯爵家に接近中」
「王太子派というと、王太子殿下がレリクス様の?」
「違うよ、リアルテ。兄上はなにもしてない。王后殿下、そのご実家が元締めだよ。兄上としても母君やその実家の動きには口出しできないんだ。ロゼの話では、王后殿下も余り政治的なことには係わっていらっしゃらないそうだから、ご実家の侯爵家が中心なんだろうね。
王の外戚になりたくて堪らないんだろう、あの侯爵は」
リアルテは小首を傾げ、
「王太子殿下は次期国王なのですから、別になにもせずともそうなるのでは? レリクス様も賛成なのでしょう」
「そうだよ。兄上が王太子であることにも、次期国王であることにもなんの異論もない。でも現実として僕には王位継承権がある。僅かながら僕を推す人もいる。迷惑な話だけど」
ほんっと、やめて欲しい。
国王なんて仕事も気苦労も多いし責任重大だし、絶対やりたくない。
「第2王子殿下もいらっしゃるのに、どうしてレリクス様を邪魔に思うのです?」
第1王子である長兄が王太子。彼になにかあれば第2王子である次兄が王太子になる。
「次兄の母君のご実家は件の侯爵家の傘下だから、長兄に対してなにか画策する心配は少ないんだ。そこへ行くと僕は無所属だからね。母上の実家へ圧力を掛けることもできないから僕の動きを封じる手は直接的なものしかないんだよ。そんなことせずともなにもしないのにね」
「説明して、納得しては貰えないのですか?」
「駄目だろうね。欲深い人、性格が歪んでる人ってのは人を信じられないんだ」
だから、なにを言おうと信じて貰えない。
「レリクス様もですか?」
……リアルテさん、今の会話の流れでその質問するってことは、僕の性格が歪んでいるとお考えなのでしょうか?
ちょ、ミリアも、なんでそんな眼をするの。
「大丈夫だよ、レック。君が少しばかり問題ある性格でも、ボクの愛は変わらないから」
「わたしもですよ、レリクス様」
ええと、喜ぶべき? 怒るべき? それとも落ち込むべき?
婚約者が2人して優しく貶めて来るんだけど。
「とにかく、悪評があり、それを撒いてる人間がいるからと言って下手に動くとね、兄上にも迷惑をかけかねないんだよ。だから静観しとけばいい。どうせ兄上が玉座につくまでのことだ」
度を超さない限りは、それが一番いい。
「つまり、あの芝居のこともレックは把握してたけど、敢えて放置してたわけだ」
「そういうこと。民草が楽しんでるなら、放っておけばいいんだよ。所詮はお話なんだからね。
大体、リアルテはまだ子供だよ。あの芝居では妙齢の美女って設定でしょ。ま、わざわざ黒髪の鬘まで被ってるけど、リアルテの髪の方が綺麗だし」
リアルテの黒髪は艶やかに輝いてる。
洗髪料の開発頑張ったからね。
リアルテの使ってる洗髪料も石鹸も僕が地道に開発したもの。市井には流れてない特注品。
うちの子のためなら多少の無理はします。
黒髪を褒めると、リアルテは僕の膝の上で嬉しそうに微笑む。
「さっきから思ってたけど、リアルテ。なんで僕の膝の上に座ってるの?」
僕が長椅子に座ってたら自然な動きで座られた。
ミリアが来ても退く気配無し。
「旦那様の膝の上は妻の指定席ですよ?」
なに当たり前のこと言ってんだ、って顔されても……。
誰、この子にそういうおかしなこと吹き込んだのは。
って、ラーラ、視線を逸らすな。
まあ、どうせラーラやメイドたちの仕業だろうね。でも、リアルテも違うと分かってるはずだ。メイドたちの話に乗っかっただけで。
「そうか、じゃ、ボクもそっちに座らないと」
「やめろ」
ミリアまで僕の方へ来ようとするから止めた。
いくらなんでも2人も座れるか。
10歳の子供の膝に9歳の子供が座ってるだけで一杯一杯なんだから。
「ええ、不公平だよ」
「どこにミリーが座る余地がある」
「それじゃ、リア様、後で交代ということで」
「正妻の特権です」
「それは狡い」
「……仕方ありません、後で少しだけ代わってあげます」
僕の膝席について勝手に交渉しないように。
リアルテも、ミリア相手だと随分と慣れたなあ。でも、まだ他人は駄目なんだよね。家庭教師たちとの会話もかなり堅い。
「その侯爵のこと、わたしは良く存じませんが、レリクス様は王太子殿下が即位されるまで放っておかれるのですか?」
「さて、どうかな。今すぐにどうこうするのは難しいし、兄上に迷惑をかける。なにしろ、兄上の一番の後ろ盾だからね」
「陛下の後ろ盾でもあるけど、そっちはいいの?」
ミリアは少しは理解してるのか。
生まれながらの貴族だから、そういう知識は子供でも必要ってことかな。リアルテは特異な例だからね。それに公爵家であり、人との交流が余りなかったから、少々疎くでも問題にならなかった。
ミリアはそれなりに他家と交流してるから。
……。
たぶん、僕より友達多い。
僕は同年代の友人ってほぼいないから。
「陛下は立派な大人だ。僕らが気を回す必要はないよ」
「そうかな?」
「知ったこっちゃないってのが本音」
兄上のことはともかく、パパンのことまで面倒みてられるか。
侯爵が増長してるのだって、パパンの責任が大きいんだ。そりゃ、国王だってさ、貴族を纏めるには色々ツテがないと駄目だよ。王后殿下の実家がパパンにとっての大事な後ろ盾でツテ。
王太子派を実質仕切ってるからね、あの侯爵。
国王だって無碍には出来ないんだよ。
「然るべきとき、兄上の迷惑にならないよう場が整えば、あの老人と嫡子にはご退場願いたいね」
それはまだ願望だ。
単に暗殺すればいいとかならね、いくらでもやりようはあるんだよ。だけど、大きな派閥を纏めてる連中だから、急にいなくなると国が乱れる。
それは望んでないからね。
「とにかく、この謝罪の手紙にはちゃんと眼を通して、返事を出しておくよ」
「これからもやっていいって言うの?」
「止めるような理由もないからね。物語としては、そこそこ楽しいし。それに、竜公女役にはちゃんと美人使ってるから、リアルテの評判は上がるでしょ。まあ、当人の方がきっと美人になるだろうけど」
お世辞じゃないよ。
それに贔屓目でもない。
客観的に見て、リアルテは今でも超が付く美少女なんだから、成長したら絶世の美女になるのは容易に想像できる。
ミリアが僕の隣に座る。
「ねえ、レック」
と、耳元に顔を近づけて囁いた。
「なに?」
「なんで、リア様役が美人だって知ってるの?」
「……」
「あの芝居やってるのは王都の街だよ。レック、街に行ったりしてないよね?」
3番目とは言え王子だからね。街に出るとなると護衛だなんだと大事になる。だから、出てないよ。そう、出てない。公式には。
「レリクス様は悪い遊びを覚えてしまわれたんです」
……
え、ちょ、リアルテさん、なにを仰ってるんでやがりますか?
遊んでないよ。
そりゃ、娼館に行ったりしたけど、遊びじゃないからね。お姉さんたちにちやほやされるのはちょっと楽しかったけど。
「へえ、悪い遊びかあ。どんな遊びか、具体的に教えて欲しいなあ」
なんで君は嬉しそうなのかね、ミリー。
というか、ラーラだろう、リアルテに余計な知識付けてるのは。
後でリアルテの教育方針について話があるから。
「わたしも貴族の妻です。夫の多少の遊びぐらい我慢します」
だからね、まだ結婚してないからって、我慢してるって顔じゃないよね。狡いよ、そういう可愛い不満顔。
「でも、まだレリクス様は甘やかしが足りません」
……甘やかしってなんだ?
大魔王様は新語を開発なさった?
僕の膝の上からの熱い視線。
ラーラたちは生暖かい眼で見てる。
うちの使用人たちにとって僕とリアルテの絡みは日常茶飯事だから、温かく見守る対象なんだろうね、きっと。
そりゃ、僕も立場が違えば10才前後の子供同士のいちゃつきなんて優しく見守っちゃうよ。
「そうそう、レックは甘やかしが足らない」
って、ミリーまで便乗しないように。
抱き着くな。
子供2人に抱き着かれると暑い。
「僕はかなり君らに甘いと思うけどね」
「リア様にだけじゃないか」
「正妻の特権です」
2人ともさ、もう小さい子供じゃないんだから。
モテモテで嬉しくもあり、微妙な気持ちでもあり。
小さい子供じゃなくとも、子供だからなあ。
後5、6年もしたら、この状態もかなり危うい絵面になるんだろうな。
美少女を膝に乗せつつ、別の美少女を片腕に抱き~どっかの女好きな悪の首領?
考えてみりゃ、芝居をしてた連中も失礼だけど、僕を一番敬ってないのってこの子たちな気がする。
特にミリアなんて敬意なんてまったくないよね。いや、いいんだけどね。赤ん坊の頃からの付き合いのミリアに畏まって欲しいとは思わないから。
けど、限度ってあるよね。
「君ら、淑女らしさって知ってる?」
「夫との触れあいは大事です」
……うん、どうしてそういう余計な知識持ってるのかね、君は。
リアルテに乗っかってミリアまで甘えて来るし。
ううん……。
読み終わる頃にはオチも準備できているかと




