演目「竜公女」 銀髪の少年(?)
「いやあ、お芝居の邪魔しちゃってごめんね」
劇が終わると、観に来ていた貴族がどうしても挨拶したいと楽屋を訪ねて来た。
当然、平民である一座には断ることはできない。そうですか、と受け入れるだけだ。
けれど顔を出したのが子供であったので一同は少し驚いた。
そして考えた。
男の子? 女の子?
その銀髪の貴族の子供は少年の衣装に身を包んでいるが、少年とも少女とも見え、形容として『美』の文字を必ず頭につける必要があった。
「ええ、邪魔というと?」
座長でもあり主人公の騎士・貴公子役の役者が代表して問うと、
「いや、途中で笑っちゃったから。他のお客さんにも迷惑かけたなと反省してるんだ。君たちも真面目なシーンで笑われて、さぞやり辛かったでしょ?」
「はあ、まあ」
と貴公子役は他の役者たちと顔を見合わせる。
10歳そこらの子供が大人である役者たちを「君ら」呼ばわりするのは、互いの立場の違いを明確に表していた。
その子供は貴族なのだ。大人であっても平民は平伏せねばならない。
「お芝居は中々良かったよ。無知な人たちはあれで満足するだろうね。まあ、君たちが捕まらないことを祈ってるよ」
「捕まる? なんで俺……いえ、私たちが捕まるのでしょうか?」
貴公子役は慣れない口調で貴族の子供に問うた。
貴族の子は小首を傾げ、
「ひょっとして君たち、なんの覚悟もなくあの出し物をやっているのかい?」
「どういう意味だ……でしょうか?」
「貴族の悪口を言っただけでも罪になるのに、王族を貶めるようなことをすれば当然不敬罪だよ? 知らなかった?」
「それは存じていますが、お、私どもは王族の方を貶めてなど」
「そんな言い訳、本気で通じると思ってるの? だとしたら、いくらなんでも無知過ぎるでしょ。
竜公女のモデルがリンドバウム公爵令嬢というのは誰にでも分かる。なら、悪辣な王子が誰を指すのかだって自明の理だろう」
「別に名指ししてるわけじゃ……」
竜公女役の女優が言い掛け、貴族の子に睨まれて口を閉ざした。
子供であってもその目線には力がある。平民を怖じ気づかせるものが。
「竜公女の婚約者、それだけで誰のことかは分かる。君らがどう言い逃れするかなんて興味はないよ。好きにすればいい。けれど、君らの主張がどうあるかなんて意味がないんだよ」
特定の誰かを想定などしていない、と主張したところで、芝居を見た者が誰を想像するかなど分かり切ったことだ。
「王族相手に通用すると思ってたなら、お目出度いとしか言いようがないね」
「ある王族の方が竜公女様を軟禁しているのは事実でしょう」
意を決したような貴公子役の言葉に貴族の子は吐息した。
「この中で竜公女様にお会いしたことがある人はいるの?」
一同は顔を見合わせるが名乗り出る者はいない。
「なら、その婚約者たる王子に会ったことがある人は?」
また、一座の者同士で顔を見合わせるばかりで名乗り出る者はいない。
王宮の奥に住んでいる公女や王子に平民が接触する機会などありはしない。
「呆れた。お二人と会ったこともなくて君らが言う事実をどうして事実だと言えるの?」
「それは……そういう噂で……」
「噂ねえ。つまり、君らは本当かどうかも分からない噂で王族を貶めるような芝居をやっていたわけだ。それで、不敬罪じゃないと本気で思ってる?」
「おれ、わたしたちは、その、確かな筋から」
「確かな筋ってなにさ。君らの後援をしてる貴族かなにか? 賭けてもいいけど、その貴族は竜公女様と言葉を交わしたことも無いような奴だよ。
そもそも王子宮にいらっしゃるんだ。男爵や子爵程度が簡単にお目通りできる相手じゃないよ。そして、お目通りできる方々なら平民に噂話をしたりしない。
君らがどういうつもりであの芝居をやっているかは知らないけど、利用されたって気付いてる?」
「利用って……」
「そうか、気付いてすらなかったのか。まあ、いいけど。ボクには関係のない話だし。それじゃ、残り短いかもしれない人生、頑張って生きるといい」
銀髪の貴族の子は一同に背を向けようとする。
「待ってく……ださい」
「?」
「第3王子は俺、わたしたちを殺すでしょうか?」
芝居の内容は第3王子を悪役としている。
名は変えてあるが、誰だってそう思うようにしてある。
これは、竜公女を閉じ込める第3王子への抗議の意味もある芝居だった。
けれど貴族の子は小首を傾げる。
「なんで、第3王子殿下が君らを殺すんだい?」
「わたしたちの芝居が、その、第3王子の悪行を非難しているから」
貴族の子は呆れ顔で吐息する。
「ボクはさ、平民だからって馬鹿だとか言うつもりはないけど、君らは底なしの馬鹿だ」
そう言われて貴公子役の役者のその他の演者たちも、なんで、と顔に出す。
「どこから説明したらいいか分からないぐらい、根本から、なにからなにまで間違ってる。
まず、第3王子殿下はこの芝居を見ても苦笑いぐらいしても怒ったり、まして君らに罰を与えようなんて思わない。殿下は寛容な方だからね。平民の楽しみに口を挟むのは野暮だからってなにも仰らないだろうよ」
「肝要? 狭量な癇癪持ちなんでしょ?」
と言ったのは女優だ。
「だからさ、君ら第3王子殿下も知りもしないのに、どっかの誰かが言った話を鵜呑みにしてるだけだろ。レッ……第3王子殿下は噂とは違うよ」
「なら、どうしてわたしたちが殺されるのです?」
「王族を馬鹿にしたら普通に死罪もあり得るに決まってるでしょ。だから、君らは役人に捕まって罰せられるか、さもなくばドラゴンの炎に焼かれて死ぬことになるだろうね」
「ドラゴンの?」
どうしてドラゴンに襲われるのか。
貴公子役の男は訳が分からないという顔をした。
「ああ、もう。君らが誤解というか、間違えているのは、君たちの芝居を見て激怒するのは第3王子殿下ではなく、竜公女様だということだよ」
「え?」
と、何人かが声を揃えた。
芝居では竜公女は見目麗しく、聡明な女性、ということになっている。
ドラゴンの加護を得たばかりに悪辣な王子に眼をつけられた悲運の美姫。
「竜公女様は無理矢理婚姻の約束を結ばされてなんていない。拉致も監禁もされていない。第3王子殿下を嫌ってもいない。それどころか、第3王子を誰よりも何よりも愛していらっしゃる」
「嘘だ」
と男が言った。
役者ではなく脚本を書いている男だった。
貴族の子は白けた眼を男に向ける。
「嘘だという根拠は?」
「王家は出来の悪い王子を隠しておきたいんだろう。だから、難癖をつけるんだ」
「まったく、なにを言ってるか分からないな。君らの認識が間違っているという話だったと思うけれど?」
第3王子が優秀かどうかと竜公女との関係がどうであるかはまるで違う話だ。
「そんなはずはない。第3王子は権威が欲しくて、ドラゴンを従えた……」
「馬鹿馬鹿しい。そんなことすら調べてないの? お二人は生まれる前から婚約を決められていたんだよ。
それに竜公女様がドラゴンを従えたのは第3王子殿下が引き取った後だ。第3王子殿下がドラゴンの卵を手に入れて、それを竜公女様が世話をして、見事孵化させた。だからドラゴンは竜公女様を母親と慕っているし、第3王子殿下のことを父と感じている。
別に隠されてもいない話だから、ちょっと調べれば分かることのはずなんだけどね。
大体、2人が不仲だとか、直接お二人を知ってる人間なら絶対に言わないだろうね。
第3王子殿下は公女様をとても大事になさっているし、竜公女様はそれ以上に第3王子殿下を慕っていらっしゃる。
だからこそ竜公女様は我慢ならないのさ。
自分が慕う第3王子殿下を貶めるような話を広める者がいるというだけでも我慢ならないというのに、まして自分の名を使われたとなれば、その怒りはもうどれほどだろうね」
一同に沈黙が下りる。
竜公女の立場が貴族の子が言う通りだとすれば自分たちの芝居を見て、その話を聞いて、どんな感想を抱くのか。
竜公女はまだ10歳足らずの子供だ。けれど、公爵家の令嬢であり、大貴族。平民の芝居小屋を潰すことなど容易に出来る。
平民など下位貴族に睨まれただけで商売が立ち行かなくなる。まして大貴族令嬢ともなれば言わずもがなだ。
「君たちがどういうつもりで竜公女様を題材にしたか知らないけど、調べない、許可も取らない、なんでそれで許されると思ったのか不思議だよ。
竜公女様が君らを不敬罪で処断したとして、誰か文句を言うと思う? 君らの後援者はそんなに権力者なのかい?」
芝居にするに当たって公女の名も王子の名も変えてある。
しかし、竜公女、という名詞は使っている。
これは架空の話です、という言い訳をしたところで貴族がそれを認めないと言えばそれまでだ。それに、竜公女が誰を指すか、この芝居の内容に関しては噂になってしまっている。
芝居を見た誰もが竜公女が誰であるのか、悪辣な王子が誰をイメージしているのかを知っている。
青くなっている役者たちを見て貴族の子は嫌悪を浮かべた。
「さっきも言ったけど、ボクはさ、平民だから愚かだとか、そういうことは思わないんだよ。そう教えられて来たから。でも、君らを見てるとこれが平民か、って思ってしまう。
人を貶すような芝居を見世物にしておきながら、そのことを指摘されるまで自覚してないってどういうこと? しかも相手が王族なら、処罰の可能性があって当たり前じゃないか。これだけ大人がいて、誰もそのことに気付かなかったの?
それともどこかの貴族に脅されでもしたわけ? まあ、ボクなら誰に脅されても王族に喧嘩売るような真似はしないけどね」
重い空気の中、竜公女役の女優が手を挙げた。
噂の竜公女に似せるために黒髪の鬘を付けている。黒髪は余りいないのだ。
「なんだい?」
「わたしたちは、その、助からないんでしょうか?」
「罪を犯しておいて助かりたい、と?」
「態とじゃないんです。その、正しい情報だと言われて」
「まだ、嘘だと決まったわけじゃない」
脚本家が口を挟む。
脚本を手掛けただけに自分の責任が重いとの自覚はあるのだろう。
「第3王子殿下についての話が本当かどうかは俺たちじゃ判断できないが、王族に対して不敬であると問われる可能性があるのは確かだろう。
処罰の対象になると言われたら、確かにそうかもしれない。大丈夫だとは言われたが相手は王家だ。どう判断するかなんて分かりゃしない」
「ちょっと軽く考え過ぎていたかもな」
「かなりだろ」
往生際の悪い脚本家に、他の役者たちが今更になって怖じ気づいたようで後ろ向きなことばかり言う。
「責任を取るというなら、座長である俺が取るべきだな。どうか、罰は俺、私だけに」
膝をついて頭を下げる男優に貴族の子は困った顔をする。
「ボクは衛兵じゃないよ。ま、自分だけで責任を取ろうとする殊勝な心掛けに免じて助けてあげてもいい。
ああ、勘違いしないでよ。ボクに君らを許すかどうかを決める権限はないから。それができる人に手紙を渡すことはできるけど」
「手紙?」
「謝罪文を書きなよ。この芝居についてのね」
「それは竜公女様に?」
「違うよ。竜公女様に謝罪しても許して貰えるもんか。唯一竜公女様を宥められる方にだよ」
「?」
「第3王子殿下に謝罪しろって言ってるの」
「いや、しかし……」
第3王子は芝居で貶した当の相手だ。謝罪したところで許して貰えるとは思えなかった。
「言ったろ、第3王子殿下は寛大な方だって。平民が少しばかり悪ふざけが過ぎたところで罰だなんだと騒いだりしないよ。謝罪文を送ればお許し下さるよ。
それに、たぶんだけどこのまま芝居を続ける許可も下さるんじゃないかな。ホント、そういうところ甘い方だから。
で、どうする? 謝罪文を書くの書かないの?」
「書く、いや、書かせていただきます」
「そう、なら書いたらモンドロイ伯爵家に届けなよ。殿下にはボクが渡してあげるから」
貴族の子が行ってしまうと座長はすぐに紙を用意させて慣れない謝罪文を書き始めた。
貴族への手紙など書いたことがないから様式も知らぬまま、ただ申し訳なかったということを書き連ねる。それは命乞いのようなものだ。
もし罰があるのなら自分だけに、と書き添えたのは彼の責任感の表れだろう。なんとしても仲間は守りたい、そう願っていた。
座長が必死で手紙をしたためている横で、役者たちがひそひそと言葉を交わす。
「なあ、モンドロイ伯爵って、あの『霧の伯爵』だろ」
「だろうな」
「だからか」
「なにが?」
「いや、伯爵令嬢って、確か第3王子の婚約者の1人だろ。あの子が第3王子について詳しいのも、それで納得だ」
「……あの子、女の子?」
少年の装いをした銀髪の子供。
あの子供がモンドロイ伯爵家の子供なら、女児であるはずだった。
だが外見からはどちらとも分からなかった。
美少年か美少女か。どちらにも見えた。
「第3王子の婚約者なら、そうなんじゃねえか?」
「あれで伯爵令嬢か。すげえな」
モンドロイ伯爵令嬢ミリアは待たせてあった馬車に乗り込んだ。
護衛の騎士と侍女が1人同乗する。
「随分と脅かしたものですね」
馬車が動き始めると、ミリアより5つ年上の侍女が静かに言った。
「あれでも抑えた方だよ。未来の旦那様と大切な友人を貶されたんだ。我慢したことを褒めて欲しいぐらいだよ。
血を流すのはレックの望むところじゃないから我慢したんだ」
「お嬢様は殿下と竜公女様がお好きですものね」
侍女が微笑む。
ミリアは照れたようにそっぽを向いた。
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