竜ー10 無神世界
「【ふむ。実に物足りんな】」
数分と経たず。
鎧武者、ガルムは巨大な鬼を切り伏せた。
僕の介入する隙なんてほとんど無かった。
……実力差、と言うよりは地力の差か。
まさかここまで余力に差があるとはな。
そんなことを思いつつ、僕は瀕死の鬼を影の中へと沈めてゆく。
「だからって、また僕と勝負とかはやめてくれよ」
「【それは承知し兼ねる。貴殿は我を負かした唯一無二の非眷属。いずれ、また修行し直して再戦を――】」
「いや、だからそれを止めろって言ってんの」
僕は大きく息を吐き、瓦礫の山に腰を下ろす。
街並みは随分と破壊されたけれど……どうやらこの世界の人達は鬼の襲撃には慣れているらしい。
避難が迅速だったこともあり、ほとんど死傷者を出さずに鬼を討伐出来た。
……まぁ、ほとんど。と言うだけで、数名の犠牲は出してしまったわけだけど。
「あっ、主様! そ、そやつは信用できるのかの!」
ふと、すぐ後ろから声がした。
上着を掴まれるような感覚があって振り向けば、すぐ近くに白夜たちの姿があった。
「そやつ……初対面から戦意バリバリで向かってきたヤツじゃぞ! それになにより眷属じゃ! 眷属は性格が悪いと相場が決まっておろう!」
「そうだなぁ。眷属は屑しか居ないからな」
「【酷い偏見を聞いた気がするな】」
偏見も何も……ねぇ?
イフリートは言わずもがな。
ギシギブルだってアレだぞ?
ギシルにDV決め込んでたクソ親父だし。
最後は何だかいい感じで散った気もするけれど、終わり良ければ全て良し、だなんて現実世界にゃありゃしない。
以上の結論からして。
眷属は総じてゴミである。
掃除すべき対象である。
と、そう考えても仕方ないと思う。
「ま、中には例外が居るのも知ってるよ。銀皇シブリーズとかは僕の友達だしな」
「【……なんと。序列一位の知人であったか】」
「まぁね」
なんなら僕の中に住んでるけれど。
まぁ、そこは言わないでおこうと思う。
僕がシブリーズの宿主で、あまつさえ神霊王の魔力を扱える……だなんて。
公になれば、プライドの高い眷属たちがこぞって襲撃に来そうな気がする。
僕は立ち上がると、鎧王ガルムへ視線を向ける。
「だから、お前は例外かもしれないが、かと言って信用するだけの理由にはならない」
「【無論。我も貴殿と友になろうと言う訳では無い。其処に信頼関係など不必要】」
そりゃよかった。
僕は話を切り止め、歩き出す。
まぁ、もう会うことは無い……と、言い切ることは出来ないけれど、あまり関わりたくない相手でもある。
僕らは僕らで、この世界の脱出方法でも探るとするさ。
そういう考えで、僕はガルムから離れて歩き出したが――。
「【そういえば貴殿。二つほど質問があるのを忘れていた】」
何故か、鎧王ガルムの方から引き止めてきた。
僕は歩みを止めると、面倒くさそうな顔を隠すことなく振り返る。
「は? その質問に答える義理が何処にある」
「【無い。だが眷属に対して貸しを作れる。それだけでも貴殿にとっては有益なのではないか】」
……眷属への貸し。
この鎧、脳筋にしか見えなかったけど、こういう所は妙に鋭いんだな。
確かに、ギシギブルやイフリート、ああいった低級の眷属になら『は? そんなもん要らないよ死ね』と言えるだろう。
だけどこの男……位階序列【第12位】。
そんな化け物に貸しを作れるというのは……今後を考えると望ましい。
僕は体ごと振り返る。
鎧王は瓦礫の上に腰掛けるが、それでもやっと視線の高さは同じくらいだ。
何となく見下されるのは嫌だったので、普通に立ったまま問いかける。
「で、質問ってなんだ? 最初に言っておくが、僕の【能力】に関しては言わないぞ」
「【む。……では、質問は1つということになるな。実に残念だ】」
やっぱりな……。
コイツが聞いてくるとしたらそこしかないと思ってた。
鎧王ガルムは、自分の折れた刀を見下ろし言葉を重ねる。
「【最後の瞬間。我は本気で刀を凪いだ。……星を両断できる威力だ。それを身ひとつで受け止めて、更には使えぬはずの異能を用いた。……尋常ではない。理由の説明がつかない】」
その言葉に、僕は自分の首に触れた。
……まぁ、肉は切れたし、首の骨もイカれたけれど。それも1秒経たずに治る軽傷。
確かに、星を両断する一撃を受け止めた結果……とは、思えないよな。
鎧王は僕を見る。
ヘルムの下の瞳がじっと僕を見つめていて……僕は、ため息混じりに首を振る。
「……単純な弱体化能力だよ。それ以上は絶対に言えない。なにより、未完成な技だからな」
「なぬ! 妾、そんなこと知らんぞ主様よ! いつの間に新しい力を覚えたんじゃ!」
いつの間に、って?
そりゃ白夜、夜、お前が寝てる間にだよ。
教えてやろうか? 必死で新しい技を考えてる中、わざわざ僕の部屋まで来ていびきをかいて寝てるお前に……どれほど殺意が湧いたかを。
僕は彼女のアホ毛を引っ張って黙らせると、鎧王もそれ以上聞くのは止めたようだ。
「【ふむ。……では、二つ目の質問といこう】」
二つ目の質問。
僕の力について以外、別に聞かれるようなことはなかったと思うんだけど。
そう考えていると、彼は少し不思議な質問を僕へと投げた。
「【貴殿はなぜこの世界に存在している?】」
「…………? それは、どういう意図の質問だ?」
思わず、僕の方からも問い直す。
もしかして悪口とか、そういう類の話だろうか。
少しそう考えもしたが、彼の言葉を聞けばそれが違うのだと直ぐにわかった。
「【この世界は貴殿の住まう場所ではない。……というより、通常であれば迷い込むことが出来ない場所だ】」
「無神世界だろ? 神のいない世界……話くらいには聞いたことがあるよ」
「【……いや、確かにその通りなのだが】」
たぶん彼が僕に聞きたいのは、【どうやって来たか】なのだろう。
いや、そんなこと僕が知りたいくらいなんだけど。
そんなふうに思いつつ、僕は彼の言葉に耳を傾けた。
「【無神世界。それは、非眷属の神々すら手の届かない治外法権。……そういった情報が出回っているのは理解している。……その上で問う。貴殿はどこまで知っている?】」
どこまで、と来たか……。
正直なところ、何も知らないに等しいんだけど……それでも、仮説なら立てられる。
「創造神が作り上げた総世界のバグ。完璧なデータに浮かび上がった僅かな黒点。そういうもんだと聞かされていたが――」
僕はこの世界を見渡した。
あまりにも理解外。
瞬く間に世界破滅と世界創造を繰り返す、神の手の届かぬ世界。
……いいや、仮に届いたとして、支配など到底できない馬鹿げた世界。
そんなもの。
お前らの存在を知った今じゃ、こう考えることもできるよな。
「『眷属の何者かが創り上げた世界』」
僕の言葉に、彼は深く頷いた。
「それも、少なくともお前よりも格上だろ。お前が僕より弱いとは思わないが……僕に負けるようなヤツが、ここまで大規模の世界創造ができるとは思えない」
「【返す言葉無いな】」
やっぱりそうか。
僕は、鎧王ガルムの返答を聞いて確信した。
ここは神霊王が眷属の領域内。
だからこうして眷属が存在していて。
そんな場所にいる僕らへと、彼がそういった問いを向けてくるのも頷ける。
……と、すれば。
僕らがこの世界へやってきた理由。
その説明が少し難しくなってくるのだけれど――。
「【しかし貴殿。一つだけ思い違いをしているぞ】」
「……ん?」
ふと、思考に彼の言葉が入り込む。
思い違い……まぁ、仮定でしかないわけだし、少しくらいの考え違いはあると思うけど。
特に興味もなかったため、再び自分の思考に戻ろうとした時――さらに、鎧王ガルムは言葉を重ねた。
その言葉は、一瞬で僕の思考速度を奪っていった。
「【この世界は造られたモノではない。自然と生まれ落ちた副産物だ】」
「……………………はぁ?」
副産物……自然に生まれ落ちた?
何を言ってるんだこの鎧は。
こんなデタラメな世界、あえてこういう風に作りでもしない限り絶対に生まれないだろうが。
と、そう言おうとして。
少し視点を変えて考えた僕は、背筋が凍るような感覚に襲われた。
……デタラメな世界。
頭空っぽコメディみたいな世界観に。
登場人物は皆が皆到達者クラス。
そこらの小鬼がラスボス級で。
しまいには眷属まで住んでいる。
そんな世界が。
デタラメに造られたのではなく。
意図的に造られた物ですらないが故に、デタラメだったとしたら。
ようは、卵が先か鶏が先かって話。
デタラメが先に掲げられたのか。
偶発的に生まれ落ちたのがデタラメだったのか。
それらは似たようで全然違う。
「ちょ、ちょっと待て……。この世界が、なんの技術も苦労もなく、ただ偶然で生まれ落ちたモノだとでも言うのか?」
刹那的な人類史の崩壊と構築も。
その中で暮らす無数の人間たちの生すらも。
一切の【意図的】を含まずに生まれ落ち、構築、継続されている……だなんて。
「【位階序列、第六位】」
ドバっと身体中から汗が吹き出す。
……やばい、なんてもんじゃない。
今まで一切の詳細を知る機会がなかった、眷属序列のシングルナンバー。
ただ、強いとは理解していた。
だけど、まさか……。
まさかここまで、規格外とは。
「【星竜王ガルバザルム。ここは、銀河を揺蕩う一匹の竜の腹の中だ】」
生まれて初めての経験だった。
この先も絶対に勝てないだろう、って。
そんな風に思うのは。
【位階序列、第六位】
星竜王ガルバザルム。
あらゆる生命体の中で史上最大の体格を誇る竜。
幾億年、喰らった星と銀河と諸々。
全てを腹の中へと収め、その中では、独自の銀河体系を形成した異世界が展開されている。
胃腸の消化活動によって頻繁に世界が崩壊するが、その都度、ガルバザルムの体内魔力によって自動修復を繰り返す。
無神世界とは、神のいない世界ではなく。
文字通り、絶対に神の手の届かない世界である。




