影―089 最強の竜
世界竜バハムート。
魔物の頂点に立つ神獣、円環龍ウロボロスの手によって作られし神獣が眷属にして、英雄に試練を与え、その内容如何によっては褒美を与える神竜でもある。
その神竜の持つ能力こそが――万物破壊。
円環龍ウロボロスが持つ『絶対破壊』程の威力こそないが、その黒い竜鱗が誇る圧倒的な防御力と相まって、高威力、高耐久力の、攻防ともに優れた存在へと昇華している。
――そしてそれは言葉にしてみると、驚く程にどこかの神竜と似ているのだった。
白夜の持つ時空間魔法は、あらゆる防御を貫通する。
故にその魔法自体の威力は影魔法などに比べれば低いものの、本来ならばガード越しにしか与えられないダメージがそのまま通るのだ。
だからこその、高威力。
そして彼女をドMたらしめるスキル――ダメージカット。
数百万人に一人の割合で手に入れることができるというこのチートスキルは、相手からの全てのダメージをカットすることができるという能力だ。
それに神竜の鱗も相まって、常人の攻撃では傷一つつかない圧倒的な防御力を誇っている。
つまりはお互いがお互い、手を抜いていては攻めきれる相手ではないということで。
二人が本気になるまで、さして時間はかからなかった。
「『ディメンションソード』!」
召喚されたのは、五本の白銀色の剣。
時空間魔法Lv.3、ディメンションソード。
万物を切り裂き、貫通する特性を持った剣を召喚し、それを自由自在に操るという能力。
白夜はそのうち二本の剣の柄を握りしめると、
「『クイック』!」
時空間魔法Lv.2、クイック。
それはアルファの『超高加速』を魔法によって起こすという能力であり、魔法の熟練度によってその倍速は異なる。
時空間魔法を『時空神』へと昇華させた白夜の倍速は。
「十倍――ッ」
かつてのアルファよりも遥かに凄まじいその倍速。
ただでさえ防御力、そして敏捷値に長けた白夜がこの能力を使用すれば、その状態で行う体当たりは。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!
――光速にすら迫る、巨大な弾丸となる。
爆音とともに伽月の姿が掻き消え、その場所に白夜の姿が現れた。
対し、伽月はとてつもない速度で壁を破壊しながらも吹き飛ばされてゆき、そのあまりの威力に意識が一瞬だけ飛びそうになる。
だが、それで終わる世界竜ではない。
「ぬおああああああああああっッ!!」
彼女の体を紫色のオーラが包み込む。
そして、その中から現れたのは――巨大な黒竜。
『グラアアアアアアアアアアアアアッッ!』
咆哮が轟き、天地が震える。
その黒竜は城を破壊し尽くしながらも上空へと飛び上がり、眼下に存在するその強敵を睨み据えた。
(ま、まさかここまでとは……。レオンと修行して、お母様と戦えるくらいには強くなったつもりでいたつもりだったのですが……)
まさか、ここまでの高みまで至っても尚、未だに圧倒的な力量さがあるだなんて……思ってもいなかった。
お互い、似たような能力を持つが故、誤魔化せないのだ。
その――自力の差を。
「……まさか、ここまで強くなっているとは、思いもせんかったのじゃ」
気がつけば、その姿は背後にあった。
焦ってその場から飛び退き――次の瞬間、先程まで自分のいた場所へと、白銀色の刀身が唸りを上げて通り過ぎる。
「……ふむ、体当たりからのこれで、仕留められるかと思うたのじゃが」
仕留められはしなかった。
けれど、たった一回、危機を逃れたというだけだ。
『……これは、レオンでも呼んでくるべきだったようですな』
二の腕に走ったその切り傷へと視線を向け、伽月は心底後悔しているようにため息を吐く。
出来ることならば、コンビネーションの取れるレオンが望ましい。
けれど――
『まぁ、正直助っ人なら誰でも助かる、というのが本音ですな』
眼下から、一条の雷が迸った。
事前に察知していたのか、それを最低限の動きで躱した白夜ではあったが、その意識はその者達へと移り始めていた。
「確かに伽月はドラゴンで、飛べますが――」
「残念っ、私たちもネイル以外は飛べるんだよっ!」
バサッ――と。
コウモリのような漆黒の翼をはためかせ、空中へと躍り出る吸血鬼たち。
そして、普段から不思議なパワーで浮いているエロース。
彼女らは皆、傷を治すと同時に戦闘準備を再度整え、こうして戦線へと復帰する時を見計らっていたのだ。
「……面倒な」
誰も彼も、白夜より弱い者しかここにはいない。
彼女とまともにやり合いたければ、最低でも輝夜レベルを連れてこなければ話にならない。
けれど、時として『個』と『数』はつり合うことがある。
圧倒的な『個』の強さを持つ白夜。
対して彼の眷属三名に、世界神が一角寵愛神、そして、世界竜バハムート。
これだけ揃っていれば、さすがの彼女も楽観視してはいられない。
「……これは、使いたくなかったのじゃが」
呟いて、スッと息を吐いた。
これから使う能力は――『時間停止』だ。
あの能力には使用制限がある。
まず一つ、連続して使えば体へととてつもない負担がかかること。特にその能力の媒体となっている太陽眼。下手をすれば失明する可能性だって否めない。
そしてもう一つが、時間を止められる時間が限られている、という事だ。
時間を止めている間、白夜は体へとかかるとてつもない負担を堪えながら行動し続けていられる。しかし、その負担は並のものではなく、『開闢』のそれに比べれば小さなものだが、それでも数秒と続けていられれば十分なものだった。
けれど、このメンバーを相手に『数秒』で、それぞれに行動不能になるまでの攻撃を加えることは――不可能。
なればこそ、限界を――超える必要がある。
体に負担がかかる『許容値』――つまりは、その数秒を超える間、世界を止め続けてしまえば……まず間違いなく、体へと耐えきれないだけの負担がかかる。
「……まったく、あの人にあんなことを言っておいて、こういう場面に陥れば、妾も結局こうするのじゃな」
彼女は彼へと、無茶をするなと、そう言った。
けれど彼女が今しようとしていることは無茶以外の何物でもなく。
言って白夜は、彼の元を離れて初めて、笑って見せた。
「次目が覚めた時は、世界は滅んでいるかもしれん。じゃから言っておくのしゃ」
――今までお主らと居れて、楽しかったのじゃ。
直後、カチリと世界の時が止まって。
彼女らの意識は、暗転した。
☆☆☆
「がハッ……アッ……、ぐぅッ……」
伽月の巨体が地に沈み、次いで四人の力を失った体が地面へと墜落してから、ほんの数秒後。
その城のすぐ近く。
城壁に背中を預けながら、口から鮮血を吐き出している彼女の姿があった。
「こ、これで……、まだ開闢よりは、負担が少ないとか……」
一瞬とはいえあの能力を使った彼の負担は、計り知れないものなのだと、改めて実感した。
ふと、駆けるような足音が聞こえて視線を向ければ、そこには愕然と目を見開いているネイルとミリーの姿があり、白夜はククッと肩を震わせる。
「言っておくが、あ奴らは暫くは起きんぞ? 神器クラスの回復能力でもあればまた別かもしれぬがの」
「び、白夜、さん……」
伽月たちの方へと視線を向けたネイルが、ガクガクと膝を震わせてその場に座り込む。
正直、引くくらいにはなぶった自信がある。
精神的に問題なくとも、身体的にはしばらくは絶対に不可能だろうと、そう思える程度には。
白夜は口の中に溜まった血を吐き出すと、足を引きずって歩き出す。その姿からはつい先程までの精彩さは感じられず、強大な能力を使った後遺症が残っているのだと感じさせられた。
「……正直、あの童貞ブ男と一緒にいても幸せになれないってところは概ね賛成だけど、あのドラゴンはアレよりも酷いわよ。アレを好きになろうとしているのなら、今の物件で我慢しときなさい」
相も変わらず、言葉だけ聞いていれば悪口を言っているのではないかと思えるミリーではあったが、その声色からは不安と心配と、悲しみが滲み出ていた。
彼女には、戦う力はない。
ネイルは数ヶ月前に力を得たわけだが、それも正面切って白夜と戦えるようなものでは決してない。
故に、ここで自らの前から去ろうとする白夜を、止める術が見つからないのだ。
「……カカッ、どっちにしろ、酷いって事じゃろうが」
「そうね。それは否定しないけれど……」
けれど私は――
そこまで言って、けれどその先が出てこなかった。
喉元まで出かかっているその言葉が、白夜の顔を見てしまったミリーには、どうしてもいうことが出来なかった。
「……それでは、教会に行ってくるのじゃ。今日は大切な……結婚式、じゃからの」
言って白夜は、歩き出す。
今にも泣いてしまいそうな顔をしながら、望まぬ道を、歩き出す。
☆☆☆
教会は、城のすぐ近くに存在していた。
歩いて数分と言ったところだろうか。妾の目の前には白色の外壁をした立派な教会が。そしてその前には『結婚式』と書かれた看板が立っていた。
「結婚式……か」
妾は、結婚したいと思ったことは無かった。
あのままの日常。
馬鹿をやって、怒られて、結局みんなして馬鹿をやって、みんなで笑って、やっぱり最後は、恭香やあの人にしこたま怒られるのじゃ。
それが楽しくって楽しくって。
ずっとこのままの日常が続いてくれればと。
何度そう思ったか知れない。
しかしそんな日常は、長くは続かなかった。
「……ドレス、汚れてしまったの」
伽月と戦った際。そして、オリビアたちと戦った際。
ドレススカートの裾は焼け焦げ、純白色だったのに、いつの間にかところどころが煤まみれになっている。
……これじゃあ、中で待っているだろう竜王がいい顔はしないだろう。もしかしたら怒るかもしれない。
「……ここまで、来たのじゃしな。結婚さえしてしまえば、後はあのムカつく顔をぶん殴るなりなんなり、好きにするのじゃ」
妾が他人と結婚した。
その事実こそが、重要なのだから。
その後妾たちの関係がどうなろうと、正直どうだっていい。
だって――
「……あれ以上の幸せは、多分ないから」
小さく呟いて、その教会の扉を開けた。
仮にも今は、あ奴らが攻め込んできておるわけじゃし、流石に見に来ている者達はいないと、そう思っておったが、教会の中には珍しいことに竜王の姿も見当たらなかった。
その代わり、神父――いや、年若いシスターの姿だけ、存在していた。
「……珍しいの。あの男ならばこんな事態に陥ってもなお、ここには来ると思っていたのじゃが」
仮にも竜王、人化スキルくらいは使えるはずじゃし、そもそもあれだけの傲慢さを持っているのじゃ。この事態の収拾は部下のドラゴンたちに任せ、自分は悠々と結婚式を挙げる、なんてのもありうるかと思っていた。
じゃが、流石にそれは無かったらしい。
しかし、そんな妾の思いとは裏腹に。
「いえいえ、その考えは正解ですよ。貴方様の想い人は、もう既に到着しております」
「……なに?」
想い人――と、そう言われるのは物凄く遺憾なのじゃが……。と言うかもう既に来ている?
「……失礼を承知で申し上げるが、シスターよ。妾は今さっき戦闘を行ってきた。太陽眼も発動しておる。そんな集中した状態であの程度の男の気配を察知できないはずがなかろう」
そうじゃ。
妾は未だに戦闘モードじゃ。
時空神に成ってこそいないが、太陽眼は発動したまま、集中力も持続している。
そんな状態の妾から隠れられるなど……、それこそ、あの人クラスの化物でなければ有り得ない。
しかしそのシスターは、口元に微笑みを浮かべて。
「どの程度の男の話をしているのか分かりかねますが……、もしかして、会場でも間違えたのではありませんか?」
そうとぼけるシスターに、少しだけ怒りが湧いてくる。
眉間にシワを寄せながらも、妾はそのシスターめがけて歩いてゆく。
「そんなわけはない! ここは妾と竜王の結婚式場じゃと聞いておる! 仮にも竜王の国で、その結婚式場が、当日に、別の目的に使われ…る、など……」
言葉尻に小さくなってゆくその言葉。
なにせ、妾は近づくにつれ気がついてしまったから。
ベールの隙間から見え隠れする腰まで伸びる黒髪に。
前髪の向こうから覗く、黄金色の双眸に。
「お、お主は――ッ!?」
「どうやら貴方様は会場を間違えたようですね。ここはクソ竜王と貴方様の結婚式場ではありません」
直後、背後の扉が開かれた。
そして生まれる一つの気配。
しかし、妾の直感は言っていた。
気配が生まれたのではない。
気配遮断を、切ったのだと。
「ま、まさか――ッ!?」
有り得ない。
こんなことは、あってはいけない。
あの人はもう、限界じゃったのだ。
妾が抜けたらもう、壊れてしまうほどに。
なのに――そこに居たその人は、いつも通りの、妙にイラッとくるような笑みを口元に浮かべて。
「悪いな。ここは単なる、お見合い会場だ」
薔薇の花束を手に持って、そんなことを言い放った。
ギン「僕のターン!」
という訳で次回『愚か者』




