影―088 神獣
ソフィアという女は、変態である。
自他ともに認める変態である。
正直、彼女のことを変態ではないという奴がいたら、多分そいつは狂ってる。そう言ってもいいほどに変態だ。
そんな変態たる彼女は、今現在、輝夜たちにドラゴンの群れを預け、一人竜王の元へと向かっていた。
「竜王……、記憶が正しければ溶岩竜だったか」
なんて相性の悪い敵だろうか。
彼女は知ってのとおり森の神。
火やマグマなど、そういったものにはめっぽう弱い自信が彼女にはあるわけで。
「はぁ……、憂鬱じゃ」
呟いた――次の瞬間。
前方に存在していた竜国の白い神殿。
その天井を突き破り、一体の巨竜が姿を現した。
『グラアアアアアアアアアア!!』
大地を揺るがすような咆哮が響き渡り、その溶岩を身にまとった巨竜――竜王は、フンと鼻を鳴らして眼下のソフィアへと侮蔑の混じった視線を送った。
『まさか、雌を一匹奪っただけで我に楯突くとは……ククッ、何たる器の小さき奴らよ。雑魚は我のような強者に搾取されておればそれでいいのだ』
「……」
その言葉に、ため息を漏らしたソフィア。
つい先程までは憂鬱そうにしか光っていなかったその瞳には、今や氷のように冷たい炎が灯っていたが、それに竜王は、気づくことが出来なかった。
『して、その当人は何処だ? ……まさか、我と戦うのが怖くてこの場には来なかった、などとはほざくまいな?』
その言葉に混じっていたのは、紛うことなき侮蔑。
竜王は知っていたのだ。この国にあの男の姿がないということを。
故にこうして余裕でいられた。
仮にもあの白夜の主たる、『竜王たる自分にこそ遠く及ばないが、それでもある程度厄介な強さを持っているだろう』あの男が居ないから。
しかし、高笑いをする竜王は気がつけない。
その考えが一言一句違うことなく外れていることに。
自らの目の前にいる存在が――その男さえ手を焼くほどの、化物だということに。
「なるほど、こういう輩か」
凛――と。
鈴の音が響き――そして、二人の視界が一瞬にして移り変わる。
『フハハハハ……ハハ…………は?』
高笑いから一転、周囲の変化に竜王は思わず硬直した。
周囲に広がっていたのは――霧のかかった森だった。
上空からは雪が降りしきり、足元にはかなりの高さまで積もった雪の大地が広がっていた。
『こ、これは――』
「『黒霧の森』――簡単に言えば、貴様を余の世界に引き入れた、と言うだけのことじゃ」
――嘘だ。
竜王はすぐにその考えに至った。
世界構築、その技術だけは伊達に長生きしているだけの竜王でも聞いたことがあった。
曰く、遥か太古に、隣の大陸を滅ぼした一体のアンデッドが持っていたとされる最悪の能力。
その力は強力にして凶悪極まらず、一度その中へと連れ込まれれば二度と出てくることは出来ないと、そう言わしめたほどでもあったらしい。
しかし、その能力は強力故に発動に使用される魔力量は度を越しており、その上発動にもかなりの時間を要するとのことだった。
それを――この女は一瞬でやり遂げたというのだ。
今の言葉は、竜王てなくともそう簡単には信じられなかっただろう。……いや、信じたくない、が正しいのか。
いずれにせよ。
「現実逃避をするもしないも自由だが、敬愛する我らが主を上から目線で侮辱したのじゃ。……あまり余をガッカリさせてくれるなよ?」
曰く、世界には三体の『神獣』が存在する。
あらゆる魔物の頂点に立つ円環龍――ウロボロス。
可能性の塊であり、神すら喰らう獅子――ライオネル。
そして――
『ま、まま、まさか――ッ!?』
竜王は、その可能性に考え至った。
世界が誇る三大神獣が一角。
異能を封じる赤い角に、特殊な蒼い青銅によって作られた蹄。
古代より全ての世界中に存在する『森』を司り、世界の均衡を、秩序を守り続けてきた守護者。
竜王は顔色を青くしながらも、眼下の彼女へと鑑定のスキルを使用して――
名前 ソフィア(???)
種族 ヴァルトネイア
Lv. ???
HP ???
MP ???
STR ???
VIT ???
DEX ???
INT ???
MND ???
AGI ???
LUK ???
ユニーク
異能無効Lv.5 ★
森支配Lv.5 ★
黒霧の森Lv.5 ★
巫女術Lv.5 ★
変態吸収Lv.5 ★
???
アクティブ
???
パッシブ
???
称号
森の神 秩序の守護者 ???ピラミッドの頂点 ???
「さて、竜王よ。我が種族の遥か下に位置する雑魚の身でありながら我が主人、そして我が友を愚弄したその罪――どう贖うつもりでいるのだ?」
竜王は今になって初めて気がついた。
自分の目の前にいる彼女こそ、三大神獣が一角――魔物最強と名高い、あのヴァルトネイアであるのだと。
☆☆☆
瞳孔の動きから見て、余のステータスを鑑定したのであろう竜王は、目に見えてガクガクと震え始めた。
正直、余が『見せても構わない』と思っているところ以外は一切見えていないだろう(力量差から)と思われるが、余の種族である『ヴァルトネイア』という種族はかなり有名だ。
……まぁ、主人様に至っては全くそんなこと知らなかったみたいだが、あの人は例外と考えていいだろう。そもそも神獣の余でも勝てる見込みがない怪物なのだから。
「というわけで、とりあえず余の主人様の心を砕いた遠因になった貴様が目の前にいるわけで……。さて、一発、張り倒させてもらおうか」
言って一歩踏み出すと、同じタイミングで竜王が一歩後ずさった。
黒い幹を持つ――なんだったか。たしか『黒檀』という木の上位種だった気がするが、その木々がメシメシと音を立てて折れてゆく。
竜王の体重を受けてなおあの程度で済んだのだ。自分で作っておいてなんだが、この世界の木々は余が今まで見てきた中でも紛うことなき最高ランクのものだろう。
……まぁ、今はそんなことはどうだっていいか。
ググッと右手に魔力を注ぐと、その手を竜王へと向けてたった一言。
「森よ、穿て」
直後、先程まではただの木々が乱立していただけの森は、まるで意思を持ったかのようにその先端を鋭く尖らせ、竜王の体へと向けて突き進んだ。
『や、やはり貴様、森神ヴァルトネイアか!』
対して竜王は周囲へと爆炎をまき散らすことによってそれらの木々を燃やし尽くそうと考えたようだが――残念、その木々を燃やすにはお前の炎では力不足というものだ。
『ぐぬぁっ……!?』
爆炎の向こうから濁った悲鳴が耳朶を打ち、数秒後、炎を吹き上げながら竜王が空中へと飛び出した。
「……ほう、流石に竜王などという弱小種族でも、今の攻撃くらいは防いで――無かったようだな」
『ぐっ、くぅ……ッ』
ポタリと、頬に真っ赤な鮮血が落ちてきた。
視線を上げれば、そこには身体中のあらゆるところから鮮血を撒き散らしている竜王の姿があった。
……正直、余からすれば様子見の初手でしか無かった先ほどの攻撃だったわけだが、奴からすればかわしきることも難しい攻撃だったらしい。
『お、おのれ……ッ! この我を愚弄しおって! 神獣とはいえ森の神が、溶岩を司る竜王に勝てるとでも思うたか!』
ふと、肌を刺すような熱気が伝わってきた。
上空にアギトを大きく開き、その奥に巨大な真っ赤な魔力をため続けている竜王の姿がある。
どうやら上空にいれば森の攻撃はできないと思い込み、その上で余ごとこの森を焼き払おうと試みているようだ。
……正直、木々を連結すれば余裕であの高さまでならば届くのだが――ここは、違う方法で叩き落とそうか。
「一つ言い忘れていた」
シュンッ、と。
喉奥で燻っていた炎の魔力が、一瞬にして消失した。
――異能無効。
アスモデウスに捕縛され、操られた際は、操られる際に『私と自身、そしてこちら側の陣営に対してその能力を発動するな』と命令され、その上でその能力が使える範囲外まで距離を取られていた。故に異能無効の能力でその力を制限することが出来なかったが。
「この世界では、そんな範囲は――ない」
その場に滞空していた竜王は、目に見えてバランスを崩した。
ドラゴンやヴァンパイア、その他の翼のある中型以上の魔物は、基本的に翼に魔力を通し、翼周辺の肉体を強化して空を飛んでいるのだ。
そんな相手に、その魔力を使う力を封印したら。
答えは――そう。
『ぬっ、ぬおぁぁぁぁぁぁっ!?』
――墜落する、である。
轟音を立て、空気を押しつぶすかのように墜落してくる竜王。
余はスッと懐から一枚の『札』を取り出す。
「コヤツの処遇は、主人様にお任せしようか」
別にこの場で殺してしまってもいいのだが、万が一あの人が『殺すな』と言うかもしれない。その時になって『殺しました』では嫌われるかもしれない。それは嫌だ。
故に――封印することにした。
「『巫女術・樹木封印』ッ!」
専用の文字を書き綴った札に魔力を通し、投げ捨てる。
その札は一直線に上空へと駆け上がってゆき、そして、竜王の体に張り付いて――その周囲の空間を固定した。
その上から周囲の森に存在していた木々を集結させ、編んだものを重ね合わせ――
「『封印』ッ!」
一本の、巨大な合成樹木を形成した。
その中には空間ごと時を固定した竜王が封印されており、仮にこの高硬度を誇る合成樹木の外骨格を壊せたとしても、おそらく中の封印まではどうすることも出来ない。
余は久々に使った大技に息を吐くと。
「……思った以上に、雑魚かったな」
そんなことを、呟いた。
最初は竜王、さっさと殺って終わりにしようかなと思ってましたが……、ここに来て後々に残しておいた方が面白いのでは? と思い始めました。




