影―086 主の居ない戦場
果たしてギンと恭香の方をどのタイミングで出すか……。思ってた以上に内容濃くて困ってます。
突如始まったその蹂躙を見て、彼は「ふむ」と頷いた。
「人数が足りておらず、主殿も、恭香もいないと来ている。どういう理由かは知らぬが……、やはり、噂を聞きつけて来たのは正解だったようであるな」
ニヤリと口元を緩めると、彼はボリボリと頭をかいて歩き出す。
「いつか主殿を学園まで迎えに行った際、ドラゴンの群れが絡んできた時から妙に気になり、そのドラゴンが、よりにもよって主殿たちの滞在する国に向かったと聞いて竜国まで来たわけであるが……」
そう呟いて、上着の内ポケットから彼はスマートフォンを取り出した。
慣れた手つきで操作したスマホを耳に当てて数秒。
「……む、伽月であるか? どうやら自分の勘は正しかったみたいである。……んん、あぁ。どうやら殺す気はない様子、峰打ち前提でこの量を相手にするのは流石に骨が折れると思う故、自分はこちらの加勢に入るのである。伽月もさっさと買い物終わらせて参戦するのであるよ」
言って通話を切ると、彼は大蹂躙の現場へと足を向けた。
ウルフカットの黒髪が住宅の影の中に溶け込み、暗闇の中、深紅の双眸が爛々とした光を放つ。
「話に聞くと、白夜が結婚するらしいであるな。本来ならば全身全霊をもって、我が友の結婚を祝うところなのであるが――」
建物の影から、姿を現す。
緑色のコートを身に纏い、端部に黒色の毛が縫い付けられたフードが爆炎に揺れる。
そして――威圧感が迸った。
その膨大な威圧感、そして殺気に先程まで爆音と破壊音の轟いていた周囲からは音が消え失せ、全ての視線が彼の体へと向けられる。
まだ少年と言っても過言ではないその容姿。見た目の年齢からすれば身長は低めな彼であったが、この場において、彼のことを侮れる存在は一人として存在してはいなかった。
「久しいであるな、皆の者。とりあえず詳しい事情は知らないわけであるのだが」
言って彼はスッと目を細めると。
「『獅子王』レオン。我が友の分不相応極まりない結婚をぶち壊しに参上した、のである」
彼の名は、レオン。
ブラッドメタルを喰らいしライオネルの最終進化系――レオルギアへと至りし、才能の塊である。
☆☆☆
その姿を見て、思わずその名を叫んでしまった。
「レオン!」
「ぬ? おお、輝夜であるか」
昔と……まぁ、少しは変わったように思えるが、身長も見た目も、一目で彼だと確信できる程度にしか変わってはいなかった。
ただ一つ、思ったのは――
「これまたイケメンになりおって……。主殿が見たら発狂するのではないか」
「……? 主殿の方が自分よりカッコイイであろう? というかその本人は何処にいるのだ? 挨拶をしたいのであるが」
家で引きこもってます。
――だなんて、言えるはずもない。
我は遠くへと視線を向けて。
「主殿はこの国の愚か者共、主にドラゴンたちによって卑劣な罠に陥れられたのだ……。今は恭香に看病をしてもらっているが……このままでは命が危ない。しかもその怪我は白夜にしか治せぬと来た。故に我らはこやつらを無力化し、白夜を強奪しようと考えたわけだ」
とりあえず嘘はいっていない。
竜王が連れてきた竜の群れ(多分考えなしに、威圧感を与えるために連れてきただけだっただろうが)と戦えば街に被害が出ると考えた主殿から白夜をかっさらってゆき、主殿の心に傷を負わせた。
そしてその傷は白夜が戻ってくることでしか治せず、今は恭香がなんとかまた歩き出せるように頑張ってくれているとは思うが、脅しでもしない限り今日中にこの場へと駆けつけるのは不可能であろう。
つまりは、我らが白夜を強奪し、彼の傷を癒すのが最も早い回復方法なのだ。
「……なるほど、大体は理解したのである」
もしかしたら、言葉の裏に隠した実情についても幾つかは察してしまったのかもしれない。
そう思ってしまうほどにその表情は真剣そのもので、彼は顎に当てていた手を退くと。
「とりあえず、コイツらをぶっ飛ばせばいいということであるな?」
物凄い正論を口走った。
レオンは毛のついたフードを被る。
そしてその直後、彼を中心として漆黒のオーラが吹き上がった。
『ライオンモード』
大きな、頭に直接響くような声が響き渡り、そのオーラの中から黒色メタリックな体が姿を現した。
ブラッドメタル――否、それよりもおそらくは上位のものであろう未知の金属によって覆われたその身体。合接部分や関節部分の奥からは赤色の光が漏れており、その背中には見たこともないような武器が二つ、装着されていた。
見た目は、辛うじてライオンだと分かるだろう。
しかし、迸る威圧感からさすがのドラゴンたちもレオンを侮ったような様子は見せていない。
むしろ――
『安心せよ、殺しはしない。……ただ、以降、恐怖で空どころか外に出ることも出来なくなるかもしれないがな』
その言葉を聞いたドラゴンの群れは、恐怖を掻き消さんとばかりにレオンめがけて襲いかかった。
☆☆☆
一方その頃。
「クソッ……、やっぱり強いな……」
マックスが舌打ちとともにそう吐き捨てた。
視線の先には、所々に朱色の混じった純白色の羽衣に身を包んだ白夜が佇んでおり、その背後には彼女の身長よりも少し小さな黒色の輪が浮かんでいた。
「そろそろ、諦めてほしいのじゃがな」
かつて、アスモデウスに操られていた時の彼女は、操られ、体の自由を失っていたが故に全力とは程遠かった。
けれど、今の彼女は紛うことなく本気だった。
「本気だと……ここまで強いものなんですね」
「攻撃が当たらないのです……」
聖槍ロンギヌスを床に突き立てて膝をつくアイギスに、肩で息をしているオリビア。
あの後、別動班はエロースとマックスの隠密能力を使用しながら白夜の部屋まで訪れたはいいのだが――
『……ふむ、やはり来たか』
部屋に足を踏み入れたその一瞬、気が付かれたのだ。
――太陽眼。
そのチート性能ばかり表に出て目立ってこそいないが、太陽眼にも月光眼と同じ、全ての隠蔽を見抜く眼力が備わっている。
そんな魔眼を前に不意打ちなど……、この班のリーダーたるミリアンヌも簡単だとは思っていなかったが、部屋に入った途端に気が付かれるなど思ってもいなかった。
「も、もうちょっと踏ん張りなさいよ! 全然歯がたってないじゃない!」
「そ、そんな事言われてもぉっ!」
半泣きになりながら矢を射るエロース。
その魔力によって出来上がった矢は発射とともに数百もの矢へと姿を変え、白夜目掛けて突き進む。
同時に本命たるマックス、オリビア、アイギスが駆け出し、麻痺毒を生成したネイルがアイギスの後を追随する。
しかし、それも白夜の前には通用しない。
「『ショートゲート』」
白夜の目の前にその体を隠すように『転移門』の簡易版の穴が召喚され、マックス、オリビア、アイギスの三人の方向へとそれぞれ三つ、小さな穴が召喚された。
「!? み、みんなっ! 避けて!」
元祖時空神たるクロノスが使っていたものと全く同じ能力に、エロースが焦ったように声を上げる。
しかし、それは事前に知っていたとしても避けるにはあまりにも――難しすぎるタイミングであった。
「三分転移」
瞬間、その大きな穴へと吸い込まれて言ったそれらの矢は、それぞれ三つに分かれ、三人の目の前の穴から飛び出した。
直前にエロースから注意を促されていたオリビアとマックスは咄嗟に真横へと身を投げたが、けれどもかわしきれずに数発をその身を受ける。
そして、アイギスは――
「ネイル! 屈んでください!」
言ってその聖盾の下をを床へと思いっきり押し付けると、その盾の後ろに隠れることによってその矢を防ごうと考えた。
ガガガガッと一撃一撃が重い無数の矢がその盾へと叩きつけられ、なんとか防いだはいいがその腕はジィンと痺れて、少しだけ感覚が薄れていた。
「くうっ……」
「か、間一髪ですね……」
傷一つ与えられていないのにも関わらず、オリビアとマックスは数本矢をくらい、アイギスの腕にもダメージが通ってしまった。
やはり最初から旅を共にしていたこの三人の能力だけは仲間内でも群を抜いており、次いで輝夜やレオンが来ているものの、それでも純粋な戦闘タイプでない恭香と同格と言ったところなのだ。
騎士組三人に加えて、ギンでさえ手こずるエロース、メデューサの力を得たネイルが揃っていても、それでも戦闘センスだけならばギンすらも上回るこの天才は、少しばかり手に余る存在だった。
だからこそ、オリビアとマックスは覚悟を決めた。
「……マックスくん!」
「はぁ……、アレ、魔力消費更に上がるから短期間しか使えねぇんだぞ?」
現在、マックスは神剣を既に召喚している。
その状態でその奥の手を出すとなると……正直、数分も持つかも分からない。
故に渋ったが、けれど。
「じゃないと、攻撃も当たらないのです!」
その事実を突きつけられ、マックスは小さくため息を吐いた。
現状、どれだけ頑張ろうとも、月光眼程ではなくとも太陽眼による化物じみた察知能力と、それに加えて奥の手である『時間停止』がある以上、勝つことどころか攻撃を与えることすら難しいのだ。
白夜も本気で殺そうとしてきているわけではない。ならば、最悪魔力が尽きても即死というわけでもないのだ。
「……分かったよ、やりゃいいんだろ、やりゃあよ!」
マックスはやけくそ気味にそう叫ぶと、胸のネックレスを握りしめた。
手首に巻いたメタリックな腕輪がキラリと光り、それを見たオリビアもまた、その腕輪へと魔力を注ぎ込む。
それは、かつてグレイスより与えられた擬似神器。
オリビアには力こそあるが、逆にそれに頼りきった戦い方をしているが故に、そこにつけ込まれる場合もある。
マックスには多様な能力と、場合によってはオリビアのソレにも匹敵する一撃を繰り出せる火力があるが、それでも攻撃に特化しすぎたために、耐久力が大きく欠けている。
三、四年前。近い将来、その点に関して困るだろうと考えた二人は、上位十名たる『ニアーズ』に選定された際、その弱点を克服できるその擬似神器を願い出た。
それこそが――
「発動・霊糸アリアドネ!」
「発動・霊装アキレウス!」
それぞれの腕輪が輝きを放ち、霊器が発動した。




