影―084 今度は、支えられるように
『一人にさせてくれ』
そう言われた私は、肩を落としながらも、皆の気配の残っている食堂へと足を向けた。
あんなに憔悴したギンは初めて見た。
言い訳臭いけど、確に『こんなにも生き急いで、大丈夫かな?』とは思ってた。けれど聞かなかった。違和感はあったけれど、彼はそんな素振りは全く見せなかったから。
違和感こそが勘違いなのだと、そう思っていた。
――けれど、違った。
「あぁ――っ! もうっ、こんな時に何でよりにもよって白夜が居なくなってるのさ!」
頭をかきむしってそう叫ぶと、彼女が連れ去られていった――と言うよりはついて行った『竜国』の方へと視線を向けた。
――竜国ドラグラム。
吸血鬼族や天魔族が『え、本当に生息してる?』と聞きたいくらいに個体数が少ないのは言うまでもない事実だけれど、その二種族に次いで個体数が少ない種族こそが――竜人族。
それら竜人族が集まって形成した集落――否、小さすぎる国。それが竜国ドラグラムだ。
「……伝えてはいなかったけど、予想してたよりも、よっぽど面倒なことになったなぁ……」
思い出すは、白夜と会ってすぐの頃。
彼女が明かした過去についてだ。
彼女はドラゴンの群れに混じって、この大陸に加え、他の大陸に至るまで長い旅を続けていた。
長い時を過ごすにつれ、群れの中でも仲のいいドラゴン。まぁ人間でいうところの友人が出来るのが当然の摂理なのだが――白夜には、それが出来なかった。
あらゆるドラゴンが彼女を避け、彼女は長い時を独りで過ごした。それを見ておきながら声をかけるドラゴンは一体としていなかったし、当時のくそ竜王はそれをほくそ笑んでいたらしい。
故に、針のむしろ状態だった白夜は群れを抜け、偶然にもドラゴンの総本山の存在するこの大陸へと移り住み、そして、私たちと出会った。
――と、それが白夜がした、勘違いだらけの説明だ。
当時の私は「……まぁ、いいか」と、テキトーに受け流して訂正も何もしなかったが、実際には白夜の主観と客観的に見た結果では随分と真相が異なってくる。
まず、白夜の正体だけれど、それは竜王が言っていたように『竜神の姫』というヤツで間違いはない。
彼女自身聞いたことのないその言葉は、幼少期から類まれなる才能を発揮し、時空の力を授かった彼女を『神の使い』、あるいは『神の力を宿した神童』と崇め奉られた結果、彼女の知らぬところで定着した言葉だった。
もちろん中には認めない者もいたから、彼女のステータスには『二つ名としては認知されていなさすぎる』という理由からその称号は表示されていなかったわけだけれど。
まず、白夜の言う『孤独』。
これは単純に、竜神の姫なんていう大層な呼ばれ方をしている相手を友達に出来るほど、同世代のドラゴンたちの器が広くなかったと言うだけの話。言うなれば嫉妬だ。
次に、避けられていたということ。
それも理由としては大体同じだ。竜神の姫と関わりあいになりたくなかった故に避けた。万が一怒らせれば勝てないと分かっていただろうし、なにより仮にも『姫』を傷つけでもしたら罪になりかねないとわかっていたから。
「別に、白夜自身は普通の生まれなんだけどね……」
普通の父ドラゴンと母ドラゴンの間に生まれただけの、ごく普通の女の子。それが彼女だ。
生憎とその両親は昔に亡くなってしまっているみたいだが、それ以外特筆事項はほとんど無い。
ただ、少し頭が良くて時空間魔法を覚えていたというだけだ。
「……はぁ」
これを、あの状態のギンに説明しないといけないのか、と考えるとため息が漏れる。正直今の彼はそれどころじゃないだろうし、私も彼があんな状態で、正直これ以上何かを考えられる余裕もない。
眉根を揉みながらも食堂へと足を踏み入れると、そこで私のことを待っていた彼女らの服装に、目を見開いた。
「な――っ」
なんで、武装しているの?
その言葉を紡ぐ前に、被せるようにして了が声を上げた。
「悪いな恭香。すべて話した」
「…………はっ?」
その言葉を理解するまで、数秒かかってしまった。
……すべて、話した?
彼女がいう全てとは、私の考えが外れていなければ……たぶん。
「開闢の代償と、その能力を既に発動したことについて」
言いながらも、覚悟を決めたような真っ直ぐとした視線を私へと向けてきた了は、彼女なりに考え、悩んだ末に出したのであろう、その結論を口にした。
「君は彼を肯定することでその歩みを支えようとした。白夜は……何をしたかったのかな。まだそこまで考え至ってはいないけれど、何かしらの思惑があってこの場所から去った。そして全てを知っていた私は――今の今まで、悩んでいる事しか出来なかった」
――けれど、もう。私は決めたぞ。
言って彼女は、ニヤリと口元に笑みを浮かべると。
「私は皆が、幸せになれる道を選ぶ」
それは、誰もが望んだ最適解。
誰も死なず、誰もが笑って暮らせるような未来。
それは、ギンや私や、白夜が最もたどり着きたかった未来。
「……現実は、そんなに甘くない」
「だろうな。だからこそ足掻くのだ」
根性論にも程がある。
賢い彼女らしくない答えに、思わず苦笑した。
「……まるで、ギンみたいなことを言うんだね」
ギンはその命を賭けて、本音と死への恐怖を隠し続けながら、足掻き続けてきた。
私はその生き方を肯定して。
そして了はその生き方を、否定した。
「私は誰も死なせない。もし万が一誰か欠けたのならば死力を尽くして蘇らせよう。必ず、皆が笑える未来をつかむのだ」
つまりは、今武装してるってことはそういう事なのだろう。
了の隣に立っていた輝夜が「クハハッ」と小さく笑う。その顔は皆と同じように悔しさとやるせなさに歪んでいた。
「我としたものが、主殿にここまで負担をかけてしまっていたとはな……。あまりにも考え無しに動きすぎた。主殿に全てを任せすぎた。故に――」
彼女もまた、覚悟を決めたようにその瞳の奥に炎を灯した。
「あの人が止まってしまった今、我らがその代わりに勤めを果たそう。責めなどしない。恭香は主殿へと存分に休んでおれと伝えてくれ。我らは動く」
――今度は、その背中を支えられるように。
☆☆☆
まず最初に。
白夜を助け出す――もとい。
白夜を無理矢理に連れ帰るにあたって、一番大切なことはいかにあの竜の群れを回避して、騒ぎを大きくすることなく白夜の元まで至るか、である。
「白夜は時空間魔法の使い手。バレることなく奴の元までたどり着き、気付かれ、転移されるよりも先にあ奴の意識をぶっとばす。……いざ主殿の助けなく動こうとすると、なかなかに難しいミッションだな……」
言って周囲を見渡すと、誰も彼もが難しそうに眉根に皺を寄せていた。
もしも主殿が健在だったのならば、我らが彼の背中にしがみつき、重りとなったままだったのならば、『月光眼』の能力である千里眼で白夜の居場所を特定、『位置変換』の能力で我らをまるごと白夜のいる部屋へと送り込み、ささっと気絶させて回収。
しかし、今の彼を頼るわけには行かない。
もう、頼ってばかりじゃいれないのだ。
「転移能力を持つ主殿と白夜は不在、主殿の隠蔽も使えず、あの神がかった気配察知も使用不可能。というかその白夜の居場所すら定かではないと来た……」
まぁ、最後の白夜の居場所については恭香の力を借りれば比較的簡単に特定できるかもしれないが――こうして考えると嫌でも実感してしまう。
「本当に、我らは三人の力を借りねば何も出来ぬのだな……」
今まで主殿に頼りきってきたのはさきほど嫌という程に思い知ったばかりだが、よく考えると恭香、白夜の力も頼りきっていきてきたのだと、今になってやっと思い知った。
息を吐いて暗くなった気持ちを入れ替えると、我はまず、我らの中でもトップクラスに頭のいい了とミリーへと視線を向けた。
「二人とも、なにか方法があれば助言願いたいのだが……」
「方法……か」
言って顎へと手を添えた了は、少し悩んだ後にこう口を開いた。
「とりあえず、居場所については大体の想像はつく。奴らが帰っていった方向。そして、その方向に何があるかを考えれば――自ずと『竜国ドラグラム』だろうと考えられる」
「……竜国、か」
竜国は竜人族と、ドラゴンたちの住まう国だ。
竜人族は数こそ少ないし、吸血鬼族、天魔族の二大最強種族に比べて弱いが、その総本山に攻め込むとなれば……程々に厄介なことには変わりないだろう。
それに加え、数日前にこの国へと訪れた、数千、数万……いや、それ以上の馬鹿げた数のドラゴン。
我らからすれば正しく『雑魚』だが、主殿が『逆らうものは皆殺し』などという危険思想の持ち主ではないことは分かっている。
つまりは殺さず無力化。
唯一、白夜を妻に娶るとかほざいていたあの大きいだけのトカゲ。あいつは主殿も殺すのは許してくれるだろうとは思うが、基本的にそいつ以外は峰打ちだ。
――故に、厄介極まりない。
「作戦は……陽動、囮と本陣で分ける方向で大丈夫でしょうね」
言って頷いてみせたミリーは、けれどその眉根に皺を寄せたまま難しい表情を浮かべていた。
「ただ……ドラゴンというのは私からすれば勝ち目のない相手なのだけれど……。聞くところによるとプライドだけのくそ種族、と取っていいのよね?」
「ま、まぁ……うん」
疑問に肯定で返したのは恭香。
確にあの様子……強くなくとも慎重な種族だったならば、即座に主殿、白夜、恭香との実力差に気がつけていただろう。
それが気づけないとなると――つまりはトップクラスの愚か者たちだということである。
「なら……少し陽動作戦は難しいかもしれないわね。陽動役をするとしたら暁穂や藍月、ソフィアなのでしょうけれど……少し役不足というか、なんというか……」
その言葉に、暁穂たちが目に見えて顔を歪めた。
別に不快感から、という訳では無い。実際には彼女達の一人だけであの群れ程度なら十分に全滅させることが出来る。
だが――
「相手はドラゴン……。格が違うとはいえ、狼や馬、鹿の見た目をした私たち相手には本気にならないと、そういう事ですね」
「愚かしいことに……そうでしょうね」
なんて馬鹿馬鹿しく、愚かしい種族だろうか。
仮にもこちらはあの主殿の従魔と、そして眷属、仲間である。本来ならばたった一人で星を一つ滅ぼせるレベルの者達だ。
それを、狼、馬、鹿と舐めるとは……、馬鹿馬鹿しさが一周回って笑えてくる。
全員がその口元に薄く苦笑いを浮かべる中。
恭香が「あっ」と、閃いたように手を叩くと。
「竜国……その国に二人、滞在してたよ! その『陽動』をしても絶対に舐められないだろうって二人が!」
我の脳裏には、我と同じ頃から主殿に使え続けていた、一人の少年の姿が浮かんでいた。




