影―072 コンプレックス
少し遅れました、すいません。
二年目もヨロシクお願いします!
「なんじゃ、お主はこっち側につくと思ったんじゃがの」
そう言われて、私は小さくため息をついた。
視線の先には油断なくこちらを見据える彼女――白夜の姿があり、その様子からするに手加減してくれそうな雰囲気は皆無である。
まったく、ギンも酷い配置をするものだ。
「……私としては、白夜とは戦いたくないんだけど」
――白夜。
最初に私とギンが出会って、そのすぐあとに彼女と出会って、あの選定の迷宮を攻略したのだ。
最初出会った時は、私からしたら勝てるはずがないと思えるくらいに強い彼女だったし、それは今でも大して変わらない。
なにせこれでも私は突き詰めれば『ただの本』なのだ。そんな本に竜王様も超えてるであろうドラゴン――しかも、時空神クロノス、現混沌のかつての能力を引き継いでいると来た。勝ち目なんて見えやしない。
だからこそそういったのだけれど。
「カカッ! 妾はお主と戦ってみたいのじゃがな!」
彼女はそう言って笑って見せた。
あの、三年の修行期間。
白夜はギンと何度も手合わせをして、毎回いいところまで行くんだけど、ギンが最終的には『血濡れの罪業』を発動して勝利するのだ。故に、彼女がギンに勝てた試しはない。
そして、私は彼女と戦ったことは、一度としてない。
その理由は、私の能力のほとんどが戦闘に向いていないと分かっていたから。そして、きっと戦っても勝てないと思っていたから。
けれど――
「今回ばかりは、避けられそうにないや」
私はそう呟くと、その黒いコートをはためかせて歩き出す。
私は――コンプレックスの塊だ。
白夜やソフィアみたいに珍しい口調もなければ、弱いとはいえネイルのような可愛らしいタイプでもない。頭はいいけれど、日々を重ねる毎に進化しているギンの頭脳にはもうすぐ追いつかれるだろうし、エロースみたいな可愛らしさも無い。
正直、私は不要なのではないかと、そう何度思ったか知れない。何度不安になったのか知れない。何度、ここに自分の居場所はないのではないかと思ったか知れない。
けれども、私は未だにここに居続けている。
その理由は……一体なんだろうか。
「……白夜、私は――そっち側には行かないよ」
そう考えてみると、その答えはすぐに分かる。
私は本だ。
状態異常も効かないし、死という概念も存在しない。
もしも私の体が塵も残さずに消滅しても、多分また作り直せばきちんと生き返れるだろうと思う。
だからこそ――彼の隣に立ち続けられる。
「私は、例えどんなに不満でも、例えどんな道に進もうとも、きっとあの人の隣に立ち続ける。……それが、私に出来る唯一のことだから」
道具だっていい。
人間扱いされなくてもいい。
ただ、その隣に立って、……たまに、彼のことを支えられたら、それでいいのだ。
……だって。
「私はギンのことを、愛してるから」
瞬間、私の周囲の地面を突き破って鎖が召喚される。
確かに、私は彼女よりも弱いだろう。
けれども任されたのだ、他の誰でもない――ギンから。
なればこそ。
「命を賭して、貴女を止める」
私はこの命を、彼に尽くすために使うのだ。
☆☆☆
「『鎖の化身』!」
瞬間、私の前方の地面から無数の兵が現れる。
鎖魔法Lv.4――鎖の化身。
それは数体の鎖の兵を作り出すという魔法だが、私の魔力はギンのソレすらも上回る――『∞』だ。
故に本来ならば数体しか召喚できないはずの化身を、私は魔力にものを言わせて何体でも召喚することが出来る。しかも特に発動条件やデメリットはなく、私が使う分には『百魔夜業』の完全なる上位互換だ。
そして――
「『執断羅剛』っ!」
瞬間、私の体が再構築される。
理の教本が――鎖魔法が持つ最大の能力、それこそがこの『幻実投射』という能力。私でいうところの執断羅剛、という能力だ。
これは私の中の『知性』を全て封印し、代わりに野性を高めるという能力であり、その能力を発動すれば――私の体は、物理戦特化に強化される。
フッと拳を構えながらもチラリと視線を体へと下ろせば、そこには黒いチャイナ服を着た自分の姿があった。
胸は……一体どういう成長を遂げたらこうなるのだろうか。輝夜程ではないとは思うけれど、正直かなりの『巨』だと思われる。白夜が目に見えて怒りをその瞳に宿したのが見て取れた。
「ま、毎度毎度……、チャイナ服に……、な、なんじゃその胸は!」
「……嫉妬?」
ブチィッ!
どこからか、堪忍袋の緒が切れたような、そんな事が私の元まで聞こえてきた。
見れば額に青筋を浮かべた白夜がその両手を竜のそれへと変化させており、それを見た私はスッとその重心を下ろした。
――もちろん、計算通りである。
ギンから言わせれば「戦いは先に相手のリズムを崩すか、あるいは怒らせればこっちのものだ」と言った感じだろうか。中には怒らせれば怒らせるほどに強くなる例外もいることにはいるが、並の人間は怒れば思考速度が低下し、周りが見えにくくなる。
そして格上と戦う際は――
「そこに、勝機が初めて生まれる」
そう呟いて私は走り出した。
そして、それと同時に彼女の右眼が真紅に染まってゆくのを、私は視界の端で捉える。
――太陽眼。
ギンの『月光眼』、そしてあの人の『運命眼』と並ぶ三大魔眼のうち一つ。
真紅の太陽、白銀の月、そして紺碧の運命。
月は万能と呼ばれ。
運命は無敗と呼ばれ。
――そして、太陽は最強と呼ばれる。
「『時間停止』ッッ!」
カチッ――
時間が、停止する。
そして次の瞬間。
「がハッ……!?」
腹部に叩き込まれた、その拳。
口の端から鮮血が漏れだし、その拳を叩きつけた彼女――白夜は、辛そうに顔を歪めた。
「一度しか言わん。逃げるのじゃ、恭香。妾ならば多少、この能力にも対抗できる。もって数秒、と言ったところじゃが、この身体をとどめることならば出来る」
扱っている者こそ残念極まりないが、今彼女らにかけられているのは『七つの大罪』スキルである。その上混沌の力によって強化までされていると来た。
そんな能力に。数秒とはいえ抵抗してしまえば……きっと、彼女の精神はズタズタに切り裂かれる。
それは、救ったということにはならないし。
それに――
「少し、私のこと……舐めすぎじゃあ無いかしら?」
そう呟いて、私は貯めていた魔力を解放させた。
腹部へと叩き込まれていたその拳を、私の腹部から召喚された無数の鎖が縛り上げ、それと同時に私は彼女へと、一つの能力を使用した。
「『封印の鎖』」
それは、打ち込んだ対象の、特定の行動を制限するというもの。
私はその鎖が彼女の腹部へと突き刺さったのを確認すると、ニヤリと笑った。
「時空間に関する全ての能力の、使用禁止」
瞬間、その真紅の瞳が解除され、それを感じたであろう白夜は目を見開いて驚いた。
彼女の能力――時空間魔法は確かに厄介極まりない。
まともにやり合えば倒すことは難しいだろう。
――あくまでも、まともにやり合えば、の話だが。
「時空神の強みは、負担こそかかるものの自由自在に時を操れること。確かにその能力は『最強』かもしれない」
けれど、弱点だって存在する。
それは――能力を封じられれば、ソレ頼りになっていたその使い手は、一気に強さを消失するということ。
強いからこそ、その強さに傲り、その力を主に使い始める。
だからこそ、こんなコンプレックスの塊にも、つきいる隙が生まれるのだ。
私はスッと両の拳を構えると。
「これより、断罪を開始する」
そう言って、拳を振りかぶった。
☆☆☆
拳と拳が激突し、周囲へと爆音が響き渡る。
私は容赦なく両手での連打を繰り出し、対する白夜は片腕で対応しながらも、その腹部の傷へと縛られた拳を抉り出す。
流石は白夜と言うべきか、攻撃が全くと言っていいほどに通用しない。
――通用しない。
正確には通用はしているのだが、普段と比べれば与えているダメージはずっと少ないだろうと思われる。
なにせ彼女には、『ダメージカット』というチートがある。いくらダメージを与えようと、そのダメージは数割が必ずカットされるのだ。
全くここに来て今まであまり顕になっていなかった厄介な能力が壁になるとは、『運命神様は僕のことが嫌いなようである』というヤツであろうか。きっとそうに違いない。
その上――
「くっ……」
視線を下ろせば、そこには壊れかかっている鎖が存在していた。
この執断羅剛の状態は、今まで存在していた『賢さ』、『精神力』の能力値をほとんど体術系統の能力値に変換されている状態だ。普段のような硬さを誇る鎖など一瞬で構築できるはずもなく、私たちの攻防にいよいよついてこれなくなった様である。
もしもこの腕を覆う鎖が壊れてしまえば、きっとすぐに腹部の『封印の鎖』は破壊されてしまうだろうし、だからといってこんなにも激しい戦闘中に、この状態で新たな鎖を追加することも難しいだろう
――ならば、使うか?
ふと、『奥の手』を使うかどうか迷う。
けれどもそれと同時に、彼がかつて行っていた言葉を思い出す。
『もしも、もしもこちらに一撃必殺の準備が出来ていたとして。そしてその攻撃を絶対に当てたいと、そう考えた時。果たして戦闘中の、どのタイミングでその一撃必殺を見舞ってやるか』
ガシャンッ!
そんな音が聞こえてきた。
見れば、腹部に繋がっていたその鎖は完全に壊れてしまっており、白夜の片腕が束縛から開放された。
「――ッ!」
顔に喜色の表情を浮かべる彼女。
それを見て、私は――その腕を、両手で掴み取った。
「んなっ!?」
白夜の驚いたような声が聞こえるが、私の『奥の手』は、もう発動されていた。
戦闘中、魔法は発動は出来ずとも、体の中に魔力を貯めることは出来る。
無限に続く魔力を組み上げ、練りに練り上げたこの高密度の超魔力。これを体に流し、絶対的な身体強化を施す。
それが、私の――奥義である。
「フンッ!」
背負投の勢いで、彼女の体を持ち上げる。
その刹那、彼の言葉が頭をよぎっていた。
『ピンチっていうのは、相手からしたら絶好のチャンスだ。故に、相手の油断している、心に隙のできるピンチこそ――』
――最大の、チャンスである。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!
瞬間、大地が割れ、白夜の体が地面へと叩きつけられる。
フゥ、と息を吐いてその場所を見下ろすと、そこには白目を剥いて気絶した白夜の姿があり。
それを見た私は体を元の状態へと戻すとたった一言、こう言った。
「理の教本、舐めたら怪我するよ」
恭香VS白夜でした。




