一周年記念 迷い人の吸血鬼
さて、記念編三本目です!
今回は死神ちゃんのお話。
「どわぁ……、あっちぃなぁー」
彼女は、その燦々と照りつける日差しを見上げてそう呟いた。
場所は自宅付近のちょっとした道。
歩道と車道の境界線はなく、ただあるのは田畑と田畑の間に出来た、車二台がやっと通れるかと言った程度の道である。
彼女は学校が夏休みに入ったということもあり、最寄りの駄菓子屋までお菓子を買いに行っていたのだが――
「ったくよぉ、なんで最寄りの駄菓子屋まで数キロも離れてんだよ。毎度毎度、俺様を殺す気か」
彼女はそう、ため息をついた。
戦争終結というのは当時からすれば少し昔のお話。
戦争を知る知らないのギリッギリの所で生まれた彼女は、この貧しさが当然だとも思っていたが、けれどもやはり利便性は欲しいと、そう考えていた。
「そうだな……、例えば」
彼女はそう言って自分の影へと視線を向けた。
そこにはこの太陽の日差しの中、真っ黒で寒々しい自らの影が存在しており、彼女は周囲へと視線を巡らせた。
「誰も……居ねぇよな?」
そう呟いてもう一度周囲を見渡したが、けれどもどこにも人の姿は見えず、彼女は笑みを浮かべてこう叫んだ。
「『影潜』っ!」
瞬間、彼女の身体が影の中へとズボッと沈み、彼女は「ヒャッホウ!」とはしゃぎながら自宅への道をショートカットして行った。
彼女の名は――鐘倉巫女。
いずれ死神として名を馳せる、影魔法の使い手であった。
☆☆☆
それはある日の事だった。
彼女は夕方、あまりにも暇すぎたため少し家の周りを散歩することに決めた。
父や母からは『そんなことで魔法を使うな』とヤキが入ったが、彼女からすれば『便利なものを役立てて何が悪ぃ』という話である。全く反省らしき反省はしていなかった。
良くいえば、勇敢や、正直者と言った言葉が似合う彼女。
けれども、悪くいえば――愚か者だった。
「……は?」
彼女は、目の前に広がるその光景に目を見開いた。
時空に開いた――巨大な『穴』。
彼我の差は数メートルと言ったところ。
何故今の今まで気がつけなかったのか――そう聞かれれば、それは注意力不足という言葉で済むだろう。
全てを吸い込まんとするその様子はさながらブラックホールのようでもあり、正気に戻った彼女は、迷うことなくその場から離れる決心をした。
だが――
「や、ヤバ――ッ!?」
その判断は、少しだけ遅かった。
まるで獲物を見つけた野生の肉食獣のごとく、その『穴』は彼女めがけて迫ってきた。
どういった理屈のモノなのかは分からない。
だが、これに巻き込まれれば――死ぬ。
そんなことだけは、彼女にも理解が出来ていた。
その穴へに背中を向けて逃げ出す彼女。
けれどもその抵抗も虚しく――
「あっ――」
気がつけば彼女の足は地面を離れており。
呆然とした彼女はその穴へと、飲み込まれていった。
☆☆☆
ポツッ――ポツッ――
水の滴る音が聞こえてきた。
まるで鉛のように重くなった瞼を震わせながらも、彼女は薄らと、自分が誰で、自分が何をしていたのかを思い出す。
そして――あの穴のことを、思い出す。
「はっ!?」
ガバッ!
思いっきり上体を起こした彼女。
自分は……間違いなくあの穴に飲み込まれた。
そして気がつけば意識を失っていて……、今、目覚めた。
自分の体に視線を下ろしてみれば、そこには傷一つない自分の体が存在しており、少し衣服は破れているようだが、別に体を触られたような形跡もない。
それに一度安堵した彼女ではあったが――
「ってあれ? ここ、どこだ……?」
周囲の景色が、身に覚えのないものだということに気がついた。
周囲に広がっていたのは――洞窟だった。
暗くてほとんど見えないのが現状だが、目を凝らせば巨大なドーム状の部屋のようである。そんな部屋に、ポツンと彼女が一人座り込んでいるような状況。
「……ッッ」
不安になって、少し後ずさる。
当時まだ若かった彼女が、一人でこんな洞窟へと放置されれば、恐怖を覚えるのは当たり前のことだろう。
そんな彼女は尻餅をついたまま後ずさり――
「――ッ!?」
何かが手に触れ、ビクンと体を震わせた。
生き物……では、ないと思う。
恐る恐るといったふうに振り返った彼女が見たものは――黒色の、ポーチだった。
「……へ?」
洞窟の中に存在しているそのポーチ。
黒色に赤い線の入ったソレは、周囲の光景を見るにあまりにも浮いており、人工的な、作為的なものを彼女に感じさせた。
「……あ、開けてみろ、ってか?」
彼女はゆっくりと、そのポーチへと手を伸ばした。
現状、この目もまともに利かない中、動き回るのは誰から見ても愚行だろう。ならば、今はこの中身を確認する方が圧倒的に有意義だし、よっぽど安全だ。
彼女はそのポーチを手に取ると、一つ深呼吸をして――その中へと手を突っ込んだ。
そして――
「…………は?」
彼女の頭の中に、多くの文字が浮かんできた。
☆☆☆
転生ボーナス
ミスリルの鎌
非常食
水筒
懐中電灯
異世界服セット
黒いコート
・
・
・
と、その他にも幾つか。
困惑した彼女ではあったが、小腹が減っているということもあり、その非常食、という文字を特に意識していた。
すると、何かが手に握られたような感覚を覚えた。
「……まさか」
その存在をポーチから取り出した。
そこには見覚えのある銀色の包装紙が存在しており、その包装紙を開けてみれば――中に入っていたのは、戦時に使われていたという保存食だった。
それをひとかじりして彼女は頷くと。
「よく分かんねぇが……、とりあえず、この中に入ってるものが分かった、ってことなのか……?」
そう呟くと、その保存食をポーチの中へと放り込み、彼女は再びその中へと手を突っ込んだ。
さて、次は何を取り出してみようか。
そう考えた彼女は――ふと、ある単語へと目がいった。
――転生ボーナス。
彼女からしたら『転生? なんだそれは』と言った感じだが、最初に目に付いたものとして、彼女はそれを取り出してみることにした。
そして、その球体の、よく分からない存在を取り出した途端。その球体の宝石が輝き出した。
「うおぁっ!?」
思わず驚きの声が出た。
けれどもその宝玉を取り落とさなかったことは見事と言うべきだろう。
と、そうしていると、その宝玉から声が聞こえ始めた。
【初めまして、だな。異界の子よ。混乱しているかもしれないが一度しか説明する気は無い。よく聞いておけ】
それは、男の声だった。
それに対して咄嗟に口を開こうとした彼女ではあったが。
【運悪く、貴様は死んだのだ。異界の子よ】
その言葉に、彼女は言葉を発することが出来なかった。
☆☆☆
【ここは……たしか、『選定の迷宮』といったか。今まで迷い込んだ異界の者はそのままその世界へと送り込んでいたのだが、その際に力を得てしまった彼奴ら、迷い人はその力を好きなように使い、その世界を荒し回ったのだ。故にこうして異界の者が迷い込んだ際、その相手がこの世界にふさわしいかどうか、選定するのがこの場所――『選定の迷宮』だ】
その言葉を聞いて、やっと彼女は正気に戻った。
「っておい! な、何なんだよその選定の迷宮? って言うやつは!? 俺様は散歩してただけだぞ! 何がどうなって――」
【喚くな】
けれどもその言葉は、たった一言によって沈められた。
その言葉に篭っていた――純然たる『重み』。
その言葉を前に彼女は、口を閉ざさるを得なかった。
それだけその声の主と彼女の間に力量差があり、それが絶対的なものなのだと、彼女も薄々と感づいていたから。
【貴様がこちらに迷い込んだのは完全なるイレギュラー。つまりは我らも全く予期していなかった事態だ。一体何がどうなり、どうして貴様が我が居城に迷い込んだのか。知りたければこの迷宮を抜け、自分の手で探るなりしてほしい。コチラとしてはさほど興味もない話なのでな。自分でなんとかしろ】
その言葉に、彼女はギリっと歯を食いしばる。
――興味が無い?
――自分でなんとかしろ?
いきなりこんなところに連れてきておいて無責任にも程がある。彼女はそんなフツフツとした怒りを収めながらも、なんとかコクリと頷いた。
「……で、どうすれば出られる?」
【それは簡単だ。一階層、二階層に住まう中ボスと、階層ボスを打ち倒し、最下層たる三階層にて待ち受けるこの迷宮の主を打ち倒せ。そ奴らは我らが不死の呪いをかけ、用意した魔物達だ。いくら死のうと貴様が迷宮から消えれば生き返る。故に、容赦なく殺してもらって問題ない】
――魔物。
それについてはよく分からないが、おおよそ野生動物のようなものだろうと彼女は考えた。
【食料と水は入れておいた。有限だが、水はそこらに滴っているもので補充しろ。食料は尽きれば魔物を食えばいい】
その言葉に天井を見れば、そこにはポツリポツリと滴ってくる水が存在しており、まぁ、飲む量を制限すればなんとかやりくりできるだろうと考えられた。
そんなことを考えた彼女へと、【最後に】と言葉が聞こえてきた。
【そのままでは到底この世界では生きて行けぬ。転生ボーナスとして、全ステータスの上昇、種族の最適化。そして、スキルの授与を行う】
「……は?」
彼女はそう小さく呟いて――次の瞬間、目を見開いた。
「がっ……かハッ!?」
胸が苦しい。
身体中が軋み出す。
全身の血が、沸騰しそうだ。
明らかに病気や怪我といったものが引き起こせるレベルを超えた、人を簡単に殺せるような痛みが身体中に走る。
そんなことをされれば、並の人間が意識を保っていられるはずもなく――
「い、いつか……、ぶっ、殺して、やる……」
そう言って、彼女の視界は暗転した。
けれどもその間際――
【今の言葉、冥府神の名の元に、楽しみに覚えておこう】
そんな言葉を、聞いたような気がした。
☆☆☆
その十日後。
彼女――鐘倉巫女は、その迷宮をクリアした。
誰も攻略できないようにと、そういう考えの元創造神エウラスが作り上げたその迷宮。それは、たった一人の少女の手によって、いとも簡単に攻略された(それを受けた創造神エウラスが、その迷宮を改造し、ラスボスを自動人形から新たな存在へと変えたそうだが、それはまた別の話)。
そして、その迷宮を攻略し、見事新たな世界へと旅立った彼女は、元の名前があまりにも異質すぎることに気が付き、この世界に合った新たなる名前を名乗ることにした。
その名は――カネクラ=クラッシュベル。
彼女を、ごく一部の者は『ミコ』と、そう呼んだ。
次回から本編戻ります。
これからも頑張っていきますので、是非とも宜しくお願いします!




