影―069 二人の化物
僕は荒い息を吐きながらも、その王城の前までたどり着いた。
ここまで至るまでに倒した戒神衆の数――数十人。それら一人一人が一騎当千、ルシファーと同格の力を持っているのだから笑えない。常闇のローブもなく、クロエもウルもいないこの現状で良くもまぁ乗り越えられたものである。
「はぁ、はぁ……、やっぱり、置いてきたのは間違いだったかな……?」
そう言って背後を振り返ると、遠くの方で白銀色の雷――恐らく銀滅雷牙が打ち上げられており、その他にも血色の光線や黒色の咆哮など、正しく怪獣大決戦といったような光景が待っていた。
正直、僕はアスタの力を測りかねているというのがある。
彼女は間違いなく強い――それこそ、サタンに追随するほどに強いのだろうと、そう考えている自分がいる。
けれど、ペンギン姿の彼女と初めてあった際、僕は本気で肉弾戦を挑んだわけだが、あの頃の弱い僕とアスタは肉弾戦において全くの互角だった。
故に、確信ができない。本当は弱いんじゃないかそんな考えが頭をよぎって仕方が無い。
だからこそ、あの三人に見極めさせるのだ。
一人だけだったならば、メフィストにやられればそこで終了となり、二人ならばもしもアスタが弱かった際、メフィストに太刀打ちができない。
故に、三人。
僕はメフィストを足止めすること、そしてアスタの力を見極めるために、自らの戦力を削るという愚行を演じて見せたのだ。
「演じて、って言うか……、これしか無かったんだけどな」
そう言って「ふぅ……」と息を吐くと、それを聞いていた恭香が声をかけた。
『……大丈夫? アスモデウスは時間制限とか言ってなかったんだし、少し休憩した方が……』
「……大丈夫だって。それに、馬鹿なこと考えてるからって言っても操られてる事実には変わりないんだ。早く助けてやらないと」
そう言ってパンパンッと両手で頬を叩き、気合を入れ直す。
僕が今回怒ったのは、彼女らが僕のことを裏切ったから――ではない。正直彼女らのことは好きだし、ずっと一緒にいたいとも思っている。だからこそ誰かの元に行ってしまうのは辛いけれど。
「あいつらが、自分の意思で、自分の力で僕と決別するのなら文句はない。僕が怒ってるのは……操られて、それをちょうど良かったと許容している、あいつらの腐った性根に関してだ」
操られていないのならば好きにすればいい。
気に入らないのならば、文句の一つや二つでもいえばいい。
気に入らないのならば、喧嘩の一つや二つでも挑んでくればいい。
それでアイツらが幸せになるならば僕は喜んでこの身を捨てよう。犠牲にしよう。
喜んで――死んでやろう。
だけれど、それは今じゃない。
僕はその門へと視線を向けてフッと息を吐き出すと、そのままその扉めがけて駆け出した。
「僕に喧嘩を売るだって?」
その扉の十数メートル前で僕は地面を蹴り上げると、さらに勢いを増した僕は――その城門へと、ドロップキックを食らわせた。
ドゴォォォォォォォンッ!
とてつもない破壊音とともにその城門が木っ端微塵に粉砕され、僕はスタっとバランスを崩すことなく着地した。
そして、視線を上げる。
そこには口を真一文字に結んだ仲間達の姿があり、月光眼越しに見た彼女らの体からは、気味の悪いオーラのようなものが吹き出されていた。
それらを前に僕は、ニヤリと余裕綽々と笑って見せて。
「この命、欲しけりゃ正気に戻って出直してこい」
普段ならまだしも。
今のコイツらに、くれてやる命なんて持ち合わせているはずもないだろう。
☆☆☆
そんな僕に、頭上から拍手が鳴り響いた。
「キヒッ、キャハハハハッ! カッコイイ、カッコイイわね執行者さん! 見事なまでにカッコよく、そして無様な程に愚かしい! こんなバケモノの巣窟に何の準備もなく」
その聞き覚えのある笑い声に上を見上げれば、そこには髪が見るも無残に真っ白に枯れ果てた彼女――アスモデウスがバルコニーに立っており、そのすぐ隣には自らの首筋へと短剣を押し当てているリリーの姿があった。
リリーは今にも泣きそうな表情をしており、それを見た僕は小さく舌打ちをした。
「あえて自我を残して操作したか……?」
「キャハハッ! せっいかーい! この子は全く強くなかったのよねぇ……、戦力として使えるかとも思ったけれど、こうして自我を残して、あなたを揺さぶった方がよっぽど楽しそうだと思ってぇ!」
相も変わらずクソみたいな女だ。
ここまで性格の悪い女――というか、殺すことに躊躇いを覚えない女というのも混沌とこの女くらいのものだろう。つまりは希少種というわけだ。
そんな希少種は、僕へと見下したような視線を向けてきた。
「にっしても、アンタに殺されて三年……、長かったのよぉ? 跡形もなく消滅した――ように見えたらしいけれど、その実頭を打ち抜かれた時に出た血液が残ってたらしくてねぇ? そっから私のクローン体を作って、初めて蘇生できたっていうわけよ〜。ど〜お? かつて勝利した相手にこうして見下される気分はァ?」
「控えめに言って最悪だな」
「あーら素直ぉ……」
僕の言葉にニタニタと笑みを深めた彼女は、口元に歪んだ笑みを浮かべながらもそれを片手で隠し、もう片方の手を僕らの方へと向けてきた。
「お陰様でこうして強化されてぇ、アンタの大切なお仲間さんたちを操れるようにもなってぇ……、こうしてテメェをぶっ殺せるゥゥ!」
そうしてギラギラとした瞳を向けてくる彼女。
情緒不安定にもほどがあるが、その原因は格下の癖して相性の差で大悪魔たるこの女を下した、かつての僕だろう。正確にはその時はソフィアに助けてもらってはいたが、便利な脳をお持ちのアスモさんはそのことについてすっかり忘れているようだ。
ので、おかしくしてしまった責任くらいは取ってやろう。
僕はフッと笑みを浮かべると。
「馬ぁぁぁぁッ鹿、お前みたいな雑魚に僕が倒せるかよ。大人しくメフィストなりサタンなり混沌なり、格上にでも救けを請えよ、『助けてくださいぃぃっ』って、情けなく、な?」
その言葉に、アスモデウスは体を硬直させた。
何を言っているのか、咄嗟に理解ができなかったのだろう。けれどもすぐに理解の追いついたらしい彼女は顔を真っ赤にして憤慨すると、ガバッとその腕を振り下ろした。
「こ、殺せェ! その男をッ! その男を殺せ!」
瞬間、彼女の命令に眉を顰めた彼女らではあったが、その身体は少しの抵抗の後、すぐに僕へと駆けだしてきた。
白夜。
輝夜。
暁穂。
ネイル。
藍月。
浦町。
エロース。
ソフィア。
全く厄介な連中が揃ったもので、こんな怪物共とまともにやり合っては勝ち目など皆無にも等しいだろう。
――ここにいるのが、普通の『知性』だったなら。
瞬間、僕の左眼の月光眼がギンっと光を放ち、それらの動きが一瞬にしてスローモーションへと変化する。
僕はスッと構えをとると――彼女らへと向けて走り出した。
――『観取り』。
本来ならば一人一人の動きを十数分にわたって見続け、そして完全に頭にインプットしなければならないのだが――けれども。
「そいつらのはもう全て、知り尽くしてる」
エロースが放った矢をすべて最低限の動きで躱し、その合間を狙って迫り来る浦町の魔弾をシルズオーバーを召喚して切り捨てる。
すると次の瞬間、僕から見て左右の方向に元の姿へと戻った暁穂と藍月が召喚され、それを見た僕はパンッと両手を合わせた。
「『影の軍勢』!」
そうして召喚される僕の眷属たち。
無数の鬼たちを藍月へと向かわせ、藍月よりも強い暁穂へと蠍、竜、骨の三体を向かわせる。
恐らくは数分と持たないと思われるが……それでも、それだけあれば手が打てる。
「ぎ、ギンさんっ!」
鬼たちの行軍で砂煙が舞う中。
その声にそちらへと視線を向ければ、そこにはこちらへと駆けてくるネイルの姿があり、一昔前の彼女の印象から思わず気が抜けそうになった僕だったが――直後、不自然に揺らめき出したその緑色の髪を見て眼を見開いた。
「『蛇王拳』っ!」
その緑色の蛇がその拳へと絡みつき、高威力の一撃が僕めがけて放たれた。
その威力を察して、流石はあのエルザの娘だなと再確認した僕ではあったが――
「悪いな、ネイル」
トン――ッ!
彼女の背後まで絶歩で回り込んだ僕は、その首筋へと魔力を纏わせた手刀を落とした。
そんな、素でそんなことを出来るような技術はないが、脊髄に衝撃とともに魔力を送り込むことで、対象を気絶状態へと落とす手法がある。それには絶対的な魔力制御が必要なわけだが、僕にとってはそんなものは朝飯前だ。
彼女はその身体から力を抜いて倒れてゆき、それを見た僕はその体が地面へとつく前になんとか抱きとめた。
――が、それを見計らっていたものが約二名。
「主様よ! 覚悟するのじゃああああああ!!」
「クハハハハハッ! いざ参るッ!」
砂煙の中からこちらへと突撃してくる白夜、そして輝夜。
あらかじめその行動は分かっていたし、躱すことも出来るが――それでも、躱してしまえば気絶したネイルが巻き込まれる。
そう、考えた僕は――僕の前に躍り出たその人影を見て、ニヤリと笑った。
「『守りの障壁』」
瞬間、僕を中心として白色の障壁が展開され、白夜と輝夜の攻撃を見事に防ぎきった。
そうしてそれを見た僕は、たった一言。
「遅かったな、アイギス」
「これでも結構早く来たつもりでしたが……」
僕の言葉に聖盾を構える彼女、アイギスはそう僕へと振り返った。その紅蓮色の髪が風に揺れ、その聖槍ロンギヌスが光を浴びて輝いている。
その姿は――正しく守護騎士。
「ぬぉっ?」
「……ほう?」
アイギスの到着はは二人にとって予想外だったのか、僕の前に立つ彼女へと驚いたように視線を向けた。
そしてその直後――ガバッと上空を仰ぎみて、眼を見開いた。
「ふんのぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そんな掛け声が聞こえてきて、砂煙の向こう側に人影が映り――次の瞬間、その煙を吹き飛ばして、オリビアとマックスが現れた。
白夜は頭上の拳を振りかぶるオリビアを見てガードを固め、輝夜はその銀色の柄に黒い十字鍔を持つ、見たこともない魔剣を振りかぶるマックスへとその大鎌を振りかぶった。
そして――
ドゴォォォォォォンッ!
ガキィィィィィィンッ!
周囲へとそんな大音量が二つ響き渡り――その直後、それらのあまりの威力に眉を顰めた白夜と輝夜は、勢いよく背後へと吹き飛ばされて行った。
「おうおう、大丈夫かギン?」
「助けに来たのですっ!」
そう言って駆け寄ってくる二人だったが――あれっ、気のせいかな? いま白夜と輝夜やられちゃってなかった?
二人とも全く本気を出していなかったとはいえ……。
そう考えている二人の姿を目で追ってみると、そこには城壁のすぐ側まで吹き飛ばされている二人の姿があり、それを見た僕は――考えを、改めることにした。
「何人か、相手取ってもらおうかと思ってたんだけど……。これなら、この厄介な奴ら、任せちゃってもいいくらいだな」
その中でも最も厄介な――時空神と、地獄神を。
予想外すぎるその救援。けれども、多分ここに来ている救援は――この三人だけじゃない。
「さて、タバコ臭くなってきた」
そう言って僕はニヤリと笑って視線を上げる。
そこには三人がここにいることに驚愕の表情を浮かべているアスモデウスの姿があったが――けれども、直後に聞こえだしたその足音に、ガバッと背後を振り返った。
「おいおい……、ちょっくら観戦してたが、お前少し弱くなったんじゃねぇかァ? 今なら楽々ぶん殴れそうだが?」
それと同時に三つの足音が聞こえてきて、そのすぐそばにいた浦町、エロース、ソフィアはそちらへと視線を向けて――眼を見開いた。
そしてその直後。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォッッンッ!!
かつて聞いたことのない程に馬鹿でかい破壊音が鳴り響き、バルコニーからアスモデウスの体が吹き飛び、城壁すらも突き破って街の中へと消えてゆく。
けれども僕の視線がそのバルコニーから離れることはなく、ゆらりと、その砂煙の奥から人影が一つ、現れた。
その人物を見たリリーは驚いたように目を見開いたが――残念なことに僕はこの男が来ることを事前に予期していた。
予期していたというよりは――察せざるを得なかった。
なにせ少し前から、僕めがけて馬鹿みたいに大きな殺気が送られてきていたのだ。しかもその殺気が徐々に近づいてくると来た。
そして今は――あのバルコニーから送られてくる。
煙が晴れる。
そこには純白色の三日月が刺繍された、紫色のマントを羽織る一人の青年の姿があり、お互いの姿を再確認した僕らは――獰猛に、爛々と瞳を輝かせて――凄惨な笑みを浮かべた。
「「よう、久しぶりだな」」
――この、化物。
そこに居たのは、僕と対局をなす――野性の化物だった。




