影―068 メール
その服装に、僕は見覚えがありすぎた。
肩に銀色の刺繍の施された、黒の民族衣装。
見慣れないことといえばその紫色のマントくらいなものだ。
その姿に僕は目を見開き、僕らの戦いを見学していたアスタは驚いたように声を上げた。
「あぁっ! 同じ衣装じゃないですか!」
そう、紛うことなくそれは、僕が纏っているものと同じ服装であったのだ。
僕はその上からローブを羽織ってはいるが、それでもこの能力についてほとんど知らないであろうアスタでさえひと目で分かるほどに、その違いは皆無だった。
「クハハッ、そうなりますね。神王様の『力』は使うことはできませんが、素の状態では私の方が上回り、貴方が神の力を使えばそちらの方が上回る。けれども私がそれと同じ神の力を使用した場合は――どうなりますかね?」
気がつけばその言葉は背後から聞こえてきており、ガバッと振り返った僕は、その銀色の輝きを視界に映した。
――シュンッ!
僕の首めがけて振られたその剣は風を斬り裂いて襲来し、僕が咄嗟に身を引くとともに鮮血が周囲へと巻き散らかされた。
「……ほう、何とか躱したみたいですね」
メフィストはそう言って剣に付着したその血液を振り払った。
対して僕は首に手を当てており、その奥からはジワジワと血が吹き出してくる。
「……『エクストラヒール』」
あまり使ってはいないが、僕も回復魔法――正確には光魔法を多少嗜んでいる。これくらいの傷は簡単に癒せるのだが……こうも現段階で実力差が離れるとなると、なかなか戦況は難しくなってくる。
打開策としては、まずは聖獣化を使用する。奴の極めに極めた戦闘技術を鑑みるに、それでやっと『ほぼ』互角だろう。
そうして膠着状態――いや、僕の方が多少ステータス差で落ち込められると考えたとして。
「……まだ、切り札残されてるんだよな」
そう言って僕は口内に溜まった血を吐き出した。
僕もまだ『血濡れの罪業』という奥の手を残しているとはいえ、奴の根源化は完全なる未知数。鬼が出るか蛇が出るか。僕からしたらそれらを飛び越してドラゴンしか出てこないように感じられる。
「ドラゴンとは、私も過剰評価されたものですね。どうです? 一度近接戦闘をしてみるとわかると思いますよ、貴方が考えていることがどれだけ間違っているか」
「――なんて、僕を乗せて近接戦闘に持ち込むつもりなんだろ。誰が相手の心どころか『未来』を読める怪物に近接戦闘で挑まなきゃならないんだか……」
相手は未来を読める怪物だ。
どんな行動をしようと、どんな奇抜なことをしようと、彼からすればもう既にそれらは見知った未来だ。そんな奴に近接戦闘で挑むなど愚の骨頂。やるならば超高密度の――それこそ未来を読んだところで躱しようのない魔法を打ち込んでやるに限る。
僕はそう考えてパンッと合掌すると、「ちなみに」とメフィストへと声をかけた。
「お前の知る未来では、この戦いは一体どうなるんだ?」
「まだ見ていませんが、予想するにお互い切り札を切る前に無駄な争いだと気が付き、結果として私は道を通し、貴方はその末路へと一歩踏み出す、と言った感じでしょうか?」
ならさっさと退けてくれよ。
そう言いたい僕ではあったが――
「申し訳ないですが、私の役目は貴方を疲労させること。でなければ今の貴方が苦戦などするはずもない」
その予想通り極まりない言葉に苦笑した僕は、無理矢理に押し通る道を選択した。
「『時刻変化・夜』ッ!」
ゴーンッ、ゴーンッ……
遠くから鐘の音が轟き、一瞬にして周囲が闇に包まれる。
闇の世界。
それは僕にとって最高のステージであり、またメフィストにとっても最高のステージ。お互いがそれぞれ本気の本気、真の実力を出し会えるこの時刻。
けれどもこのステージは、あくまでも前菜、オードブルに過ぎない。メインは――これだ。
「『現実神蝕』」
瞬間、僕の背後から空間の入口が広がり始める。
それを見たメフィストはいよいよ僕も本気を出し始めたのだと気が付いたようだが――まだ、僕は本気など出してやいない。
「今回は、僕が魔力を貸してやる。だから、せいぜい存分に暴れ回ってくれ」
そう言って僕はニヤリと笑うと、直後に僕の身体から二つ、そして僕のローブから一つの魔力の塊が飛び出した。
銀色、血色、黒色、それぞれ三色の魔力はそれぞれの形をなし――そして、次の瞬間。
『グオオオオオオオオオオオオッ!』
王者の雄叫びが轟いた。
僕の背後には、黒色の蛇の尾を持った玄武が。
僕の隣には、白銀色の炎を纏った白虎が。
そして上空には、空を統べる黒龍が。
「こ、これは……」
その三体の召喚に目に見えて狼狽するメフィスト。
かつて、サタンと相対した時、彼女らは僕の魔力を借りず、不完全な状態で召喚されていた。故にあんなに簡単にやられてしまったし、彼女は人型のままだった。
けれども今は違う。膨大な魔力にものを言わせて、生きていた頃よりも遥かに強い状態で召喚させた。
聖獣二人は間違いなくDeus級に、そして魔物の頂点に位置する円環龍ウロボロスは――
「さて問おう、メフィストよ。この三人に加えてそこのペンギンを今からお前にけしかける。その隙に僕は転移門でこの場を去るわけだが……。邪魔できるものなら、してくれても結構だぞ?」
僕の言葉を聞いたメフィストは、心の底から悔しそうに顔を歪めていた。
☆☆☆
一方その頃。
オリビア、アイギス、マックス――そして、ミリアンヌは、王城の地下牢へと繋がれていた。
「クソッ……!」
ガァンッ!
マックスが檻へと拳を叩きつけるが、けれども帰ってくるのは拳に走る痛みのみ。
それを見てその門の見張りはため息を吐く。
「何度も言ってるだろうがよぉ……、その檻は旦那が作り上げた最高品質のもの。通常時ならばいざ知らず、魔力も武器も取り上げられたアンタたちにゃ壊せねぇよ」
マックスはジロリとその男へと視線を向ける。
――戒神衆が長、ガイズ。
おちゃらけたようなオーラを発しているその男ではあるが、その実力は白夜と輝夜を同時に相手をして互角に渡り合えるほど。ギンやメフィストとも渡りあえる怪物である。
と言っても、今回の彼はこの作戦には関わっておらず、王都を支配するために戒神衆を動かし、そうして危険因子のこの三名を捉えるためだけに駆り出されただけに過ぎない。
(……にしても)
作戦は知らないにしろ、この三人を今の状態で捕まえるのはかなり骨が折れた、と。ガイズはため息を吐いた。
一人はサタンと互角の体術使い。素の――つまりは白夜や輝夜と戦った際に負った怪我がなかった状態でも相対したくない化物。
一人は守りに長けた聖盾使い。聖盾だけでもかなり厄介なのにも関わらず、その上聖槍ロンギヌスまで持っており、悪魔であるガイズからしたら厄介極まりない相手だった。
そして最後に魔剣使い。
――いや、神剣使いと言うべきだろうか。
(まともにやり合ってたら……負けてたかもなぁ)
それほどまでに、彼が最後に召喚したあの神剣は厄介極まりなかった。操られた彼女らの力を借りねば止めることも出来なかったろう。
だが――
(いずれにしろ捕まえた。……なら、今回の仕事もこれで終わり、って訳だな)
そう言って彼はグググっと背伸びをすると、チラリとその檻の中に存在する、唯一の弱者へと視線を向けた。
先程から一言も話さず、まるで聖女然とした様子で正座している彼女。
「……一体、何考えてんだ、アンタ?」
その言葉に、彼女はスッと瞼を開いた。
「その様子……帰るみたいね」
「……あぁ、俺の役目は終わったんでな。必要以上に働くつもりなんざありゃしないさ」
そのやる気のなさの証明として、彼は武器以外は一切彼らからは奪っていない。
彼はブラブラと手を振ると、そのまま彼女らへと背中を向けて歩き出した。
「んじゃ、俺は帰らせてもらうとするわ。せいぜいお仲間に連絡でもとって、助けに来てもらうこったなぁ〜」
その背中が通路の奥の闇の中へと消えてゆき、それを見た彼女――ミリアンヌはスッと立ち上がった。
「……ミリー? 一体どうするつもりですか?」
アイギスがそう問いかける。
自然と三人の視線はミリアンヌへと向かっており、それを受けたミリアンヌは疲れたようにため息を吐いた。
「あんまり、頼りたい男ではないのだけれど」
そう言って彼女はその檻の目の前まで歩いてゆくと、懐から取り出したそのスマホを檻の外へと出した。
この檻は純血神祖の吸血鬼さえ封じ込め、更には魔力や能力まで封じるという特性を持つ。故に念話などの通信方法は使えないが――
「檻の外でなら――アンテナは立つみたいね」
そう言って、彼女はそのとてつもなく簡潔なメールを見てニヤリと笑った。
『助けなさい』
一体どこから、どうやって助ければいいのか、そんな事は一切書かれていないその文章。
けれども、彼女はどこか確信していた。
彼女はポチッとその送信ボタンを押して――
『you got the mail』
直後に返信されたそのメールには。
たった一言、『任せとけ』と書かれていた。
ミリーのメールの送り先とは?
次回……かは分かりませんが、近いうちに登場します。




