影―065 地獄の大公爵
少し遅れました。
街を歩く。
やはり獄都、無法の国(獄都という名前からは街かもしれない)と言うべきか、腹に一物抱えていそうな多種多様な種族が街を闊歩しており、その誰もが『触れれば切る』と言いたそうな雰囲気を醸し出している。
そう考えると、腰に巨大な黒本縛り付けた少年などかなーり悪目立ちしそうなものだが、未だに僕へとイチャモンつけて来るような輩はいないようだ。
「さて、どうするか……」
そう呟いて細くなっている横道へと入ると、そこに広がっていたのはむせ返るような腐臭とゴミの塊。
遠くへと視線を向ければ――うわ、マジかよここ。そう思えてしまうような光景が広がっていた。正確に言えば人の『腕』がゴミ袋の中から飛び出していたのだ。
(知ってはいたけど……、知ってるのと実際に見るのではやっぱり違うね……)
「そりゃそうだ」
僕はその『腕』から視線を外して振り返ると、そこにはピンク色の蛍光色に溢れた町並みが。
今回、このミッションを受けることにしたのは僕と恭香の二人だけだった。
というのも、まず僕に関しては言うまでもなく、変装、演技、隠蔽、誤魔化し、騙しのプロフェッショナルだ。この任務から外れるわけがない。
そして次に恭香。彼女は本になってしまえばそれこそ存在にすら気づかれないし、もちろん気配すらもない。さらに言えば彼女は理の教本、この現況を突き止めるには完全なるハマリ役だ。
「まぁ、他の奴は論外だしな……」
そう言って僕はアイツらの顔を思い浮かべた。
小煩い白夜に、酒屋に直行しそうな輝夜、その他にも変装してもなお下着姿でいそうな暁穂や、間違いなくなにかやらかすエロースやソフィア、そして元聖女として顔が知られているミリアンヌ。
浦町なんかはいい線行っているのだが、あいつは昔から『姿を隠して裏で動く』というのを苦手にしている。その上、恭香がいないあのパーティ、僕の思考回路を読める『頭脳』が居なければ回らないだろう。
(騎士組三人は、あの中でまともに薬を無効化できる人材ですしね……)
恭香の言葉に、僕は改めて『眷属化』の利点を思い知った。
眷属化――つまりは吸血鬼と化すこと。
今やあの三人も僕と同格の吸血鬼だ。(笑)まではいってなくとも、純血神祖くらいは行っていなければあの強さはありえない。
そして今現在相対しているのは――おそらく、大悪魔アスモデウス。いくら奴が強化されていたとしても純血神祖には幻術の類など効きやしない。
そう考えると、アスモデウスが一番危険視しなければならない存在こそ、僕と恭香、そして僕の眷属たちの計五名となる訳だが――
「まさか、ここまで面倒臭そうな事態に陥るとは……」
言い換えれば、他のメンバーは少しでも気を抜けば簡単に――とは行かなくとも、操られてしまうということである、
唯一ソフィアの『異能無効』の能力ならば対処のしようがあるが、食べ物にグロルハートでも混ぜられた日なんかは最悪だ。
何が最悪って? 言うまでもないだろう。
「もしかしたら、仲間と戦うなんて事態に陥っちゃうかも知れませんからねー。今回は気ぃ抜けないんじゃないですか〜? もしかして薬を無効化できる仲間とか欲しいんじゃないですか〜?」
「いや、確かにそれは欲しいけど――って、あれ?」
ふと、僕でも恭香でもないその言葉に、僕は焦ったように背後へと視線を向けた。
するとそこには――
ずんぐりっ!
そんな擬音語が聞こえてきた。
その丸っこい黒いボディに、対して純白色の腹部。
まるで凶器のようにシュピンッ! と伸びたその黒い嘴に、その大きなビー玉のような黒い瞳がこちらを見つめている。
僕は今現在、目立たないためにも月光眼は発動していないとはいえ、今の今まで背後に来ていることにすら気がつけなかったその事実に――心の底から、ため息を吐いた。
そんな僕に対して、その見覚えのあるぬいぐるみはこう言った。
「ひゃっほー、執行者さん! 断罪者さん! みんなのアイドルにして結構な支持率を誇るアスタさんでーすっ! 今なら……そうですね、これくらいで手を打ってあげますよ?」
そう言って彼女はその手を見せてきたが、とりあえずペンギンの手なので何一つわからなかった。
☆☆☆
――アスタ。
ペンギンの怪物である。
そう言ってしまえばペンギン=怪物といった方程式が出来てしまいそうだが、怪物なのはそのペンギン(きぐるみ)の中に入っている彼女自身である。
今現在、最近はこの街で商売をしているらしいアスタから『比較的』安全な店を聞き出し、そこで少し料理を頼んで話し合おうとしていたのだが――
「なぁ、そのきぐるみ邪魔くさくないか?」
「へっ? あ、いえ、……べつに」
アスタは僕の言葉に、目に見えて消沈し出した。
「いや、別になんとも思ってないですよ? 初期は特になんの理由もなく『キャラ付けできたらいいな』と思って始めたこの格好、よく考えたら夏場めちゃくちゃ暑いですし、港国で会ったときとか中身バテバテでしたし。軽く脱水症で倒れるかと思いました――とか、そんなことは別にないです」
妙にリアルだなアスタよ。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきたのだが、ウェイトレスのお姉さんがペンギンの方を見て『うわ、何この人……』と顔を歪めたのは気のせいだということにしておこう。
僕らの目の前の机の上にあるのは、僕側にオレンジジュースが、向こう側にフライドポテトとチキン(共喰い)が置かれていた。
ちなみにだが、相も変わらず借金生活を送っているらしく、彼女に奢ると言った時は『結婚してください!』と街のど真ん中で愛を叫ばれたものだ。
僕はオレンジジュースを手に取って傾けると、それをチロっと見たアスタはきぐるみ越しに『じゅるり』とヨダレの音を響かせると、意気揚々とそのフライドポテトへと手を伸ばした。
――だが。
「…………っ、……っ!」
ぺちぺちと机を叩くだけで、一向にフライドポテトを摘めない様子のアスタ。
それには僕も思わずジト目を送ってしまい、それを見た彼女はピクリと体を震わせると――
「……は、はっはっは! これはジョーク! 私からの小粋なジョークですよ! ……というわけで、このフライドポテト、食べちゃっていいですよ」
「鼻声でそんな事言うなよ……」
思いっきり泣きそうである。そのきぐるみの下を見なくともわかる。きっとまともな食料にありつけたはいいが自分の無駄なプライドに邪魔されて食べられない――みたいな、そんな気分を味わっていることだろう。
彼女はカパっと口を開けてその中へと手を突っ込み、ゴシゴシとその顔らへんの何かを拭うと、遠慮気味にこんなことを言ってきた。
「……あの、すいません。三秒でいいんで後ろ見てもらっていいですか?」
僕は確信した。
この女、きぐるみの中から腕と顔だけ出してフライドポテトを食べる気である――と。
「……言っとくけど、お前の正体僕分かってるからね? 中身が知ってるやつだってのも分かってるからね? 声聞いた途端に一瞬だったから」
そう、僕はこいつの正体が何で、こいつの中に入っている顔見知り(その顔見知った時も違う名前……というかあだ名を名乗っていたが)についても知っている。
……そう、言うなればアレだ。
「お前の存在ってさ、言うなればアニメ化した作品のエンディングが流れ始めたはいいけど、よく見たらキャストで○○○/○○○って登場人物の名前二つ重なってて、その後に声優さんの名前出てくるみたいなもんだからね。例えるならこの○ばの○リスと○リスみたいなもんだからね」
「な、なんて酷いことをっ!」
いや、そんなこと言われても声聞いたらわかるから。どっからどう見ても同一人物だって声聞いたらわかるから。
と、そんなことを思いながらも値段の割に少なくて美味しくないオレンジジュースを飲み干すと、そのまま少し多めの金額を机に置いて立ち上がった。
「ま、そういう事だ。こちとら正体見え見えのペンギン女と遊んでる暇なんてないんだ。金は置いてってやるから付き纏うなよ変態」
正確には『変体』だろうが。
そう言って僕は立ち上がり――
「もしかして執行者さん、断つべきは薬だけ、だなんて思ってたりしませんか?」
その言葉に、ピクリと歩を止めた。
振り返ればそこには頬の部分を膨らませたペンギンが肩で息をしており、見れば机の上の食べ物が跡形もなく――それこそ骨も残らずに消えている。こいつ早食い王選手権とか出たら白夜、レオンと並ぶかもな。
そう思いながらも視線で先を促すと、彼女は嘴の奥から『ぺっ』のそのチキンの骨を皿の上へと吐き出して。
「私はご存知の通り、中立派と謳ってはいても存在自体はあちら側ですからね。詳しいことは聞かされていなくともある程度のことは聞き及んでいます。……それこそ、断罪者さんがメフィストさんの隠蔽を受けて知れない情報についても」
そう言って彼女は肩を震わせる。
その姿に、その体から放たれるオーラに、僕は改めて実感した。
この女はペンギンのきぐるみに身を包んでこそいれど、その本質はそれでも変わらない。
彼女はこちらへと視線を向けると。
「もう一度聞きます、この私――序列九位、地獄の大公爵こと大悪魔アスタロトが直々に手をお貸ししましょうか? 私と貴方の中です、報酬はこれくらいで……」
――私は混沌を、裏切りましょう。
そう言って彼女が差し出してきた手からは、やはりどんな意味も読み取ることは出来なかった。




