影―066 執行開始
そろそろ記録も入れようかなー、なんて思ってます。この章は案外短そうなので。
僕はその手に握った短剣へと視線を下ろして、不快そうに眉根を寄せた。
「……これは?」
「言うなれば、アスモデウスの奥の手、ですね」
僕の言葉にアスタはそう言った。
その短剣――黒い柄に禍々しい魔力を纏った(といっても、この魔眼が無ければ見えないかもしれないが)これは、先ほど獄都の武器屋で手に入れたものである。
僕は左手に月蝕を召喚すると、その右手に握る剣の刀身へと振り落とした。
ガキィンッ!
僕らのいる裏路地に小さく火花が散り、よく見てみればその短剣の刀身はその半ばでへし折れていた。
そう――へし折れていた、のだ。
『月蝕を使って……斬れてない?』
「……あぁ、いまのはどちらかと言うと、叩き斬ったって感じだったな」
僕が普段使う剣術は、叩き斬るのではなく流し斬る……とでも言うのかな、力任せに叩きつけるのではなく、角度や力加減を調節して――言うなれば、刀でいう斬り方だ。
力ではなく――技。
そんな技(短剣に限る)を極めたと言って過言ではない僕が、この短剣を『斬れなかった』のだ。しかも使用した武器は月蝕――『絶対破壊』の短剣である。その異常性が分かるというものだろう。
そしてそんな僕の内心を察したのか、いつになく真面目なアスタが口を開いた。
「私も詳しいことは知りませんがね。けれども大体の想像は作ってもんですよ。今回アスモデウスと……多分メフィストさんもいるんですよね。あの二人が考えている作戦は二重、あるいはそれ以上のものですよ。たった一つの作戦でよりにもよって貴方……執行者さんを騙しきれるだなんて、そんなの混沌でも有り得ませんよ」
確かにそう言われればそうかもな。現時点で僕に騙し合いで勝てる存在なんてエルザ以外には思いつかない。
だとすれば。
「これが、二つ目の作戦、って訳か?」
「でしょうねぇ……」
僕はその短剣の柄をそこらへと放ると、改めて表通りの武器屋へと視線を向けた。
そこには多種多様な武器が置かれていたが、それでもまさか、その武器すべてからあのオーラが感じられるだなんて思いもしていなかった。
「さぁ、らっしゃいらっしゃい! 今日は件の武器が大量に手に入ってるよぉ! 長剣、短剣、斧、杖に盾まで! 安いくせに頑丈な武器が勢ぞろいさぁ!」
その声とともにその武器屋へと多くの人が押しかけており、それを見た僕はため息を吐いた。
「表の作戦は『グロルハート』――つまりは大悪魔アスモデウスの『色欲の罪』の能力が付与された劇薬ならぬ、正しく毒薬。一度飲めば更生するのも難しいレベルの麻薬を流通させ、この国を内側から破壊させること」
「そうして裏の作戦はきっとこうですね。最初は国を滅ぼす目的だったが、急遽その異変を察知した執行者ギン=クラッシュベルを誘い込み、抹殺する計画へと変更させた。なにせ貴方はあまりにも、力をつけ過ぎたから。けれども貴方を薬の一つで倒せるはずがない。ので、薬の陰に隠れてもう一つ――その力を付与させた『武器』を流通させることにした。……絶対破壊の能力だなんて、神々や大悪魔の技術でもなければ一瞬たりとも防げませんよ」
おそらく、彼女の言葉に推測のミスは無いだろう。
実質、その剣についても見事に隠蔽されている。恭香に調べさせたところ特に問題は無いとの事だったが、僕が突き詰めて質問を重ねたところ、一つだけ、答えることの出来ない場所が存在したのだ。
その部分、その一箇所をメフィストはとてつもなく、それこそこの上なくうまく隠蔽し、理の教本でもよく考えねば見つからないレベルの小さな違和感へと変化させた。
流石は神王ウラノスが眷属……厄介なことこの上ない。
「そんで、アスモデウスはあの街で見た発作――ここは狂化と呼ぶべきか。あの状態を自ら望んで引き起こせると見た方がいいかもな。でなきゃあの武器を持ったやつが全員あの状態になってしまう……。そうしたらさすがに僕もすぐ気づくだろうし」
そう考えるとあの街で起きた殺人事件。
あの女性は僕が近くにいると知ったアスモデウスが、意識的に引き起こしたものだとも考えられる。……あの人、僕の声に反応をしていたしな。
――と、そう考えて僕は。
「……あれ?」
ふと、ある光景が頭をよぎった。
それは、メイドに扮したアイギスが僕へと攻撃を繰り出して、その後に両の壁を突き破って暗殺者たちが出てきた時の光景。
もちろんオリビアは何も手にしてはいなかったが……けれども。
「あ、あの時の、短剣……」
僕は思い出した、あの時。暗殺者は――
《電話なのじゃっ、電話なのじゃっ、電話――》
瞬間、僕が懐に持っていたスマホから白夜の声が聞こえてきた。そしてアスタが恐ろしいものを見たとばかりにうち震える。
「うわぁ……、幼女の声……多分白夜さんのですよね? なんでそんな声を着メロにしてるんですか? きっも……」
「いや、僕のせいじゃないし……」
そう、何もこの着メロを登録したのは僕じゃない、聞いたらわかるだろうが白夜である。
最初はジ○ーズの登場シーンのあのおどろおどろしいメロディにしていたのだが、白夜に『それ嫌なのじゃ!』と拗ねられ、貸してみたところ返ってきたときにはこれに変えられていた。
しかも変更不可……、なるべく外のヤツにはバレないようにしたかったのだが……この際それについてはどうでもいい。
僕はそのスマホを取り出すと、嫌な予感を覚えながらもその通話ボタンを押した――次の瞬間。
『せ、先輩ですかっ!? た、助けてください! 今王都が、赤い外套の悪魔達に襲われ――』
『あぁら? 誰とお話してるのかしらァ?』
リリーの声が聞こえてきた直後、その電話越しに聞き覚えのある、耳障りな女の声が聞こえてきた。
リリーの悲鳴と多少のモノ音が聞こえてきて――けれどもすぐに、その相手は電話に出た。
『おっ久し振りねェ、執行者さんっ? 私が殺されて以来かしらァん?』
僕はその言葉にギリッと歯をきしませると、その女の姿を想像してこう吐き捨てた。
「おいおい……序盤から飛ばしすぎだろうが、アスモデウス」
まだこの国に来てから大してアクションを起こしていない気がするが、どうやらもう、クライマックス目前のようである。
☆☆☆
裏路地に、電話越しの笑い声が響き渡った。
『きゃはっ、きゃはははははははっ! 馬ぁぁっ鹿ねぇ! 本当に馬鹿馬鹿しくて愚かしい執行者! ナーンでこんなに男に負けちゃったのか、未だにおかしくて堪らないわぁ……?』
「うるせぇクソババア、お前が弱すぎたからだろうが」
僕の言葉にピクリと向こう側で微かな物音がした。おそらくは僕の言葉に反応したのだろう。
そんな彼女は、けれどもククッと笑うと。
『ねぇ、折角だからゲームをしましょう? この国と、あなたの大切な仲間達を賭けたゲームを……ね?』
その言葉に僕は確信した。
――嫌な予感が的中したのだ、と。
僕はその言葉にため息を吐くと、疲れ果てたようにその予想を口にした。
「今リリーがこうして喋れてた、ってことは……、そうだな。僕の仲間達――おそらく騎士組と戦力外なミリーを除いて全員支配済、なんて感じか?」
『あーら、おバカさんの割には分かってるじゃない』
その言葉からは嘲笑は感じられど『嘘』は感じられず、僕は少しだけ顔を歪めた。
生憎アスモデウスは女だ、変なことはされないと思う(マックスを除き)が……、それでも、現状は見方によれば仲間達を寝盗られたようなものだ。
「……僕の女に手ぇ出しといて、ろくな死に方出来るとは思ってねぇよな?」
僕の身体から殺気が漏れ出し、アスタロト――もといアスタが「ヒュゥ」もイラッとくる口笛を吹いた。
けれども――
『あぁ、それに関しては問題ないわぁ。私の能力ってある程度強いヤツ……それこそ貴方の仲間達みたいに、今の私でも勝てっこなさそうな相手の意識までは奪えないのよぉ。だから、一応操ってはいるけど、意識自体は完全にそのまんまなのよねぇ』
――それで。
そう言って彼女は。
『彼女達いわくぅ、「調子乗ってた罰。せっかくのこの機会に物理的に執行してやるー」だってぇ。貴方ものっすごく嫌われてるのねぇ……』
ガシャッ!
気がつけば僕の手の中からはスマホがこぼれ落ちてしまっており、恭香は『自業自得』と小さく呟き、アスタは「うっわぁ……、これが女たらしの末路……」と小さく囁いた。
「……あ、ああ、アスモデウス、さん? そ、そのぉ……、さ、流石に冗談がすぎ――」
『おいこのババア悪魔! 主様はまだ来んのか! 妾も少しぐらいは寛容になってやっていたがもう我慢ならんのじゃ! この際じゃし一発ぶん殴るのじゃ!』
『クハハハハハハッ……。まさか、まさかこんな時期に、こんなタイミングで恭香と二人きりのデート、デートだぞ!? もう許せん! たまには我ともデートしろぉぉぉぉぉぉぉ!!』
瞬間、僕の中でなにかがひび割れた。
『えーっと、ゲーム内容は簡単よ。獄都にいる奴らを今から全員操るわ、獄都の出入口を止めているメフィストを倒して私のところまで来なさい? まぁメフィストを倒せても、自分の仲間達に暴力が振えるかしらァん?』
そう言ってブツンッと通話が切れ、それと同時に周囲へと気まずい雰囲気が流れ始める。
まぁ? 確かに僕が原因みたいだし?
最近構ってやれなかった僕も悪いんだけど?
いやね? 僕だってあの長い付き合いの二人が裏切るとか思ってもいないじゃないですかぁ。
たしかに操られてるんだからもうどんなこと考えようが仕方ないと思うけどぉ?
でもね? さーすがに今のは――
「ブチッっと、来ちゃうよなぁ?」
僕の顔に何を見たか、恭香とアスタが「ひいいいいぃっ!?」と悲鳴を上げ、それと同時に街中で怒号が聞こえ始める。
そんな中、僕はニヒィと頬を吊り上げると。
「さぁ、全員まとめて、執行開始だ」
仲間に対して僕が暴力を振えるかどうか?
そんなの『お楽しみに』としか言えないじゃないですかぁ。




