閑話 アポロンの友達
そろそろこの作品も締めのこと考えなくちゃいけなくなって来ましたね。
このお話からどんどん加速していきます。
その日、アポロンは朝から上機嫌だった。
「ふんふんふふーん♪ 今日は何着てこうかしらね!」
そう言って長らく使っていなかった姿見の前に自らの姿を映し、様々な種類の服を当ててみる。
それは一年前の彼女からしたら考えられない光景で、それは彼女の部下の神々からしても信じられないことだった。
最近の太陽神アポロンは、うなぎ上がりに評判が良くなっていた。
少し前までは上級神や中級神、果ては下級の神にまで馬鹿にされ、陰口を叩かれる始末だったが、そんな彼女はある日を境に一変した。
『今日から仕事をするわ! とりあえずゲーム類全て捨ててきてちょうだい!』
そう言い放った彼女の満面の笑みは、未だに忘れられないものがあると、そう彼女の部下は口にする。
真面目に仕事をこなし、他の神々でさえ遠慮するような仕事に真っ先に取り掛かる。
少し前までは『ゲームの神』なんて呼ばれていたが今は違う、彼女は神界を代表する立派な神へとなっていた。
そんな神様が、今日は休暇をとった。
というのも――
「ふんっ! ゼウスばっかり下界降りてずるいのよ! 様子を見たらギンと一緒にいるし……、こうなったら私も行かないわけには行かないものね!」
そう、彼女はゼウスが下界へと降りたこと、そして自分の普段の行いを武器に最高神たちへと直談判。その結果、一日だけ下界に降りても良いという許可を得たのだった。
そんな彼女はにへらっと笑うと、今でも鮮明に思い出せる、彼の言葉を思い出した。
『約束だからな。お前がロキのことを超えるまでは、僕がお前のことを守ってやるよ、アポロン。だから、ピンチの時はいつでも呼んでくれ。僕はお前の味方なんだからさ』
「ふへへ……って! そんなことしてる場合じゃないわ!」
そう、思い出に浸って笑ってる場合じゃないのだ。
なにせ休みは今日一日しかない。
今日一日下界に降りてやることと言えば、まず彼の元を訪れる。そして彼にとりあえず構ってもらう。その他には思い浮かばないが、それでも、唯一の友達と過ごせるのだと考えると、彼女の頬は自然と笑みを浮かべていた。
「時間も惜しいし……よしっ! もう普段着でいいわね! イザとなれば戦うことも出来るし!」
そう言って彼女は――
「そう、下界は危険がいっぱいなのよ!」
「そうだな。危険というのは、意外に多いものだ」
――瞬間、彼女の背後から声が聞こえた。
首筋に剣を添えられたような、明確な『死』の気配に彼女は目を見開き、気がついた時には背後へと全力で攻撃を仕掛けていた。
「『炎天下』ッッ!」
ボウゥゥッ!!
瞬間、青色の炎が燃え上がり、背後の人物ごと周囲一帯を燃え尽くした。
――手加減?
そんなものをしてる余裕はなかった。
それだけ先ほどの気配は危険なものだったし――
「やっぱり、まだ生きてる……わね」
彼女は、今の攻撃を受けてもなお感じられるその気配に、思わず全身の毛が逆立つのを感じた。
「それはもちろん生きているさ。……それにしても、私を目の前に青い炎――『始焔』とは、油断が過ぎるのではないか? 太陽神アポロンよ」
「な、何者!」
自らの能力を悟られていることに驚きを隠せないアポロン。
なにせ彼女の能力は下界はもちろんのこと、天界でも知っているものは数少ない。せいぜいが歴代の最高神たちと、彼女の唯一の親友くらいのものだ。
だからこそ驚き――その魔力を感じて、納得した。
「知っているさ、アポロン。貴様が小さい頃からな」
今になって聞いてみれば、その声には聞き覚えがあった。
その炎の奥から、どす黒い魔力が溢れ出した。
その魔力はその青い炎――『始焔』すらも飲み込み、そして、その奥からソイツが姿を現した。
短く切られたその黒い髪に、真紅色に輝くその両の瞳。黒い軍服に身を包んだその女性は、一見してみれば男性にも見えることだろう。
けれども、アポロンはその女性の名前も、性別も知っていた。
「な、なんでアンタがここにいるのよ! クロノス!」
「……その名はもう捨てた。今は混沌と、そう呼んでくれないか、アポロンよ」
そこに居たのは旧、時空神クロノス。
――現、混沌であった。
☆☆☆
次の瞬間、周囲の景色は一転していた。
「なっ!?」
アポロンは、その変化に目を剥いた。
先程までは、自分も混沌も神界にいた。けれども。
「ここ……神界じゃないわね?」
「ご明察。ここは悪魔達の住まう世界、とでも言っておこうか。未だ名前が無いのでね」
そう言って混沌は肩を竦めて見せた。
それにはアポロンも眉根を寄せる。
「どうしてここに……、転移術式? いや、魔法の気配はなかった――なら」
「そう、魔導具だ。私たち悪魔が所有する最高クラスの魔導具は二種類、それぞれ二つ存在していた。その一つがここの転移の魔導具だ。もう一つは……アスモデウスに持ち出されて今は一つしかないのだがな」
そう言って混沌は疲れたように苦笑いした。
一つはアスモデウスが勝手に持ち出したあの結界。そしてもう一つが、今アポロンに使った転移の魔導具。
「……よく分からないけれど、つまりは残り二つになったということね? ……そんなこと、敵に話してどうするつもりかしら、馬鹿なの? もしかしなくても馬鹿なのかしら?」
「……その言い方。何故かあの男を思い出すな」
それもそうである。なにせ今のはギンがたまに使う言葉を口にしただけなのだから。
けれどもすぐに気を取り直して『コホン』と咳をした混沌は。
「話してどうするか? 殺すに決まっているだろう」
瞬間、彼女の体から膨大な魔力が溢れ、それを見たアポロンは戦闘態勢をとった。
☆☆☆
太陽神アポロン。
彼女には、友達がいなかった。
唯一友達らしい存在が、子供の頃から一緒にいた狡知神ロキではあったが、それも幼馴染み、腐れ縁と言うだけで、彼女からしたら、友達だと自信を持って言えるほどではなかった。
――そんな彼女に、一人の友達ができた。
その友達は最初、どこか見覚えのある男性と共に花畑を歩いていた。
その時はロキに追いかけられていたということもあり、彼女はすぐに彼に助けを求めた。その時は誰でも良かったのだ、たまたま目に付いただけの存在だったから。
だからこそ、すぐに彼を囮に使って逃げようと、そう考えていたのだが――
(……あれっ?)
気がつけば、彼はロキを追い払ってしまっていた。
毎度毎度、自分はロキに追いかけられ、怒られるだけだったのにも関わらず、彼はさして苦労した様子も見せずにそのロキを追い払った。
その大きな背中に、彼女は――少しだけ憧れた。
自分も、ここまで堂々とした生きていけたら。
そう思うと少しだけ心が晴れやかになって、けれどもすぐに、そんなことは無理だろうと考えた。
(私には、才能なんてないのよ……。だから、努力するだけ無駄、考えてるだけ無駄)
そう、思っていた。
けれどもそんな考えを嘲笑うかのように、彼はこう言ってのけたのだ。
――見たところ、アポロンさん全然強くないでしょ。でもそれはあくまでも『現時点』であって、弱いってことはそれだけ伸び代があるっていうこと。アポロンさんがその伸び代を引き出せれば、きっとロキにくらい簡単に勝てちゃいますよ。
ロキに……勝てる?
そんなの嘘に決まってる。
とっさにそう思ったけれど……声が出てこなかった。
その代わりに――涙が出てきた。
生まれて初めて、人に甘やかされた気がした。
彼女も最近は、天界において自分だけが異質なのだと、そう気づき始めていたから。
だからこそ自分を真っ直ぐに、正当に見てくれた彼のことを、アポロンはもっと知りたいと思うようになった。
気がつけば彼女は彼へと『友達になりなさい』と告げてしまっており、後から後悔したものの、彼は迷うことなく頷いてくれた。
その後、アポロンは彼と沢山遊んだ。
あんなにも楽しい時間は、多分、生まれてきてから初めてだったと思う。
カードゲームをした。
鬼ごっこをした。
ジャンケンをした。
かくれんぼをした。
にらめっこをした。
そして、一緒に笑った。
――楽しかったな。
今になって心底思う。
けれどもそんな楽しい時間はすぐに終わった。
結局彼の用事を潰してまで一日中遊んでもらった彼女は、内心で迷惑がられているのではないかと、そう思っていた。
けれど――
『約束だからな。お前がロキのことを超えるまでは、僕がお前のことを守ってやるよ、アポロン。だから、ピンチの時はいつでも呼んでくれ。僕はお前の味方なんだからさ』
その言葉に、再び涙が溢れた。
初めて、友達ができた。
初めて、頼れる人ができた。
初めて、涙を見せられる人ができた。
初めて――誰かのことを、好きになった。
だからこそ、彼女は満面の笑みを浮かべてこう言ったのだ。
『もし約束破ったら、燃やすわよっ!』
そんなことを思い出して、彼女は涙した。
「助……けて」
彼女の口から、かすれた声が出た。
「助けて? 執行者にでも助けを求めたか? それに関しては安心してもらって構わない、あの男は今現在サタンとの戦闘で瀕死の重傷を負っている。月の眼を使えばここまでこれるかもしれないが、それどころではないだろうさ」
対して、淡々とそう告げる混沌。
ゴフッ……。
アポロンの口から鮮血が溢れ、それを見た混沌は、アポロンの胸へと突き刺していたその腕を抜き去った。
「まさか、サタンとまともに殺りあって生き残るとはな。それについては驚愕とともに賞賛を送りたいところではあるが――サタンすらも一時は圧倒したその強さ。生かして敵に回しておくわけにはいかなくなった」
ドシャッ、と。
アポロンの体が地面に倒れ、彼女は徐々に薄れゆく視界の中、自らの友達の背中を思い出していた。
「……たす、け……て」
「……まだ言うか、太陽神よ」
その言葉に混沌は呆れたようにため息を漏らすと、けれども少しだけ――辛そうに顔を歪めた。
「子供の頃からの、顔見知りだ。せめて楽に死なせてやる。……最後に、何か言いたいことはあるか?」
その言葉は、彼女なりの気遣いだったのだろう。
混沌が、闇へと堕ちた神が見せた一欠片の優しさ。
それに対してアポロンは、もうほとんど見えなくなったその瞳で、冷たくなったその体で。
「ぎ、ギン……、も、もう、一度……。あ、アンタ、に……、会いたかっ、た……」
彼女はその命尽きるその直前。
「それならば、すぐに会わせてやるさ」
そんな言葉を、聞いたような気がした。
ギンがこのことを知るのはもう少しあとのことです。




