影―060 知性と野性
もしかして皆さん、最近ギルの正体(推定)を感想欄の『一言』に書き込むの、ブームになってません?
僕は、恭香が殺された(と思ってたけど実際ピンピンしている)の後の記憶が、曖昧になっていることに気がついていた。
唯一覚えているのは、自らの腕を、必死になって止めたということ。その攻撃対象がゼウスだったということ。
そして――サタンに、逃げられたということ。
「あー、クソッ、また面倒な奴を逃がしちゃったなおい」
「仕方ない、サタンは、あそこで仕留められるほど、小さな器じゃなかったって、だけ」
机に頬杖を付きながら言った僕の言葉に、小さな円卓を挟んで真向かいに座るゼウスがそう声を漏らした。
僕が目を覚まして、数時間が経った。
何故か――って言っても、どうせ理由を教えてくれないということは僕が壊したんだろうけど、その街もゼウスがパチンと指を鳴らしただけで元に戻ったらしいし、僕を元に戻してくれたのも彼女だと聞いている。
「……ほんと、助かったよゼウス」
「ん。今回は、一歩間違えたら、死んでた。ギンくんが」
そりゃそうでしょうね。
僕は内心でそう呟きながら、その体へと視線を下ろした。
僕の体には――後遺症が残った。
僕はサタンから首の骨を抜き取られた後、無理に無茶を重ねて、さらにその上から無謀をかけてサタンへと挑んだらしい。
タダでさえ動くこともままならなかったのだ。その際に受けたダメージ……はほとんど無かったらしいが、高速戦闘を行ったこともあり、僕の体は――壊れてしまった。
と言っても、その後遺症はしばらく療養すれば治るもので、正確には数日で松葉杖なしで歩けるようになり、普通に前と同じようになるのには少なくとも数週間かかるとの話だった。
「ま、アイツらが死ななかっただけ良かったさ」
そう言って僕は笑って、左手に握る松葉杖をプランプランさせてみせた。
僕の言うアイツら――つまりは、クロエ、ウル、そして恭香の三人のことだ。
恭香は先程言っていたとおり、痛みはあるし、首の骨をおられれば気絶もするけれど、それでも理の教本として生まれた彼女は『死』という概念を持ち合わせていない。
その存在ごと消滅させられない限りは絶対に死ぬことがないと彼女は言っていたが……それなら、もっと早くから教えて欲しかったな、本当に。
次に、クロエとウルに関してはもっと単純明快。
僕はあの後、暇そうにしていたクロエに死ななかった理由を聞いたのだが、彼女いわく。
『私たちはもう既に死んでんだ。今はお前の魂に組み込まれた神器に憑依している――つまりはお前の魂に住んでるようなもんだが、その状態で行う『具現化』は魔力を自分と同じ形に作り替えて送り出すというもの。お前の魂そのものが破壊されねぇ限りは、いくら具現化を殺そうと死ぬわきゃねぇんだよ。痛みは共有するから今の今まで気絶してたがなぁー』
――だ、そうだ。
心配かけるにも程がある。今すぐにでも拳骨入れてやろうかとも思ったが、それよりも先にやるべき事がある。
「マスター、準備が出来ました」
「おお、ありがと、暁穂」
僕はわざわざ呼びに来てくれた暁穂へとそう返して、松葉杖をついて立ち上がった。
「それと、ゼウスも本当にありがとう。良かったらお前も混ざってくか?」
「……いや、遠慮しとく。それは、ギンくんたちが、楽しむべきもの、だから」
そう言って彼女は口元を緩めると、そのまま「じゃあね」と手を振って消えていった。
僕や恭香たちが目覚めるまで丸一日ほど、付きっきりで看病したり、街を直したりしていた彼女らしいが、やっぱりそう長く下界に降りているというのは不味いのだろう。
ま、今じゃ名実ともに神界最強なわけだしな。
僕はそんなことを考えながらも、カツッ、カツッとゆったりとした足取りで暁穂と一緒にその奥へと歩いていった。
「……体は、大丈夫なのですか?」
暁穂はその途中、心配そうにそう尋ねてきた。
彼女の方へと視線を向けると、彼女は純白色のコックの制服へと着替えており、その凛々しい男性のようにも見える姿とは裏腹に、彼女は不安そうな表情を浮かべていた。
「大丈夫……とは行かないけど、とりあえず死にやしないから安心してくれ」
「安心……出来ませんよ」
前ならば、きっと今の言葉に頷いてくれていた。
けれども今は違う。きっとそれは暁穂だけではなく、他の皆も同じことだろうと思う。
なにせ、彼女らも僕も、身をもって実感したのだ――仲間を助けるということの、難しさを。
今の今まで、命をとして仲間を助けると、命にかえても仲間を助けると、僕はそう言って止まなかった。
――けれども、出来なかったのだ。
いくらそんな言葉を吐いていようと、結果は無様の一言。久瀬に僕は『大言壮語』と言ってのけたが、彼よりもよっぽど僕の方がその言葉に相応しい愚か者だった。
考えるだけで胸が痛くなる。ジワジワと蝕まれるような感覚を覚え、気がつけば僕は立ち止まっていた。
「……マスター?」
暁穂がそう声を上げた。
僕はスッと視線を下げると、自らの右腕を左手でギュッと握りしめた。
どくっ、どくっ。血管を血が通り、自らの鼓動が手を通して感じ取れる。けれどもその鼓動は本来はありえないものであり、僕は深いため息を吐いた。
「……いや、これから苦労しそうだな、って」
僕はそう呟くと、その先へと再び歩き出した。
視線の先には、ドアの隙間から光の漏れる一室が存在しており、その中からは聞き覚えのある声が聞こえてきていた。
その扉の前に立つと、暁穂が気を利かせてその扉を開けてくれた。
次の瞬間、僕の瞳へと光が突き刺さり、その光の中から三人の声が聞こえてきた。
「あー、ギン! 遅いよ、全能神様と何話してたのさ?」
『どーせアレだろ? またお得意のたらしだろ? 全能神をたらし込んできたんだろ?』
「クロエさんっ、本当に何度言ったらその口調は治るんですか、いい加減にしないといつまで経ってもお嫁に行けませんよ」
『うるせー、男か女かもわからねぇオカマにだけは言われたくねーよー』
視線の先には、大きな円卓に座っている恭香とウル、そして机の上で暇そうにしている小型化したクロエの姿があり、残り一つだけ、誰も座っていない椅子が残っていた。
「悪い、少し待たせた」
僕はそう言って、その席へと腰を下ろす。
周囲へと視線を巡らす。
『私は、ラーメン百杯』
「私は、アイス一年分」
「私は、何も約束してないけど、炒飯で」
「僕は、とりあえず肉を」
僕らはそう言い合って笑みを漏らす。
彼女らが僕の前に立った時に言った言葉を、僕は忘れていなかった。
ここは絶対安静の療養中につき関係者――それこそ白夜たちでさえ立入禁止とされている王宮の一角。
そこの一室を丸々この約束のためだけに改造した。
約束――あれだけ一方的に突きつけられて約束と言っていいのかは分かりはしないが、それでも。
「お互い生き延びたら、ご飯でも食べよう」
その言葉と同時に、暁穂の作った料理が僕らの前に並んだ。
陰鬱な気分をその料理の匂いが一蹴し、先程までから一転して幸せな気分になった。
――生き延びた。僕らは、一人も欠けることなく。
それに涙が溢れそうになった僕ではあったが、無理矢理に口元に笑みを浮かべると、パンっと両の掌を合わせた。
他の皆も同じように合掌しており、それらを見た僕は。
「生き延びたことを祝って、いただきます」
「『「いただきます!」』」
そうして僕らは、地獄帰りの至福のひとときを過ごした。
☆☆☆
その日の晩。
結局あの後白夜たちが突撃してきて、僕らの密やかな晩餐会は完全に亡きものとなった。
もちろんこの体を引きずりながらも全員に拳骨をかましてやったが、全くと言っていいほどに力の入っていない、それこそ小さな子供と同じくらいに弱々しい拳に、彼女らは皆悲しげに目を伏せていた。
「ったく、なら乱入してくるな、っての」
僕はそう言って、その満月を見上げた。
場所は、王宮の中にある僕の寝室。と言っても貸し出されているだけなので、数日もしないうちに出てゆくつもりだが。
閑話休題
そんな星空の下、月光に照らされながらも、僕はその右腕を前方へと掲げた。
そこには影によって出来た擬似的な腕が存在しており、その腕にはバレないようにと包帯が巻かさっていた。
のだが――
「お前、多分聞こえてるだろ?」
その言葉に、返事はなかった。
けれどもその僕の問いは『質問』ではない『確認』だ。僕はその沈黙を肯定ととると、ニヤリと笑って口を開く。
「お前だよ『野性』さんよ。人の体をさんざんこき使ってくれた上に――今度は唯一僕の『知性』の届かない、無くなった右腕を住処にしてるみたいだな。全く我ながら情けない……」
その言葉に、初めてその腕は反応した。
けれども腕はピクリと動いてそのまま停止する。何故ならば、僕が無理やりに押さえつけているから。
「知性が九、対して野性が一。その腕の中に逃げ込んだからって、まさか僕の支配下から逃げられるとでも思ったわけでもあるまい?」
その言葉に、不機嫌そうに震えるその腕。
けれどもすぐにその震えを止めると、その『野性』は、分かっているのだろうとばかりに、わかりやすい感情を向けてきた。
「嘲笑――なんだお前、まさか僕を脅そうとでもしてんのか?」
――あぁ、貴様もわかっているはずだ。
やっと、その声が聞こえてきた。なんだよ野性、やっぱり話そうと思えば話せるんじゃねぇか。
僕は困ったように苦笑いを浮かべると――
「お前がいないと、僕は最強にはなれないことか?」
――そうだ。俺がいなければ、お前は最強には到れない。
即答だった。我ながらズカズカとものを言う奴だ。
――仲間を守りたいのだろう? 俺も守りたい、だから提案する。俺に全てを預けろ。悪魔堕ちをして潜在能力を増やし、仲間達を混沌の庇護下に置く。その上で俺がそちら側へと付けば、理想ばかりで何も産まないクソッタレた神々には手は出せまいさ。
これはまた、野性なりによく出来た考えだ。
だけど――
「何を『悪堕ち』にこだわってんだよ。なに、お前未だに中二病引きずってんの? キャー、悪堕ちカッコイイー! とか。そんなこと本気で思ってるんだら中学二年生からやり直せよ」
――貴様にだけは言われたくないな、中二病の原病菌。
またもや即答。っていうか誰が中二病の原病菌だ。お前にだけは言われたくないわ。お前にだけは。
僕は思わず大きな、そして深いため息を吐くと、その野性へと僕の考え至った結論を話した。
「仲間を守る方法は、僕の方針でやらせてもらう。お前もあいつらのこと守りたいんだろ? なら大人しく力を貸せ」
その言葉に、野性は思わず唖然としたようだ。
――こ、これだけ話して、結論がそれ、か?
「当たり前だろ。僕がそう簡単にコロコロ自分の意思を変える男だと思うか?」
僕はそう答えると、彼は心底呆れたように、それでいて吐き捨てるようにこういった。
――そういえば、そう……だったな。貴様はそういう頑固な男だ。チャランポランなくせして要らんところで頑固さを発揮し、常に前を歩いていく。そんな男だった。……ならば、言っても無駄か。
そう言って彼は、疲れたようにため息を吐く。
――了解した。俺の力を引き出せるようにだけはしておいてやる。その代わり、俺の力を使えば使うほど野性が表層に出る。知性が喰われ、野性に沈む。俺はいつでも、お前に成り代わる準備は出来ている。
そう言って彼は『ゆめゆめ忘れるな』と言ってその気配を消し、それを聞いた僕はだらんとその右腕を下げた。
「ふぅ……、これまた、面倒くさい奴だ」
そう言って僕は頭をボリボリと書くと、その『野性』が眠る右腕へと視線を向けた。
正直、こいつの力無しにこれから戦っていくのは辛いだろう。開闢のスキルを使えば別だろうが……あの能力は使用したくないしな。
僕はそう結論付けると、その肌寒い夜空に息を吐きつけた。
その息は白く色付き、頬になにか当たって顔をあげれば、空からは雪が降っていた。
時期的には、確かもう十二月だっただろうか。
ここ最近色々なことがあったせいで忘れていたが、もうすぐ年が明け、僕の誕生日が来て、そしてまた一年が始まるのだ。
「野性は、サンタからの小粋なプレゼント、って所か?」
僕はそう言って嘲笑すると、カツッ、カツッと松葉杖をついてその満月へと踵を向けた。
「……さて、寝るか」
グダグダ考えても仕方ない。
明日のことは、明日考えよう。
そんなことを考えながらも、僕は、今日という一日を終えたのだった。
――後に知ったのだが、どうやらその日がクリスマスだったとか、そのイブたったとかいう話である。
これでこの章の本編は終了です。
いやはや、シリアスでした。唯一のコメディが『勝つさ……久瀬君が』だけだったように思えます。
次回からはコメディ復活! ……と行きたいですが、長らくコメディを書いていないので、あまり期待せず、リハビリしてるなぁ、と考えていてください。




