影―059 全能神
ゼウスファン多すぎて笑いました。
『……なっ』
サタンは、目の前の光景を見て声にならない音を漏らした。
目の前には、片腕で自らの拳を、片腕でギンの拳を受け止めている少女の姿があり、その少女は淡々と、無表情でこう告げた。
「二人共、それ以上は、私が認めない」
その言葉に、その姿に、やっと正気を取り戻したサタンは全力でその場から退避した。
そこに居たのは、黄金色の羽衣の上から防具を着用した、金髪オッドアイの少女だった。
そのアンバランスさの中に併せ持つ隠しきれない強さを見て、サタンはその正体を一瞬で察していた。
『せ、聖獣化……!? き、貴様、全能神ゼウスか!』
「あたり。はじめまして、大悪魔サタン」
彼女はそう言いながらもチラリとサタンへと視線を向けた。
「……強い、ね。たぶん、私ともまともにやり合えるくらい。怪我してなかったら、片手じゃ止められなかった」
ゼウスは、一目見てサタンの強さを認めた。
それほどまでに、神界最強の強さを誇る彼女をして『強い』と言わしめるその強さ。なるほど力を扱いきれていないギンが敗北するわけである。
だが――
「けれど、貴方には、今のギンくんは荷が重すぎる」
そう言って、彼女はその野性――かつてギンと呼ばれた知性の抜け殻へと視線を向けた。
「ゥ……ガァ……ッ!」
彼はその拳を片手で受け止められたことに初めて驚愕の表情を浮かべながら、けれどもすぐに笑みを浮かべて右腕を薙ぎ払った。
それによって周囲へと轟音とともに暴風が巻き起こり、それをサッと躱していたゼウスは驚いたように声を上げた。
「三年前は、全然強くなかったのに……。聖獣化二つに、悪鬼羅刹を、かなりの割合で憑依させてる? ……ものすごく、体に負担のかかる……あ、なるほど、魔力回路か……」
そう、ブツブツと考えながらも、ゼウスは素直にギンのその強さに驚いていた。
今の暴走したギンが、もしも首の骨を失っておらず、怪我や魔力も完治した状態で襲ってきたと考えたら――ゼウスでも背筋が寒くなる。
「もう、ギン君は、私と方を並べられるくらいに、強くなった。私に――追いついた」
彼女がそう言ったと同時、破壊者はゼウス目掛けて駆け出した。
と、次の瞬間、ゼウスの目の前に姿を移動させる破壊者。
――絶歩。
知性は失われようと、その体が――野性がその力を覚えている。戦い方を覚えている。
幾千幾万と繰り返し、鍛錬の末に極めたその技により、破壊者はいとも簡単にゼウスの懐に飛び込んだ。
そして――
「ア、……ガァァァッ!!」
その手に握るは、アダマスの大鎌。
かつてゼウスから譲り受けたその大鎌は、短く持たれ、そのままゼウスの首を――
「けど、貴方じゃ、私は殺せない」
――切り落としは、しなかった。
見ればその刃はゼウスの首へと触れる直前で止まっており、その鎌を持った右腕は、必死にその首を刈り取ろうと力を込めていた。
だが、それを左腕が邪魔していた。
「――ッッ!?」
破壊者は驚愕を顔に貼り付けた。
彼は確信していた――知性は死んだのだと。
執行者は、破壊者に塗りつぶされたのだと。
だからこそ驚き、未だしぶとく生き残っているその知性を、心の底から恨み、憎んだ。
「知性を……、ギンくんを殺したつもりだったのかもしれないけれど、お前は、ギンくんには勝てない。貴方がたとえ、この先どんな未来を辿ろうとも、貴方が彼に勝てる日は――絶対に来ない。その証拠にさっきの一撃、貴方が力を出し切れていたら、片手じゃとても止められなかった」
その言葉に、破壊者はゼウスを睨みつけた。
その瞳は真っ赤に充血しており、その男は――初めて、自分の意思を言葉にした。
「全、能神……俺、は……。偽りの平和、など、望まない……。世界の救済など、あるはずもない。望むのは、全ての破壊、その上に成り立った、屍の上の平和、だ……」
その言葉にゼウスは少しだけ眉を寄せた。
「やっぱり――」
そう、何かを言おうとしたけれど、彼女はすぐに首を横に振ってため息を吐いた。
「……サタン。今日のところは、痛み分けにしてあげる。だから大人しく引いて」
『……引かねば、どうするつもりだ? 貴様はその少年を元に戻す作業で手一杯であろうに。俺からすれば神々の頂点を屠れる最大の機会にしか見えないが?』
サタンの言うことは、一寸違わず的を射ていた。
ギン――現時点での破壊者を彼に戻すのには、ゼウスをして集中力が必要となる。それこそ少しの狂いも許されない程度には。
だからこそサタンはそう言って――
「俺らからしたら」
「兄さんの敵を殺す、最大の機会」
その言葉に、サタンはピクリと体を反応させた。
小さく背後へと視線を向ければ、そこにはサタンの背中刀を向けている久瀬と凛の姿があり、その姿に彼は眉を寄せた。
『……あの場には、戒神衆を送ったはずだが?』
「俺もあのままじゃ空気みたいなもんだったからな。ソッコーで倒して駆けつけてきたって訳だ」
「実は、苦戦してたから私が助け」
「違うからな。いやマジで全然苦戦してないから」
そう軽口を叩く二人ではあったが、サタンからすればそれは今にも溢れんばかりの殺気を紛らわしているだけに過ぎなかった。
(この二人――いずれも厄介な魔力を持っているな。男の方はもちろんの事、こちらは……少年の妹君か。どうりで強いわけだ)
そう内心でつぶやき、サタンはその少年――今は破壊者と化したギンへと視線を向けた。
そこにはギリギリと歯を食いしばりゼウスへとその鎌を向け続けている彼の姿があり、彼は疲れたようにため息を吐いた。
「はぁ……、了承した。今回は痛み分けということで手を引かせてもらおう。こちらとしても、全能神に後ろの二名を相手にするのは骨が折れる」
そう言ってサタンはその身にまとっていた魔力を霧散させ、スッとその姿を元の人型の状態へと戻した。
彼はパチンッと指を鳴らす。
するとそれと同時に街中へと散開していた戒神衆たちが皆一斉に上空へと上がってゆき、それを確認したサタンはその背中の翼をはためかせた。
「混沌様には俺から色々と伝えておこう。全能神の今の実力、厄介な『芽』が芽生えつつあること。そして――」
そう言って、サタンはギンへと視線を向ける。
「そして――混沌様に届きうる『拳』が見つかったと」
そう言ってサタンはその場から飛び去ってゆき、それをゼウス一同は、ただ唇を噛み締めながら見送るしか出来なかった。
☆☆☆
その数分後。
雲の上を、悪魔率いる巨大な戦艦が飛んでいた。
その戦艦の上でサタンと合流したガイズは、その傷だらけになったサタンの体を見てため息を吐いた。
「さっきも言いましたがね、なーんで大悪魔の頂点ともあろうお方がそんなにやられちってるんですかい。そんなんじゃほかのヤツらに示しがつきませんぜ」
「貴様が言うな、貴様が」
サタンは苦笑しながらそう返した。
視線の先には、体中から血を流しているガイズの姿があり、彼は自らの体に回復魔法を使いながらもため息を吐いた。
「いやぁ、旦那があの二人の前で執行者を虐めるから……。しかもお仲間を目の前で殺すとか、逆恨みで俺を殺す気ですかい」
「……そこまで、強かったか?」
「強いのなんの! 特にあのドラゴンの娘っ子はやばいですぜ、あと何か……、なーんか力を得たら、それこそ旦那、アンタよりも強くなりかねない」
「……ほう」
そう言って、サタンはニヤリと笑みを浮かべた。
「右眼の魔眼と、あとあの左眼にもう一つ何かが埋まったら……」とブツブツと呟いているガイズを見やり、彼ははるか後方へと生かしてきたあの男を思い出した。
(あの時――死ぬ覚悟で向かってゆけば、あの男の命を取れただろうか?)
あの時は、全能神に加えてさらに二人の敵がいた。
後者の二人に関しては未だ発展途上もいいところ、まだまだサタンの足元には及ばないが――
「ゴハッ、ゴホッゴホッ……、この、傷ではな」
「だ、旦那!?」
気がつけばサタンは床に片膝をついて、口からゴフッと血を吐き出しており、それを見たガイズは焦ったように声を上げた。
「なに、心配はいらん、致命傷ではない――が、しばらくは、まともに動けそうにはないな」
こういう時に、吸血鬼の不死力に憧れる。
あれだけ肉体的、精神的にダメージを加えたところで、おそらくあの男は数日もしないうちに傷を完治させるだろう。
と言っても、仲間を目の前で失った悲しみだけは、傷として心に残り続ける――と、そこまで考えたところで。
「……ぬ? そういえば、あの者達……」
思い出すは、ギンの目の前で叩き潰したあの三名。
『生き物』ならば間違いなく死んでいる。あれで生きていられるのは不死の存在くらいのものだ。
だが――
「あの者達は、果たして『生き物』だっただろうか?」
サタンはそう呟いて、その可能性があることに気がついてしまったが、それは既に後の祭りだった。
☆☆☆
――夢を、見ていた。
僕の地獄、その夢を。
僕の『道』は、地獄から始まった。
なぜだか最近になって鮮明に思い出す。自分の実の両親が、死ぬ間際の光景を。
お父さんは優しく、それでいて中二病が未だに抜けきっていない残念な人――まぁ、言うなれば僕を優しくしたような人だった。
お母さんは僕らに厳しく、それでいて、自分に対して厳しく生きている人――まぁ、言うなれば僕みたいな頑固な人だった。
妹は――そう言えばいたんだっけな。ミっちゃんだっけ。その時は祖父の家に遊びに行っていて、あの地獄には巻き込まれなかったのだが……果たして今は何をしているのだろうか?
まぁ、二度と会うこともないだろうけれど。
あの日、僕らの家を地震が襲い、それを受けた両親は僕へと何か魔法を唱え、そのまま僕を家の外へと突き飛ばした。
二人もそれに続いて家から出ようとしたけれど、その途中で自宅は崩壊、二人はそのまま――押しつぶされた。
『呆気なくは……なかったな』
二人は、最後まで笑っていた。
瓦礫に下半身を押しつぶされ、地面に血だまりが広がってゆく中、死に至るほどの痛みを堪えてなお、笑っていた。
確か――二人は僕へと何かを言ったのだ。
なにか、大切なことを。
もう忘れてしまった、大切な何かを。
ふと、地獄に明かりが差し込んできた。
どうやら夢は終わりのようだ。
この地獄が終わり、そしてまた、現実が幕を開ける。
現実……そうだ。
クロエが、ウルが。
恭香が――死んだんだっけか。
『……呆気、なかったな』
驚く程に、死というものは呆気なかった。
両親の死はあれだけ強烈で、記憶のそこに残っているというのに。彼女らの死について、今でも鮮明に思い出せるのは――彼女が首をへし折られた、あの音だけだった。
『起きたく、ねぇな……』
夢という地獄が終わって、現実という地獄がまた始まる。
どちらの地獄がいいかと言われれば、正直どちらも嫌なのだけれど、それでも……もう少し。もう少しだけ――
「もう、少しだけ……、眠らせて――」
「……はぁ、仕方ないなぁ」
ふと、聞き覚えのある声が耳を撫でた。
ずっと昔から一緒にいたような、それこそ生まれた時から一緒にいたような、そんな感覚さえ覚える。
そんな、心の底から安心できるような声。
「……戻って、来れたんだね」
髪を撫でられるような感触があって、僕は、鉛のように重く閉ざされたその瞼を開いた。
そこには見覚えのある顔が映っており、彼女は焦ったように目尻の涙を拭いて、笑ってみせた。
「……恭香、なのか?」
「……はい、恭香です」
その声は優しく、僕は気が付けば――涙を流していた。
「……な、な、なんっ、で……?」
「ふふっ、ギンは本当に頭が残念だよね。私は神器、理の教本。人型をしていても生きているわけじゃない。首を折られたとしても、元から生きていないんだから、痛みはあれど、消えはしない」
そう言って彼女はクスクスと肩を震わせた。
けれどもその目尻には拭いきれない涙が残っており、彼女は泣きながら、それでも笑った。
気がつけば僕も彼女につられてか笑ってしまっており、けれどもすぐにその笑い声は――嗚咽に変わった。
左腕で目を隠し、僕は笑う。
『全く……、泣き虫な野郎は嫌われるぜ?』
『しっ、クロエさん、今は口を挟まないのがレディの嗜みですよ』
頭の中に二人の声が響いて、さらに僕は笑った。
それが笑いになっていなくても、そう自分に言い聞かせ。
僕らは――魂の許す限り、笑い続けた。
今回は痛み分け、という結果に至りました。
サタンという向こうの切り札をここで使い尽くすのは面白くありませんでしたので。
次回は後日談的な何かを挟めて、最近疎かになっていた記録でも書いていきたいと思ってます。




