影―058 野性の暴走
前回のお話、ものすごく感想きてビビりました。
いつか言ったようにバットエンドはないのでご安心ください。
――殺せ。
声が響く。
聞き覚えの、ある声が。
――知性など、捨てろ。
捨てる?
何故だ?
――そんなものは、邪魔だ。
――破壊し尽くせ、障害を。
――全ては、自分のために。
自分のために……?
疑問を覚えた。
自分のために、何かをするのか?
――確かに、貴様はそういう男ではないか。
あぁそうだ。
僕は、自分のためには動かない。
動くとすれば――そう。
――仲間のために、破壊を楽しめ。
その言葉に、僕の『知性』は飲み込まれた。
☆☆☆
サタンは、自らの足元に転がるその体を見て、内心で深いため息を吐いた。
(いくら混沌様の命令とはいえ、少女を手にかけるのは……辛いものがあるな)
サタンは、悪魔になりきれない悪魔として有名だった。
言い換えるならば――人間らしい、と。そう言うべきか。
本来ならば悪魔には存在しない『忠誠心』を持ち、人を殺す『罪悪感』を感じ、そして、目の前で大切な人が死ぬ悲しみを、誰よりも知っている。
(少年が素直に悪魔へとなればこうはならなかったものを……)
そう言ってサタンはギンへと視線を向けて――その直後、上空から感じたその殺気に目を見開いた。
「ハァァァッ!」
咄嗟に体を退いて回避する。
けれども、彼の体にはギンとの戦いで受けた膨大なダメージが蓄積されている。普段ならばかわせていたその一刀は、サタンの胸へと小さく傷を残していった。
「くっ……、何者だ、貴様は?」
「さぁな、とりあえずアンタの敵だってことは確かだぜ」
そこに居たのは、黒刀を構える一人の青年であった。
黒髪黒目のパッとしないその男、けれどもその身からはかなりの威圧感が感じられた。
(あの男程ではなくとも……かなりの実力者、というわけか)
サタンは小さく舌打ちをした。
どうやら大量に連れてきた戒神衆のおかげでここまで辿り着けたのはその男だけのようだが、それでもこの怪我で相手をするのは少しばかり危険な程だ。
(撤退……するか?)
サタンはそう考えて――
「……は?」
自らの手が、震えていることに気がついた。
それはその男――久瀬も同じようで、その握った黒刀がカタカタと音を立てて震えている。
「こ、これは――」
全身の細胞が、危険信号を送ってくる。
身体中が鳥肌を立て、首筋に凶刃を突きつけられているかのような、冷たくてしっかりとした『死の予感』が心の内を蝕み始める。
そんな中、瓦礫の崩れる音が聞こえてきた。
ガラッ……。
「――ッッ!?」
その方向へと、サタンは限界まで見開いたその瞳を向けた。
それは久世も同じことで、信じられないものを見たとばかりに、彼らは愕然とした。
「……ゥ、ァァ……」
――立っていた。
体はフラフラとしていたが、それでも。あれだけの重傷を負わされ、動くことすらままならなかったその男は――両足で、その場に立ち上がっていた。
それにはサタンも驚愕に声を上げ――
「ば、馬鹿な!? き、貴様はもう――」
次の瞬間、眼前へと迫っていたその顔を、その瞳は捉えた。
先ほどの攻防で頭蓋が割れたのか、額からはとめどなく鮮血が溢れ出しており、その両の瞳は限界まで見開かれている。
けれどもその瞳から感じられる感情は驚愕ではなく――
「ガハァァッ!?」
気がつけば、サタンの身体は吹き飛ばされていた。
無人と化した街を破壊し尽くし、それでも止まらずに数百メートルを吹き飛ばされる。
そしてその体は町の中心の広場、そこに位置する噴水へと突っ込み、やっとその勢いを殺しきった。
「がホッ、ゲホッ……、何が、起こった……?」
視線を下げれば、腹部には深々と突き刺さったその拳の跡が残っており、口の端からはとめどなく鮮血が溢れてくる。
かつて混沌から食らった一撃、それに匹敵――いや、それすら上回る一撃に、サタンは改めてその『危機』を感じた。
サタンは再びその震えを感じて顔を上げる。
するとそこには、次元が歪められ、この世界そのものに開かれた巨大な穴が存在していた。
そして――その中から現れるはその男。
「……ィッ」
最早、その口からは声は漏れない。
そこから漏れ出てくるのは声にもならないその『音』のみ。
もはや理性や知性など感じられないその男は。
恋人を失ってもなお――笑っていた。
その笑みは酷く痛いげで、悲しげで、楽しげで、そして見たことがないほどに凄惨だった。
「……壊れた、か?」
最初に、そんな言葉が頭をよぎった。
けれどもすぐに違うという結論に達する。壊れるということは、崩壊するということ。弱体化するということ。
に対して、この男はその正反対。
「仲間が死ぬことにより、体の内の、何らかのストッパーが壊れたと、そう言うべきか」
きっとそのストッパーの名は――殺すことへの恐怖。
今まで、無意識のうちに体へとブレーキをかけていたその恐怖。人を殺したくない、人を殺めたくない。そんな恐怖が今――消え失せたのだ。
「ィ、ヒィ……」
彼は笑った。
九割の理性など、一片残さず消え失せた。
今の彼を動かすのは――一割の野性。
殺すことを恐れ、知性と理性で野性を抑えていたその男。
その男は神からも、悪魔からも、人からも認められ、その強さは最強へとあと一歩のところまで上り詰めている。
そんな男が、全ての『抑え』を捨てたとすれば。
さすれば、その時は――
「ィッ、ハァッ!」
瞬間、野性は駆け出した。
彼我の距離は一瞬にして消滅し、サタンはそのわかりやすい『殴り』のモーションにガードを固めた。
以前の彼ならば、いとも簡単に防げただろう。
けれども――
ドゴァァァァァァァァァッ!!
「ぐうっ!?」
以前よりも遥かに早いその速度に、以前よりも遥かに凄まじいその威力に、サタンは単に野性が暴走しただけでないことを確信した。
「き、貴様! まさか怒りで能力が覚醒したのか!?」
サタンは知っている。
怒りというものは時に、人の力を目覚めさせるのだと。
たとえば、伸び悩んでいる最後の一歩。それを怒りはいとも簡単に後押しする。
サタンはその事実に歯噛みすると同時に、混沌や自分の考えがどれだけ甘かったのかを再確認した。
「この男は――ッ、ここで殺さねばならない!」
仲間にする?
そんなことを言っている余裕などない。
サタンはただの拳に押し込まれている事実に晒されながらも、その力を解放した――!
「『根源化』ッ!」
瞬間、彼の体から膨大な威圧感が吹き荒れた。
一瞬にして体は漆黒色に染まり、その失われたはずの右腕がゴキゴキと音を鳴らして生えてくる。
根源化――モチーフ、悪魔。
大悪魔の頂点にして、悪魔の体現者。
背中から伸びる二対の漆黒の翼をはためかせ、サタンは天へと向かって咆哮した。
『ヴォォォォォォォォォォォッッ!』
その体は一回り大きく、三メートル程にまで成長しており、それを見た野性は、けれども笑っていた。
その笑みに一抹の恐怖を覚えながらも、サタンはその両の拳を握りしめた。
『これよりは本気でゆくぞ執行者! ……いや』
サタンはそう、執行者と呼ぼうとした。
けれどもその姿を見て、サタンは野性にピッタリの二つ名を考えついた。
『こういった方が良いか』
――破壊者よ。
瞬間、二人の拳が激突し、周囲が尽く破壊し尽くされていった。
☆☆☆
――生物の動きではない。
それが破壊者と戦い、サタンが感じたものだった。
生物という存在には、どれだけ強くても行動の限界というものが存在する。
それはサタンや混沌とて例外ではなく、そこから大幅に外れた行動は取ることは出来ないのだ。
だが――この男は違った。
『ウガァァッ!』
サタンの拳を最低限の動きで躱した破壊者は、その腕へと抱きつくようにロックをかけ、膝を思いっきり叩きつけた。
ゴキィッ!
響き渡る骨の折れる音。
見ればサタンの腕はその半ばからおかしな方向へと曲がっており、サタンが痛みに呻くと同時、そこから鮮血が吹き出した。
「ヒッ、ァッ」
その鮮血を浴びて、更なる笑みを浮かべるその男。
悪魔よりも悪魔らしい?
そんな言葉では生ぬるい。
その様――正しく『鬼』。
サタンはギリッと歯を食いしばると、その折れた方の腕を思いっきり薙ぎ払った。
『ハァァァッ! ……あ?』
けれども、何かが失われたような感覚とともに、サタンは思わずその場に膝をついた。
見れば、薙ぎ払った腕がその肘の先から無くなっており、そこからは大量の血液が周囲へと撒き散らされていた。
「ギッ、ヒィ……」
そして、その巨大な腕を担ぐその男。
彼はその刈り取った腕を肩に担いでおり、その顔は喜色に塗れていた。
――遊ばれている。
その事実に思い至ったサタンは、そこに来て初めて――怒った。
『ぐっ、ぬぉぉぁぁぁぁ!! き、貴様ぁぁぁッ!』
サタンの能力――『憤怒の罪』は、怒れば怒るほどに自らのステータスが増大する。
その能力すら使わずにギンを圧倒していたと思えばサタンとの格の違いが明確にわかるが、けれども――
『貴様にはッ! 出し惜しみをしている余裕は無さそうだな! 破壊者よ!』
サタンは残った右の拳に、紅蓮色の炎を纏った。
根源化により扱えるようになった『炎』に、さらに怒りの力を加わり、その威力は先程使用したものの十数倍、いや、それ以上にまで膨れ上がっている。
『悪魔の絶拳』
その溜めの余波だけで周囲へと衝撃波が走る。
膨大な魔力がその拳に込められているのがひと目でわかるそれは、正しく一撃必殺の拳。
だが――
「キヒッ、ヶヒヒッ!」
瞬間、魔力の奔流が流れ出した。
サタンの数倍、いや、それ以上あるかもしれない魔力にサタンは思わず冷や汗を流し――直後、その左拳に集まっている『なにか』を見た途端、彼の体中が危険信号を発した。
「『虚無の鉄拳』」
それは、初めて野性が発した言葉だった。
闇よりも黒く、混沌の魔力にさえ匹敵する程にまで濃く、厚く凝縮されたその魔力は、正しく小さなブラックホール。
かなうはずがない、そう思えるほどの『なにか』が、その拳に纏われていた。
『ぐっ……、やはり、この男危険か――ッ!』
「キハァッ!」
野性はその拳を振りかぶり、真っ直ぐこちらへと突撃してくる。
それに対してサタンも拳を構えて駆け出した。
そして――
「両者、そこまで」
そんな声と共に、二人の間へと黄金色の雷が落ちた。
全国のロリコンよ、歓喜せよ。
次回、全能神。




