影―057 護る者
「不死というものは、幾つか殺す方法がある」
サタンは、地面で呻く僕に対してそういった。
「こと吸血鬼に関していえば、その数も数えられるほどに存在する。炎で跡形もなく燃え尽くすこと。その魂そのものが死に絶えること、数年に渡って血液を採取させないこと……とまぁ、今挙げただけでも三つだが、今回俺が使用した方法はこれらのどれとも異なる」
「う、がぁ……」
声が出ない。
体が動かない。
体が、いうことを聞いてくれない。
「吸血鬼の回復能力というものは、基本的に器と魂、優れている方をより優先する。今回でいえば少年、貴様はその器に見合わぬ巨大な魂を持っている。魔力が肉体の回復よりも優先されるのは当然のこと」
僕は、身体中の力が抜けていくのを感じた。
――魔力切れ。
意識を何とか手繰り寄せている中、『血濡れの罪業』が解除される感覚を覚えた。
『ギン! しっかりしてよ!』
『おいギン! テメェこんな所で死んでんじゃねぇぞ!』
『ご主人様、気をしっかり!』
三人の声が聞こえる。
確かに魔力切れで意識が飛びそうだが、それでも理性でしっかりつなぎ止めてるさ。追撃でもされない限りは問題ないよ。
けど――
「かっ、らだ……が」
――体が、どうしたって動かないんだよ。
「魔力切れにより、魔力の回復速度が著しく低下している。その上貴様の魔力量はこの俺すらも上回る。しばらくは肉体の回復は始まるまい」
そして――
そう言って、サタンはその手に持った小さな何かを見せた。
細長くて、白くて、赤い血がへばりついてるそれは。
「貴様の首の骨だ」
サタンはそう言った。
「先ほどの一瞬で抜き取らせてもらった。存外に首の骨というものは大切なものでな。体を動かすのに必要な様々な神経が通っている。……そんなものを抜き取られれば、動くことなどできまいよ」
そう言われてみれば、何だか首が変な方向を向いているような気もしないでもないし、徐々に首元から暖かい何かが広がっているようにも思えた。
……なるほど、これは僕の血か。
「主様っ!」
「あ、主殿!」
遠くから、聞き覚えのある声が二つ聞こえてくる。
そして、僕の比較的近くに降り立ったその足音も。
「仲間は助けに来んさ。なにせ相手はあのガイズだ、未だ本気は出していないようだが、その実力は貴様にも比肩する。……実際に戦えば、貴様の方が強いと思うがな」
気がつけば僕には影が差しており、見上げればそこにはサタンが立って、僕を見下ろしていた。
「宣言しよう、貴様は――ここで死ぬ」
その言葉に、僕の心臓が大きく鼓動した。
――恐怖、そう。これは恐怖だ。
死にたくない、こんなところで死にたくない。
童貞のまま死にたくない。
まぁ、卒業したからと言って死にたくなるわけでもないと思うが、とりあえず死にたくない、
「……一応、言っとくけど、絶望とかは、ないから」
「……困ったものだ。俺が貴様を悪魔側へと引きずり込もうとしているのはお見通しか?」
当たり前だろう。
でなければ、あんなにペチャクチャお喋りに付き合ってくれているはずがない。
こうして僕が今、生きて喋れているはずがない。
手加減……はされてはいなかったろうけれど、殺さないように様子を見られていたことは確かだ。
ならば何故そんなことをするか――答えは一つしかない。
……喋るのだるいから、あとは恭香よろしく。
『……ギンの前に《死》を吊り下げて絶望させようとか、そんな所だろうけど。この人はそんな事じゃ絶望しないよ。自分が死んだとしても、多分天国とかで「ひゃっほうこれで将来安泰だぁ!」とか、そんなことしてそうな人だから』
おい、なんだよそれは。
流石に僕も死んだら落ち込むって。少しは。
死ぬのは怖いし、殺されるのとかめちゃ怖いし、今だって体動いてたら足とかガクガクいってただろうし。
だけど。
「絶望、だけは……しない。僕はもう、最悪の、地獄を見た。だからもう、あれ以上の絶望は――ない」
僕の言葉に、サタンは困ったように眉を寄せた。
父さんから聞いた、人は絶望の中で悪魔になるのだと。ならば僕はきっと、悪魔からは最もかけ離れた存在だろうと思う。
なにせ僕は、絶望なんてしないのだから。
そう考えて――
「ならば、貴様の仲間でも殺すとしようか」
その言葉に、僕の体が張り詰めたのを感じた。
仲間を――殺す?
気がつけば僕はギリッを歯を軋ませており、きっと瞳は充血していることだろう。
「……ぶっ、殺すぞ?」
「ふっ、やれるものならばやってみろ」
殺意の塊を向けられたサタンは、何のためらいもなく、なんの躊躇もなくそう言ってのけた。
「まぁ、貴様は気でも変わらなければ殺さんから安心しろ。あの女子達は……まぁ、ガイズが殺すだろうな。ならば、貴様の資料にあった他の仲間達、たしか女子が多かったな。両手両足を切り落とし、最近ストレスの溜まっていた雄の魔物たちの入っている檻の中にでも入れれば――さて、どうなるかな?」
瞬間、僕は召喚した神剣シルズオーバーの柄を口に噛み締め、サタンの喉元へと突き立てた。
「がハッ……、そ、その状態で……ッ!?」
血を吐き出し、僕の体を投げ捨てるサタン。
その喉元と口からは鮮血が吹き出していたが、そんな事で僕の殺意は止まらない。
「ぶっ、殺す……、死んでも、魂だけで、殺す。呪い殺す。どんな手を使っても――貴様を殺す……」
体が動かないからなんだ。そんなもの気力で動かせばいいだろう。もう、ここで燃え尽きたって構わない――今、この男を殺せれば……。
そう考えて、僕は――
「そんな、悲しいこと言わないでよ」
ふと、僕の頭を撫でるその手の感触を覚えた。
体の内から怒りの感情が抜けてゆき、ゆっくりと見上げれば、そこには僕の頭を優しく撫でている恭香の姿があった。
「……な、お、お前……」
「何で人型になったんだ? 本の状態なら襲われなかっただろうに、とでも言いたいのかな」
その一言一句違わない言葉に、僕は何故か――泣きそうになった。
「ま、待て……」
「待たないし、逃げもしないよ」
そう言って彼女は、僕へとその小さな背中を向けた。
遠くにいたサタンが立ち上がる気配を感じ、僕はその小さな背中へと手を伸ばした。
「や、やめ……、逃げろっ、恭香!」
けれども彼女からは逃げる気配は感じられず、それどころか、僕の内側からさらに二つの声が聞こえてきた。
『生き延びたら、高級アイス一年分貰いますからね』
『んじゃ、私はラーメン百杯頂くぜ』
瞬間、僕の体から二つの存在が姿を現した。
片や、白銀色の炎を纏った巨大な虎――クロエ。
片や、ダークレッドの髪を風に揺らす――ウル。
「ま、待てって……言ってんだろ、うが……っ!」
三人は、僕の前で立ち止まった。
恭香はその姿を『執断羅剛』の状態へと変え、ウルはその手に大きな十字架の杖を持ち、クロエはその身から溢れ出す炎の量を上げた。
「これは……、自ら餌が引っかかったようだ」
そんな声が聞こえる。
きっとサタンの顔には、笑みが浮かんでいるだろう。
勝てるわけがない。そんなのは分かりきっている。
なのに、何故彼女らは、そこを退かない?
なのに、何故彼女らは、逃げないのだろうか?
「昔から、私はギンの背中を見て歩いてきた」
恭香が、そんなことを言い出した。
「ギンはすごい勢いで成長するもんだから、後に続く私たちのことなんて見向きもしなかった。だからこそ、私たちは離されないようにその後を追ったけど……、いつも私たちは、結局守られてばっかりだった」
そう言って彼女は拳を構える。
「今まで護ってくれてありがとね。だから、今くらいは、私がギン――貴方を護る。だからお互い生き延びたら、一緒にご飯でも食べよう」
そう言って彼女らは、僕の静止も聞かずに走り出した。
☆☆☆
一番最初に――クロエがやられた。
『すっ、すまねぇ……』
頭蓋を踏み潰される直前、彼女はそう言って――炎となって消えていった。
その光景に、僕の目尻に涙が溢れる。
――……めろ。
次に――ウルがやられた。
「がハッ……、さ、流石に、強いですね」
ウルは、サタンの右の腕を切り落とすことに成功したが、それでもその直後、左の腕でその胸を貫かれた。
サタンの手の中にはドクっ、ドクっと鼓動する赤黒い肉が握られており、彼がそれを握りつぶしたと同時、彼女の体は血色の炎となって消えていった。
――や、めろ……。
そして最後に――恭香が、やられた。
「ぐっ……がはっ」
「これで、三人目だ」
サタンは僕にそうしたように、執断羅剛と化した恭香の首を握りしめており、彼女は苦しげに息を吐いた。
――やめろ……、やめてくれ……。
気がつけば彼女の姿は元の状態へとか戻ってしまっており、その姿で力を発揮できないのは、僕が一番知っている。
「き、恭香……ぁ」
動け、動け……動いてくれよ。
頼む、今だけでいい。今だけでいいから。
だから……動いてくれッ!
そして――
「愛する者の死、貴様は乗り越えられるか?」
ゴキィッ!
その音に、僕は目を限界まで見開いた。
「……あ、れ?」
視線の先には、首が変な方向へと曲がった彼女の姿があり、先程まで動いていたその腕は、ぶらりと力を失って下がっている。
「き、恭香……? お、おい。返事……してくれよ?」
――返事は、ない。
気がつけば僕の両の瞳からは涙が溢れており、その様子を見たサタンは、凄惨な笑みを浮かべてこう言った。
「貴様の恋人は――俺が殺した」
その時。
その言葉を聞いた瞬間。
僕の中で――何かが壊れたような、音がした。
次回、野性の暴走。




