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黒鯨(後編)

少女の言う通りヤツは現れた。

波しぶきを上げながら船前方に現れた巨大な黒い壁、それは間違いなくヤツだった。

俺は息子の形見の銛を握り締めたが、足は震えが止まらない。武者震い・・・と言いたいところだが、正直この震えはヤツに対する恐怖から来るモノだろう。

仇を目の前に動けない俺。

戦う前から精も根も尽き果てて、怯えている事しか出来ない他の男たち。

しかし、黒鯨に私怨など何もない筈の少女は冷静に銃を構えていた。

そうして、黒鯨の全体が海の上に浮かび上がると引き金に指をかけた。

「脳管を貫くよ。」

“ドン!!”

少女の撃った弾が黒鯨の巨大な頭にが当たった。

けれど黒鯨は息の根を止めていなかった。

「グォオオオオ!!」

雄叫びを上げる黒鯨。

その衝撃波で船全体がビリビリと震える。

「・・・やっぱり届かないか。」

驚くことに銃が効かずに落ち込んだ様子もない少女。

だが俺には勝ち目があるようにも思えない。

「おい!!嬢ちゃん!!無理だ!!ソイツには敵わねぇよ!!」

「ん?おじさん案外簡単に諦めるんだね。」

「・・・久しぶりに直に見て核心した、コイツは自然の一部なんだ。人間が自然に勝とうだなんて、最初からおこがましい話だったんだよ。」

この言葉は少女に言っただけでは無く、諦めの悪い俺自身にも言い聞かせていた。

「ふぅん、自然ねぇ・・・まぁ誰が相手でも私には関係無いかな?依頼を受けたからには全力を尽くすだけだよ。」

少女はニコリと笑った。

俺にはその顔が何故だか少女に似てもいない息子の姿に重なって見えた。

「グォオオオオ!!」

雄叫びを上げながら船に突っ込んで来る黒鯨。

もう何もかも終わったかに思えたが、気が付くと俺は形見の銛を振りかぶっていた。

「うぉおおお!!」

ブンッ!!と黒鯨に向かって俺は銛を投げた。

銃弾すら効かない相手に無駄な行為としか思えないのに、何故こんなことをしたんだ?

自分で考えても答えは出なかったが、銛は一応は迫り来る黒鯨の頭に突き刺さった。

一矢報いたと考えれば少しは俺も安らかに逝けるだろうか?

「ありがとうおじさん♪いい位置に足場を作ってくれて♪これで私達の勝ち確定だね♪」

何を言っているのか分からなかったが、次の瞬間に少女は銃を背中に背負って黒鯨に向かって飛んでいた。

「よっ!!」

元気の良い声で、突き刺さった俺の銛の柄を鉄棒を掴むように両手で掴んで、クルリと一回転して銛の上に乗った。

そして呑気に黒鯨の肌を撫で始めた。

「やっぱり穴あるね。良かったぁ、無駄弾は嫌いなんでね。」

少女は背中の銃を両手に構え直し、銃口を黒鯨の肌に押し当てた。

「バイバイ。」

“ドン!!”



海は途端に静かになった。

船の目の前で黒鯨が腹を見せて浮かんでおり、少女がその上で気持ち良さそうに仰向けになっている。

「結局どうやって殺ったんだ?」

俺がそう聞くと

「最初の銃弾を二発目で押し込んだんだよ。」

と色々ツッコミたい答えだったが、かなり疲れている様だったので、それ以上は聞かなかった。

「ねぇ、黒鯨が死んで嬉しい?」

「実感は湧かねぇな、丘に上がって酒でもあおれば嬉し涙ぐらいは出るだろうぜ。」

「えへへ、そっか。」

非常に和やかな雰囲気だが、少女は突然何かに気づいてアタフタしだした。

「お、おじさん!!船動かせるかな!?」

「なんだ急ぎか?そこらへんに寝転がってるバカ共を叩き起こせば、すぐにでも動かせるぜ。」

「た、助かったぁ・・・二学期始まっちゃうもんね。」

その時、突風が吹いて少女が纏っていたボロキレが何処かに飛んでいった。

俺はこのバイトがてらに黒鯨を討ち取ったセーラー服の少女を忘れはしないだろう。

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