黒鯨(前編)
もう何日目の航海だろうか?
あのクサレ鯨を殺す為に、この船に乗り込んだ荒くれ者共も、餓えと渇きで虫の息だ。
この黒い海域で全員お陀仏なのかねぇ?
そういえば黒い海域に入ってから、船の先にずっ~と座ってる変わり者は生きてるんだろうか?
「おいアンタ生きてんのか?」
別に心配になったワケじゃないが、俺は興味本意で聞いてみた。
ボロキレを纏ったソイツから意外な声が聞こえた。
「大丈夫、獲物を待つのは得意だから。」
女の声?
男だと思っていた奴から可憐な少女の声が聞こえて、俺は肩透かしを喰らった。
「おじさんも化け物鯨に誰か殺されたの?」
・・・えらく直球で聞いてくる女だな。
「そうだよ、手塩に育てた息子を丸飲みにされちまったのよ。あの黒鯨にな。」
黒鯨・・・ソイツは黒よりも黒い超巨大なボディを持ち、世界各国の海を荒らして回るクソ鯨のことだ。
船ごと喰らっちまう化け物に仲間や家族を殺されて、ヤツに恨みを持ってる奴も多い。俺もその一人ってワケだ。
「そっか・・・じゃあアタシが仇を取ってあげる。」
「はっはは、大きく出たなぁ。だが状況を見てみなよお嬢ちゃん。復讐の為に船に乗り込んだ野郎共は息も絶え絶え、おまけに黒鯨の居る海域に入ってもヤツは一向に出てきやしねぇ。」
「いや、ヤツは来るよ。今はエサが弱まるのを待ってるんだよ。」
「エサ?俺達のことか?」
「そうだよ、誰だってご飯食べる時に怪我はしたくないでしょ?だから黒鯨は待ってる、私たちが戦えないぐらいフラフラになるのを。」
「一理あるな。で、それがそうだとして、お前はどうするつもりだ?」
「別に、私はただ待って、黒鯨が出てきた時に弾丸を撃ち込むだけ。引き金を一回引く元気があれば充分だよ。」
男共が大砲だのガトリング砲だの持ち込んでいるのに対して、少女は細長い銃を持っていた。
けれど武器よりも何より、ボロキレから見える彼女の鋭い眼光が、俺にはよっぽど恐ろしく同時に頼もしく見えた。




