第9話 あと一人なの
数日で、女神コレクションは一気に増えました。
結里ちゃんはククリヒメ(菊理媛)。
瀬奈ちゃんはセオリツヒメ(瀬織津姫)。
舞衣ちゃんはアマノウズメ(天宇受売命)。
実乃里ちゃんはオオゲツヒメ(大宜都比売)。
昼休み、放課後、移動教室の前。
咲良ちゃんは人のすき間を見つけるのがうまい。
「一分だけ!」
「判定女神だけでいいの!」
そう言われると、みんな少し笑ってしまいます。
笑うと、断る空気が弛んでいきます。
開放された女神が増えるほど、千歳のいる場所だけが目立っていきました。
咲良ちゃんは、まだそれに気づいていませんでした。
端にいるのは、千歳にとって嫌なことばかりではありません。
真ん中にいるより、よく見えるものがあります。
誰が無理に笑っているか。
誰が話を合わせているか。
誰が帰りたそうにしているか。
ただ、最初から端にいるのと、気づいたら端に押し出されているのは違います。
女神コレクションは十柱まで開きました。
芽衣ちゃんがカミムスヒ(神産巣日)。
香乃ちゃんがカグヤマビメ(香具山姫)。
安里ちゃんがハニヤスヒメ(埴安姫)。
「あと三柱!」
咲良ちゃんの声は明るいままでした。
咲良ちゃんは、次の候補を探し始めました。
「珠那、まだやってないよね」
「蘭にも聞いてみようよ」
「あと三柱ならいけるよね」
悪い声ではありません。
むしろ楽しそうな声でした。
珠那ちゃんはヌナカワヒメ(奴奈川姫)。
蘭ちゃんはアラハバキ(荒覇吐)。
二人の結果がシェアされると、灰色だった輪郭が二つ続けて色を持ちました。
未開放の女神は、あと一柱になりました。
女神が増えていくたび、画面はきれいになっていきます。
みんなも少し楽しそうになる。
それなのに、千歳だけが、その楽しさにうまく乗れない。
その時、千歳のスマホが一度だけ震えました。
通知は、女神占いからでした。
通知を開くと、ただの案内でした。
未開放の女神が残っています。
友達と一緒に、十三柱を集めましょう。
よくある自動通知です。
私が作った、よくある促し文です。
それなのに、千歳はすぐ画面を閉じました。
教室では、咲良ちゃんの声がまだ続いています。
明るくて、まっすぐで、変なところで強い。
咲良ちゃんのそういうところを、千歳は嫌いではありません。
だから困る。
千歳は鞄を持って、そっと教室を出ました。
そのまま向かったのは、図書室でした。
図書室は、千歳にとって避難場所でした。
逃げた、というほど大げさなものではありません。
ただ、教室に残っていると、咲良ちゃんの声が聞こえる。
嫌いな人に傷つけられるなら、「あの子が悪い」で済むかもしれません。
でも、好きな人の善意で少しずつ削られる時、人はどこへ怒ればいいのか分からない。
図書室の奥で、千歳は一冊の本を見つけました。
『日本の神さま』。
表紙には、コノハナサクヤヒメの名前がありました。
咲良ちゃんの女神です。
その隣に、岩の名前を持つ女神が並んでいました。
イワナガヒメ(磐長姫)。
千歳は、何となくその本を抜き取りました。
子ども向けの本です。
絵が多くて、文字は少ない。
だからこそ、逃げられなかった。
ある男が、花のように美しいコノハナサクヤヒメに一目惚れした。
姉妹の父、オオヤマツミ(大山祇神)は、姉のイワナガヒメも一緒に差し出した。
けれど姉は、送り返された。
醜いから。
千歳は、その言葉のところで手を止めました。
醜いから。
やわらかい絵の下に、ひどい意味の言葉が置かれていました。
コノハナサクヤヒメは、美しいから望まれた。
イワナガヒメは、醜いから返された。
本には、そう書かれていました。
でも、そのあとには別のことも書かれていました。
イワナガヒメは、岩のように永く続く命を表す女神だったのだと。
それなら、なぜ返されなければいけなかったのか。
醜い。
その言葉ひとつで、永く続くものまでいらないことにされたのか。
千歳は、自分の話だと思ったわけではないと思います。
でも、胸の奥が少し沈んだ。
咲良ちゃんは咲く子です。
笑うと人が集まる。
「やろうよ」と言えば、空気がそちらへ流れる。
千歳は、残るものを見てしまう子です。
誰かが落としたものを見つける。
言いかけてやめた言葉に気づく。
石ころの色の違いに気づく。
それは中心に立つ力ではありません。
かわいそう。
その一言で終わらせていい女神なのだろうか。
千歳は本を閉じました。
閉じたのに、頭の中では閉じられませんでした。
その時、スマホが震えます。
咲良ちゃんからでした。
「ちー、今どこ?」
続けて、もう一通。
「あと一人なの」
千歳は、閉じたばかりの本をもう一度開きました。
最後まで残っていた女神は、イワナガヒメでした。




