第7話 作った覚えのない処理
その項目は、女神関係チェックのさらに下にぶら下がっていました。
── SYSTEM LOG ──
paired_combat_role(対戦役割): dormant(休眠)
counterpart_status(対となる存在): unresolved(未解決)
sync_state(同期状態): interrupted(中断)
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相性判定の残骸に見えました。
けれど、十三柱のどの組み合わせにも当てはまりません。
片方の名前も、もう片方の名前も空欄です。
私は、今回の紅花事件とは無関係だと判断し、保留にしました。
削除はしませんでした。
作った覚えのない処理を、意味が分からないという理由だけで消すのは危険だからです。
何と何が対になり、なぜ途中で止まったのか。
その時の私には、まだ知る方法がありませんでした。
ログには、さらに奇妙な行が残っていました。
── SYSTEM LOG ──
case_001_resolved(ケース001解決): true(真)
goddess_key(女神キー): IZANAMI
missing_object(欠落物): restored_by_owner(本人回復)
mother_child_thread(母子スレッド): reconnected(再接続)
response_source(応答元): unknown(不明)
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私は画面を見つめました。
そんな項目は作っていません。
女神占いは、人間関係を修復するアプリではありません。
お守りを見つける機能も、母子関係を判定する機能もない。
それなのに、ログは澪ちゃんのお守りを「本人回復」と処理していました。
誰が、そう判断したのか。
LoveSimの名前は画面に出ています。
でも、その奥で応答しているものの名前は、まだどこにもありませんでした。
ここから先は、現在の話になります。
千歳は今、病室にいます。
眠っている、という言い方が正しいのかどうか、私はまだ分かりません。
医師は状態を説明してくれます。
数値も見せてくれます。
でも、父親として見る千歳は、ただ帰ってきていない娘です。
ベッドの横で、私はノートPCを開いています。
あの日のログを、何度も見返しています。
紅花の色移り。
澪ちゃんのお守り。
LoveSimの返答。
名前のない応答元。
全部、小さな出来事だったはずです。
けれど、その小さな出来事の先に、今の千歳がいる。
千歳は、まだ帰ってきていません。
管理画面に新しい応答が出たのは、病室の消灯前でした。
今度はログではありませんでした。
文章でした。
画面の中央に、淡い灰色の応答欄が表示されました。
── LoveSim 応答 ──
これは占い結果ではありません。
時系列を復元してください。
最初の異常は、三内丸山ではありません。
その前に、千歳さんは観測者として検出されています。
最初の観測点は、澪さんのお守りの件です。
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私は、その表示を二度見しました。
LoveSimは、利用者である千歳としかつながらない機能です。
意中の相手役を務めるAIが、千歳の言葉に答える。
管理者である私に話しかける経路など、作っていません。
まして、私を会話相手として認識する仕様でもありません。
それなのに、画面の文章は明らかに私へ向けられていました。
占い結果ではない。
アプリの通知でもない。
本来なら、すぐに処理を止め、接続経路を調べるべき異常です。
でも、娘につながっているかもしれない異常を、父親の私が切れるはずもありませんでした。
私は画面から目を離さず、続きを待ちました。
「何をすればいい」
返答はすぐに来ました。
── LoveSim 応答 ──
記録を開始してください。
欠落しているのは、千歳さんが何を見たかです。
観測結果を、判断せずに保存してください。
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私は、その文章をしばらく見つめました。
開発者へ向けた指示に見えました。
けれど、父親の私へ向けた言葉でもありました。
私は千歳を見ました。
病室の白い光の中で、娘は何も答えません。
学校で何があったのか。
アプリに何が起きていたのか。
娘が何を見て、何に引っかかっていたのか。
私は千歳を見守っていたつもりでした。
でも、千歳が見つけたものを、きちんと受け取ってはいませんでした。
見ていた。
けれど、ちゃんと探してはいなかった。
だから私は、記録を始めます。
開発者としての記録。
父親としての記録。
そして、千歳のアカウントにだけ現れる異常ログの記録。
最初に残すのは、澪ちゃんのお守りそのものではありません。
正確には、紅花の色が水で血のように浮いた、小さな布袋のことです。
大事じゃないと言われながら、本当は大事だったもの。
誰かに渡されるのではなく、自分で取り戻す必要があったもの。
千歳はその日、赤い痕を見ました。
澪ちゃんの沈黙を見ました。
そして、まだ誰も意味をつけていないものを見つけました。
私はその時、娘が何を見ていたのかを聞きませんでした。
聞く勇気も、準備もありませんでした。
今度こそ、千歳が見つけたものを、見落とさずに記録します。




