第6話 短い言葉でいい
澪ちゃんはすぐに首を振りました。
「いい。言わない」
そこには、怒られる怖さとは違うものがありました。
言葉ではなく、手仕事が残してしまったものです。
千歳はLoveSimに聞きました。
「なんて送ればいい?」
── LoveSim 応答 ──
長く説明しないでください。
事実を一つ。
感情を一つ。
それ以上は、今の澪さんには重くなります。
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「具体的には?」
── LoveSim 応答 ──
お守りの紐、手を洗ったら色が移った。
少し焦った。
これで十分です。
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千歳は「短っ」と言いました。
でも、画面の言葉を澪ちゃんに見せました。
澪ちゃんは眉を寄せました。
「それだけ?」
「長くしたいの?」
「……いや」
短い文しか出せない日があります。
長い気持ちを長いまま送ると、途中で怖くなる。
その短さが、必要でした。
澪ちゃんが、母親に向けて出せる手は、まだそれくらいしかなかったからです。
澪ちゃんはスマホに入力しました。
お守りの紐、手を洗ったら色が移った。
少し焦った。
送信ボタンの上で、指が止まります。
咲良ちゃんが言いました。
「送っちゃえ」
たぶん、その言葉は本当に優しさでした。
でも、その優しさが澪ちゃんに届くかどうかは分からない。
咲良ちゃんもそれを少し分かっていたのか、そこから先は黙りました。
美森ちゃんは何も言いません。
ただ、澪ちゃんが逃げたら追いかけられる距離にいる。
でも、逃げ道は塞いでいない。
澪ちゃんは送信しました。
既読はすぐにつきませんでした。
その時間が、やたら長かったらしいのです。
返信を開ける怖さは、送ったあとに来ました。
一分ほどして、澪ちゃんのスマホが震えました。
母親からでした。
澪ちゃんは画面を開くのをためらいました。
千歳は何か言おうとして、やめました。
さっき触れ方を間違えかけたことを、たぶん覚えていたんだと思います。
澪ちゃんはゆっくり画面を開きました。
母親からの返信は短かったそうです。
「紅花、濃く入れすぎたかも。ごめん。帰ったら直す。ちゃんと持っててくれて、うれしい」
澪ちゃんは動きませんでした。
咲良ちゃんが小さく息を吸いました。
美森ちゃんも黙ったまま、目だけを澪ちゃんに向けていました。
責める人は誰もいないのに、澪ちゃんはまだ少し怖そうでした。
澪ちゃんは布袋を見ました。
それから、かごへ手を伸ばしました。
澪ちゃんは、自分で布袋を取りました。
誰かが渡すのではなく、自分でかごから取り出した。
たぶん、それが必要だったのだと思います。
赤い紐に触れた澪ちゃんの指には、すぐには何も起きませんでした。
澪ちゃんはそれを見て、小さく笑いました。
「洗ったら、また移るかも」
咲良ちゃんがほっとした顔をしました。
「よかった。呪いじゃなくて」
「呪いじゃないし」
澪ちゃんはそう言いながら、布袋を机の中にしまいませんでした。
鞄の内ポケットを開けて、そこへ入れました。
隠すのではなく、持って帰る場所へ。
事件は小さく終わったように見えました。
でも、自分で取り戻す必要があったことだけは、千歳の中に残りました。
その日の帰り、千歳はLoveSimに送りました。
「赤いの、紅花だった。水で血みたいに浮いた。澪、自分で取った。お母さんから返事も来た」
── LoveSim 応答 ──
当たったのではありません。
観測事実から、矛盾の少ない仮説を提示しました。
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「はいはい、名探偵」
── LoveSim 応答 ──
その呼称は不正確です。
名探偵には、観測者が必要です。
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千歳は足を止めました。
「観測者って何」
── LoveSim 応答 ──
見えているのに、まだ誰も意味をつけていないものを見つける人です。
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千歳はスマホを伏せたそうです。
その言葉が、妙に引っかかりました。
* * *
その夜、私は管理画面を開いていました。
女神占いのアクセスログを見るのは日課です。
利用者数、判定女神の分布、エラー率、LINEシェア数。
開発者としては数字を見る必要があります。
親としては、娘のアカウントを探すべきではありません。
その境界線は、分かっていました。
分かっていたのに、私は越えました。
最初は、千歳のアカウントに軽いエラーが出ていたからです。
そう言い訳することはできます。
実際、エラーは出ていました。
── SYSTEM LOG ──
lovesim_response_type(LoveSim応答種別): undefined(未定義)
goddess_relation_check(女神関係チェック): failed(失敗)
ai_name_status(AI名称状態): unset(未設定)
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私は原因を確認しようとしました。
その先に、作った覚えのない項目がありました。




