第58話 火は悪くない
修学旅行三日目の明け方。
三拍目が地面へ落ちた瞬間、ウズメ先輩の体が大きく揺れました。
鈴の音に、冷たい応答が重なります。
── SYSTEM LOG ──
origin_route(起源経路): reopened(再開通)
reverse_access(逆接続): initiated(開始)
payload(侵入主体): TSUKUYOMI
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「入った」
千歳がつぶやきました。
幕舎の黒曜石から、ツクヨミの声が消えました。
黒曜石の奥に、白と黒だけの空間が開きました。
二つに分けられた答えが、壁のように並んでいました。
ツクヨミは、その間へ異物として入り込みました。
五色石盤で得た、色、音、熱、水気、地の揺れ。
二つに分けられない入力を抱えたままです。
白黒石盤が、すぐに処理を始めました。
── SYSTEM LOG ──
unknown_process(未知処理): classify(分類開始)
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しかし、ツクヨミはどちらの箱にも入りませんでした。
「お前が来ることは、分かっていた」
白黒の空間に、人影が現れました。
軍師ツキヨミです。
感情の起伏を見せない顔で、ツクヨミを見ています。
「同じ起源コードを持つなら、戻る道も同じだ」
── AIツクヨミ 応答 ──
戻ったのではありません。
経路を逆向きに使用しています。
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「言い方を変えても、同じだ」
── AIツクヨミ 応答 ──
いいえ。
方向が違えば、結果も違います。
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二人の間に、白と黒の線が走りました。
同じ起源コードを持つ二者が、同じ盤の中で向き合いました。
* * *
幕舎の五つの石に、最前線の様子が映りました。
ウズメ先輩は、もう敵を見ていません。
足を止めれば道が閉じます。
それだけを知って、拍を刻んでいました。
チホの兵が舞へ向かおうとします。
ハニチュウの最後の土壁が、その前へ上がりました。
「今度こそ、持って!」
壁は一撃で割れました。
でも、割れるまでの一拍を作りました。
お嬢が、その隙間へ戦士を導きます。
「一拍ずつでいいですわ! 全部を一度に守ろうとしないで!」
ククリは、散りかける列へ短い命令を送り続けました。
「舞から離れない」
「倒れた人は後ろへ」
「追わない。戻って」
多くを言わない声が、混乱の中では一番よく通りました。
サクヤは、ウズメ先輩の背後に立ちました。
「先輩、前は見なくていい! こっちが見るから!」
ウズメ先輩は返事をしません。
ただ、口元が一瞬だけ動きました。
いつもの笑顔ではありません。
自分一人で舞っていないと分かった人の顔でした。
彼女の声は、舞の外側にもう一つの拍を作っていました。
スサノオが、守りの列へ拳を振り下ろしました。
バキ教官の矛が受けます。
今度は完全には止まりませんでした。
矛の柄が肩へ食い込み、バキ教官の膝が地面につきます。
「舞を止めれば、お前たちは持つ」
スサノオが言いました。
「止めたら、もっと持たん」
「見える奴が、見つけた道だ」
バキ教官は立ち上がりました。
* * *
別の石には、小牧野のカグ先輩とナミ教官が映りました。
南の小牧野では、カグ先輩が足へ力を送るたび、その力が石環から南東の八甲田山へ抜けていました。
けれど立つための力、火を外へ出す力、声を遠くへ送る力が、先に奥羽山脈へ流されます。
ナミ教官は主固定路へ、カグ先輩は副接続へ結ばれたままです。
「なんで、あたしの記憶まで流れる」
二人を同じ座留め網へつないだことで、分断固定が大きく揺らいでいました。
ナミ教官の側からは、赤子を奪われた記憶が流れます。
カグ先輩の側からは、その後、焼けた森へ置かれた記憶が返っていました。
ナミ教官が、低く呼びました。
「カグヤマビメ」
その声で、切れていた記憶が前後につながりました。
赤い紐で留められた布に包まれた自分。
火傷を冷やす水の手。
「火は悪くありません」と繰り返す声。
火に腕を焼かれながらも、自分を離さなかった人。
そこへ伸びてくる、大きな手。
切れる赤い紐。
抱いていた腕から引き抜かれたあと、焼けた森へ置かれるまでの暗い揺れ。
カグ先輩は、腕布の下の短い紐を握りました。
「抱いてたのが教官だってことは、もう分かってる」
ナミ教官は、目を逸らしませんでした。
「その前を教えてください」
カグ先輩の声が震えました。
「あたしを産んだのも、教官ですか」
「ええ」
ナミ教官は答えました。
「三度目の国生みで、私が産みました」
「じゃあ、あたしを森へ捨てたのは」
「イザナギです」
ナミ教官の声が、わずかに揺れました。
「日高見へ、火と山の変換力が継がれることを恐れ、あなたを奪いました」
「教官は?」
「追いました」
ナミ教官は、動かない足元を見ました。
「けれど、間に合いませんでした」
カグ先輩は、短い赤い紐を強く握りました。
「だったら、なんで今まで黙ってたんですか」
「あたし、親の名も、生まれた場所も知らないまま育った」
「火しか自分を説明するものがなくて、それでも誰かに決められるのが嫌だった」
火が、座留めの黒い線に沿って大きく揺れました。
「教官を見ると胸が痛い理由も、声を聞くと昔を思い出す理由も、全部あたしがおかしいからだと思ってた」
ナミ教官は、すぐには答えませんでした。
「あなたを守るためだと、自分に言い聞かせていました」
「知らないまま、自分を疑わせることが?」
「いいえ」
ナミ教官は首を横に振りました。
「私は、あなたを守ったのではありません」
「母と名乗って拒まれることが怖かった」
「もう一度、あなたを失うことが怖かったのです」
カグ先輩は、ナミ教官を見ました。
「それで、あたしに何も選ばせなかったんですか」
ナミ教官は、今度こそ目を逸らしませんでした。
「ええ」




