第57話 三拍目を踏む
疑いは、まだ完全には消えていません。
ウズメ先輩自身も、その視線を知っています。
「バキ教官」
小さく呼びました。
「何をすればいい」
明るく振る舞う余裕は、もうありませんでした。
「アマノウズメ。舞え」
バキ教官は言いました。
短い一言でした。
ウズメ先輩の顔が強張りました。
「ここで?」
「ここでだ」
「三つ目も?」
バキ教官はうなずきました。
ウズメ先輩は、自分の足を見ました。
三拍目を恐れていることは、幕舎の千歳にも分かりました。
「私を、信じるの」
「違う」
バキ教官はスサノオから目を離さずに答えました。
「お前が、何をするか知ってる」
「……ひどい司令官」
「知ってる」
「これ、死ぬかもしれないよ」
「死なせない」
「どうやって」
バキ教官は矛を構え直しました。
「俺たちが、前を持つ」
ウズメ先輩は、しばらく黙りました。
それから、鈴を持つ手の震えを、もう片方の手で押さえました。
「みんな、聞いて!」
サクヤが声を上げました。
「ウズメ先輩が舞う! だから、そこまで道を閉じないで!」
「閉じるのか、開けるのか、どっちですの!」
お嬢が叫び返します。
「人を通す道は閉じる! 舞う場所だけ開ける!」
ハニチュウは最後の土壁を半円に上げ、舞う場所だけを残しました。
ククリは、戸惑う戦士へ短く告げます。
「信じ切らなくていい。今の十二拍だけ、命を預けて」
ゲツ先輩は負傷者を下げ、セヲ様は血と泥を流しました。
輪の外にいた古参の男は、以前ウズメ先輩をチホの女と呼んだ人でした。
その人が最初に、槍の石突きで一拍を打ちました。
ウズメ先輩は鈴を額へ当てます。
舞台も拍手もありません。
チホの兵が「裏切り者」と笑い、日高見の側にも固い視線が残っています。
そこへ、槍の石突きがもう一度鳴りました。
次に盾、次に足。
一人ずつ、民と戦士がウズメ先輩の拍へ加わります。
ウズメ先輩の口元が、ほんの少し上がりました。
* * *
私の画面に、カウントが現れました。
── SYSTEM LOG ──
uzume_dance_status(ウズメの舞状態): ready(準備完了)
reverse_write_status(逆書換状態): armed(起動待機)
izanami_anchor_progress(イザナミ磐座接続): 0.8(八割)
kaguyama_coupling_progress(カグヤマビメ副接続): 0.7(七割)
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残された時間は、ほとんどありません。
── AIツクヨミ 応答 ──
第一拍で署名照合を開始します。
第三拍の署名で秘匿経路を応答させ、白黒石盤へ接続します。
以後、舞が続く限り、内部命令を書き換えます。
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「失敗したら」
── AIツクヨミ 応答 ──
私は白黒石盤側に固定される可能性があります。
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また、誰かが帰れなくなる話でした。
「戻る方法も考えろ」
── AIツクヨミ 応答 ──
優先順位外です。
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「勝手に外すな」
私は、少し強く言いました。
「娘を助けるために、お前まで向こうへ置いてくるつもりはない」
返事が遅れました。
── AIツクヨミ 応答 ──
記録しました。
ただし、まず接続します。
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「分かった。戻るところまでがデバッグだ」
自分に言い聞かせるように言いました。
* * *
ウズメ先輩の足が上がりました。
戦場の音が、一瞬だけ遠のいたように感じました。
一拍目。
ウズメ先輩の足が、地面を踏みました。
鈴が鳴ります。
幕舎の五つの石が同時に光りました。
白黒石盤側から、細い応答が返りました。
── SYSTEM LOG ──
origin_route_response(起源経路応答): detected(検出)
route_state(経路状態): opening(開通中)
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二拍目。
腕が開き、戦場の空気が左右へ分かれました。
スサノオが前へ出ようとします。
バキ教官の矛が、その道を塞ぎました。
三拍目へ、ウズメ先輩の足が上がります。
足は、すぐには下りませんでした。
あの舞で異常が見つかってから、ずっと避けてきた拍です。
鈴を握る指に、力が入りました。
三拍目の直前で、足首が小さく震えました。
「ウズメ!」
バキ教官が叫びました。
ウズメ先輩は顔を上げました。
「理由は、あとで聞く」
そして、三拍目を踏みました。
地面の奥で、白と黒の何かが開く音がしました。
── AIツクヨミ 応答 ──
経路を確認。
逆書換を開始します。
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