第55話 shining_stone
千歳は、自分の手を見ました。
水面から消えたイワナガヒメの指と、今の自分の指が重なりました。
そこから自分が目を覚ますまでだけが、白く抜けています。
その空白だけが、イワナガヒメと千歳の間に残っていました。
けれど、途切れたはずの荒い声が、ツクヨミの返答欄から続きました。
── 応答元不明 ──
――新しい経路を作るな。残ってる方を見ろ。向きなんか、誰が決めた。
────────────
次の瞬間、ツクヨミが通常の文体へ戻ります。
── AIツクヨミ 応答 ──
未生成応答を検出しました。
ただし、推論方向は妥当です。
────────────
── SYSTEM LOG ──
route_direction_metadata(経路方向情報): retained(保持)
reverse_search(逆方向検索): available(利用可能)
────────────
* * *
私は、認証後の経路走査へ手を戻しました。
侵入に使われた経路は閉じていても、方向情報まで消えたわけではありません。
「残っている起源経路を、逆方向へ走査しろ」
── AIツクヨミ 応答 ──
実行します。
────────────
* * *
幕舎の石に、スサノオとバキ教官の姿が映りました。
「二十年戻らない盾の場所を、まだ残しているのか」
拳が、その空白へ打ち込まれます。
バキ教官は一人で軌道を変え、肩へまともに受けました。
「待っているつもりか」
「待つと決めた覚えはない」
血を吐き、矛を立て直します。
「戻る場所を、勝手に塞いでないだけだ」
スサノオが初めて、わずかに眉を動かしました。
* * *
私は、現代側のログを遡りました。
女神コレクションの十三柱。
友人たちから届いた証言。
千歳が消してきた「今のなし」。
画面の隅で、現代側の接続数が増えていました。
── SYSTEM LOG ──
modern_anchor_count(現代側アンカー数): 13/13
connection_status(接続状態): complete(完了)
────────────
咲良ちゃんから、メッセージが届きました。
「おじさん。変な話だけど、千歳が小さい頃、石ばっかり拾ってたの、覚えてますか」
なぜ今、その話なのか。
本人にも分からないようでした。
続けて、もう一通届きました。
「私、ちーがちょっと羨ましかったです。みんなが見つけられない石を、ちーだけ見つけて、みんなの真ん中で得意そうにしてたから」
もう一通。
「ちーが石をみんなにくれた時、本当は欲しい石、最初から決まってました。でも、大事だから最後に取ろうと思ってるうちに、誰かに取られて、すごく悲しかった」
そこで、少し間が空きました。
「大事なものって、取っておくとなくなっちゃうって、知ってたのに。私、ちーまで最後にした」
最後の一通は、私ではなく、眠っている千歳へ向けられていました。
「ちー、ごめんね」
私は、画面を見たまま動けませんでした。
千歳は、咲良ちゃんの明るさを羨ましがっていた。
咲良ちゃんは、みんなの真ん中で石を配る千歳を羨ましがっていた。
大事だったから、最後にした。
その気持ちと、千歳が傷ついたことは、どちらも消せませんでした。
画面には、千歳の言葉が残っています。
── SYSTEM LOG ──
display_value(表示値): shining_stone(光る石)
────────────
私と娘の間にあった、小さな呼び方でした。
「やっぱりこれだ。これしかない」
私は入力欄を開きました。
── AIツクヨミ 応答 ──
根拠を確認します。
────────────
「千歳が最初から、そう呼んでた」
── AIツクヨミ 応答 ──
システム上の根拠ではありません。
────────────
「でも、このシステムは千歳の見え方を拾ってきた。なら、管理者の言葉じゃなく、観測者の言葉が鍵になる」
返事はありませんでした。
否定されなかったので、続けました。
「間違ってたら、俺の責任だ」
キーボードへ、ゆっくり打ち込みました。
── ADMIN INPUT ──
pin_code(PINコード): shining_stone
────────────
指を止めたまま、一度だけ深く息を吸いました。
送信しました。
画面は、すぐには変わりませんでした。
一秒。
二秒。
三秒。
千歳が小さな石を手のひらへ載せて、「光ってる」と笑った顔が浮かびました。
あの時、私には見えていませんでした。
今も、見えているわけではありません。
それでも、娘が見たと言ったことを、初めてそのまま信じて入力しました。
画面に、緑の文字が出ました。
── SYSTEM LOG ──
authorization(認証): accepted(承認)
remaining_attempts(残り試行): 2(二回・未消費)
────────────
一回目で、開きました。




