↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/66

第45話 赦しではなく、役目を

バキ教官が空いた左側から目を戻した時、南の外縁で警戒の火が上がりました。


一つではありません。

間を置かず、東寄りの見張り台でも、二つ目の火が上がります。


すぐに伝令が駆け込んできました。

「南の道に武装した集団が入っています。守りの厚い村には近づかず、伝令路を北へ進んでいます」


続いて、別の伝令が息を切らして入ってきました。

「女神候補が外で鍛錬する線にも、複数の影を確認しました。村を襲う動きではありません」


バキ教官は、地面へ地図を広げさせました。


小牧野。

外縁からアカデミーへ続く伝令路。

新入生たちが実地鍛錬に使う道。


報告のあった場所へ石を置くと、小牧野で座留めが進む一方、伝令路と鍛錬線を北上する二本の動きが、女神アカデミーへ向かっていました。

「小牧野だけを狙ったものではありませんね」

カミムスヒが、座留めを示す石の横へ指を置きました。


「イザナミを八甲田山へ固定し、日高見の盾を外す。同じ時刻に伝令路を切り、次の女神たちへ向かう」

座留めが起動した直後に、南の部隊も動き始めています。

偶然ではありませんでした。


小牧野でイザナミを固定する。

伝令路を切る。

鍛錬線から女神アカデミーへ進む。

土地と、情報と、次の世代を、同時に奪うための配置です。


「村を取る戦ではありません」

カミムスヒが言いました。

「日高見が、自分で判断できなくなるようにする戦です」


その言葉が届いた時、武器庫の扉が開かれました。

誰かが命じるより先に、古参の戦士たちは武器を取り始めていました。


小牧野と聞いた者の中には、顔色を変える者もいました。


二十年前まで、アラハバキの矛が開けた道を、イザナミの盾が閉じていた。


今度は、その盾を山へ縛り、敵の境界を引くために使おうとしているのです。


「追えば、アカデミーが空く」

バキ教官は地図から目を離しません。


「追わなければ、ナミが奥羽へ固定される」

どちらも日高見を失う選択でした。


一人を追う者ではなく、全域を残す司令官でいることを、バキ教官はまた選ばされていました。


左の半歩は、空いたままでした。


「なら、あたしが行く」

カグ先輩が言いました。

腕の短い赤い紐は、南へ引かれるたび熱を持ちます。


「待て。小牧野は救出者まで固定路へ取り込む」


「それでも、あの声を知ってる」

自分でも意味を説明できない言葉でした。

親を知らず、自分の始まりを知らないカグ先輩にとって、初めて過去が指した方角でした。


バキ教官がカグ先輩を止めたのは、弱いと思ったからではありません。

同じ固定路へ、二人目を渡さないためでした。

外縁から、もう一度角笛が鳴りました。

バキ教官が振り向いた、その一瞬でした。


カグ先輩は地を蹴り、小牧野へ続く南の道を走り出しました。


「カグ先輩!」

千歳が追おうとしましたが、バキ教官の腕に止められました。


「行くな」

「でも、一人です!」

「分かってる」


その声には、怒りよりも苦さがありました。

今ここからさらに人を出せば、外縁が割れます。

カグ先輩を追うための一人が、前線では十人分の穴になる状況でした。

バキ教官は拳を握り、命じました。


「幕舎を立てろ。全線をつなぐ」


夜が深くなるまでに、前線北側の新城付近へ主幕舎が立ちました。

バキ教官とカミムスヒは、新城へ移りました。

座留めの線を読み取れる千歳も、ナミ教官が残した赤い紐を持ち、観測役として同行しました。


女神アカデミーの前庭には、全線の報告を受ける後方幕舎が急ごしらえで組まれました。


主幕舎の地面へ広げられた布には、外縁の村、川、山道、補給路が描かれていました。


伝令が入るたび、石の位置が動かされました。

バキ教官は、その中央に立ちました。


「東の線を半歩下げろ。北東は捨てるな。逃げ道を一つ残せ。負傷者は女神アカデミーへ運べ」


一つの命令が、次の命令へつながります。


前線配置を決めるため、アカデミーから呼ばれた女神たちも、主幕舎へ集まり始めていました。


「わたしも前へ出ます」

最初に申し出たのは、ウズメ先輩でした。


幕舎の空気が止まりました。

チホ出身のウズメ先輩が、自ら最前線を申し出たからです。

千歳の頭には、その舞の三拍目に残る冷たい通過痕も浮かびました。


ウズメ先輩は、鈴を握ったまま言いました。


「向こうにいた頃、イザナミを連れ去る話を聞いたことがある。全部じゃない。脅しだと思った。本当にやるとは思わなかった」

これまで隠していたことを、初めて自分から口にしました。


誰も急かしませんでした。告白した言葉が、幕舎の全員へ届くまで待ちました。


「なぜ報告しなかった」

古参の戦士が低く聞きました。


「言えば、やっぱりチホの人間だって言われると思った。ここを追い出されて、向こうへ戻されるのが怖かった」


「だから、こちらは何も知らずに迎えた」

「分かってる」

ウズメ先輩は、笑いませんでした。

悪意はありませんでした。

けれど、報告しなかった責任は残ります。


一人の戦士が、彼女の隣から半歩離れました。

その動きを見ても、ウズメ先輩は言い訳を足しませんでした。


「不信を消せるとは思ってない。ただ、向こうの足運びと太鼓は分かる。使って」


千歳には、その半歩が、これまで積み重なった年月の長さに見えました。


カミムスヒが、声を張らずに場を止めました。


「報告しなかった責任は、戦の後に扱います。今ここで、なかったことにはしません」


バキ教官も、ウズメ先輩を赦すとは言いませんでした。

「責任は後で問う。今は、お前しか知らないものを使え」


「疑われるよ」


「もう疑われてる」

「だったら、役に立ってから疑われたい」

ウズメ先輩は、ようやくいつもの言葉を口にしました。

けれど笑顔は戻りません。


「最前線へ行け」

命令を受け、チホを知る女神が、日高見の前線へ走りました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。