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第46話 女神たちの持ち場

持ち場は、それぞれの性質そのもので決まりました。


セヲ様は水場と治療線を浄め、傷と恐怖の濁りを流す。

ゲツ先輩は食料を数え、空腹と体力から後送の順を決める。

ヤマ先輩は山道へ入り、退路を一本も塞がせない。

ウズメ先輩は、敵の太鼓と前線の拍を読む。

カグ先輩だけは配置を待たず、ナミ教官を追って南へ走っていました。


サクヤは声が消えそうな場所を咲かせ、ククリは伝令を短い言葉へ結び直す。

ハニチュウは土壁、お嬢は翡翠の交易路を補給線へ変えました。

千歳には、どこが先に割れるかを見る役目が残りました。


アカデミーで学んだ違いが、そのまま戦場の配置へ変わりました。


* * *


主幕舎には、女神アカデミーの五色石盤とつながる観測用の石が、一つ置かれていました。

千歳がナミ教官の赤い紐をその石へ重ねると、南へ走るカグ先輩の感覚が、断片的に流れ込んできました。


焦げた匂い。

頬へ触れる赤い紐。

火傷を冷やす、ひやりとした手。

「火は悪くありません。出口を作ります」

顔だけが、いつも見えませんでした。


どれも、カグ先輩の中に幼い頃から残っていた断片です。

何度思い出しても、同じところがぼやけていました。


誰が自分を抱いていたのか。

赤い紐が、なぜ短く切れているのか。

そこだけが見えません。


やがて、カグ先輩は小牧野へたどり着きました。


環状列石は、すべて先端を中心へ向けています。

円の中心には、ナミ教官が膝をついていました。

ナミ教官が立ち上がろうとするたび、足へ送った力が地面へ抜け、八甲田山へ吸われます。

そこからさらに南へ、峰から峰へ黒い光が走っていました。


「来てはいけません」


「助けに来た」

カグ先輩は円の中へ足を踏み入れました。


「来れば、あなたの火まで使われます」

「使われる前に、切る」

カグ先輩は石へ手を当てました。


「今、固定路を切る」

火を流した瞬間、足元の座留め印が、白と黒に一度だけ明滅しました。

火を、守るものか壊すものか。

どちらか一方へ押し込もうとするような光でした。


次の瞬間、カグ先輩の火は、固定路を切るのではなく、奥羽山脈へ向かう第二の線へ取り込まれました。


足元の石から黒い線が伸び、カグ先輩の動作と火力を、小牧野の円へ結びます。

地面へ流れ込んだ火が、黒い線を太くしました。

ナミ教官の身体が、もう一段深く地面へ引かれます。


「違う。止まれ」

カグ先輩は火を引き戻そうとしました。

けれど火は輪の外側で折れ、八甲田山へ吸われていきます。

カグ先輩の足元から伸びた黒い線が、ナミ教官の足元の線へ噛み合いました。


座留め印が脈打つたび、腕布の下にある短い赤い紐も、同じ拍で熱を返しました。

「あたしの火を、土地の印に使ってるのか」


次の一歩では、膝から力が抜けました。

それでもカグ先輩は、火を引き戻そうとします。

ナミ教官を助けるために流した火が、ナミ教官をさらに深く座留めへ沈めていました。

「教官、ごめん。あたしの火が――」


「火は悪くありません」

ナミ教官は、地面へ引かれる身体を支えながら言いました。

「出口を作ります」


座留め印と赤い紐が、同時に強く脈打ちました。


その言葉が、カグ先輩の中に残っていた断片へ重なります。

記憶の続きが現れたのではありません。


何度も見ていた、引き離された一瞬。

そのぼやけだけが消えました。


幼い自分の身体から、火があふれていました。

その火に腕を焼かれながらも、自分を抱き締めている人がいます。


冷たい手が、火傷へ触れました。

『火は悪くありません』


反対側から、大きな手が伸びてきます。


幼い身体が、抱いていた腕から引き抜かれました。

胸元を留めていた赤い紐が、強く張ります。


抱いていた人は、最後まで紐を離そうとしませんでした。

『出口を作ります』

赤い紐が、途中で切れました。


その人の腕から、自分の身体が引き離されていきます。


最後まで自分を離すまいとしていた人の顔が、初めて見えました。


今、円の中心で同じ言葉を口にした、ナミ教官でした。

「……あたしを抱いてたの、教官だったのか」


ナミ教官は答えませんでした。

けれど、その目は否定しませんでした。


抱いていた人は分かりました。

けれど、なぜナミ教官が自分を抱いていたのか。

なぜ引き離されたのかまでは、まだ見えませんでした。


カグ先輩はもう一度、火を引き戻そうとしました。

火は戻りません。


ナミ教官を助けようとした力が、ナミ教官を封じる線をさらに太くしていました。


* * *


私の画面では、二人は別の役割として表示されました。


── SYSTEM LOG ──

primary_seat_lock_target(主座留め対象): IZANAMI(イザナミ)

primary_lock_progress(主座留め進行): rising(上昇)

secondary_coupling(副接続): KAGUYAMA_BIME(カグヤマビメ)

secondary_fire_output(副火力出力): rising(上昇)

control_site(制御地点): KOMAKINO_STONE_CIRCLE(小牧野環状列石)

primary_anchor(主要固定先): HAKKODA_MOUNTAIN(八甲田山)

iwakura_network(磐座網): OU_MOUNTAIN_RANGE(奥羽山脈)

territory_rewrite_target(領域書換対象): HIDAKAMI_TERRITORY(東日本・日高見圏)

rewrite_rate(書換速度): accelerating(加速)

────────────


primary_lock_progressの値が上がるたび、地図上の日高見圏が黒く塗り替えられていきました。

さらに、secondary_fire_outputが上がると、rewrite_rateも加速します。


イザナミを留めるだけではありません。

カグヤマビメの火まで、領域を書き換える力として使われていました。


千歳の接続記録に残った警戒火と伝令の時刻を重ねると、座留めの開始と、南からの侵攻開始は、ほぼ同時でした。

伝令が示した進路を地図へ重ねます。

外縁から女神アカデミーへ進む軍の線と、小牧野から奥羽山脈へ伸びる黒い線は、別の方向へ走っていました。


けれど、狙いは同じです。

日高見が判断する中心を切り離すことでした。


私は、大森勝山のログを隣へ並べました。

アンジュヒメの座留めでは、岩木山へ一本の線が伸びていました。


今回は、八甲田山から奥羽の峰ごとに線が枝分かれしています。

書換対象は、HIDAKAMI_TERRITORY。


その枝の一本へ、カグヤマビメの火力が上乗せされていました。


同時に、赤い紐の照合ログが点滅しました。


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