↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/66

第42話 祀ること、留めること

セヲ様が祓いの水を流すと、アンジュの呼吸は少し楽になりました。

けれど固定経路は消えません。


「祓えるのは濁りだけ。これは村の祈りと石の配置で維持されてる」


ゲツ先輩は木の実を差し出しました。

「供物じゃなくて、おすそ分け」

アンジュは木の実を見てから、自分で手を伸ばしました。


村人の一人が供物の皿へ戻そうとすると、ゲツ先輩がその手を軽く止めます。

「これは、アンジュが食べる分」

アンジュは一口かじり、目を閉じました。

「……ありがとう。こんな風に言われたのは、久しぶりです」


そのとき、祭祀場の外側で、村の男たちが立ち話をしているのが聞こえました。

千歳はサクヤと顔を見合わせ、そっと耳をすませました。

「今の女神様は、大人しくていい。座留め前は、うるさかったからな」

「うるさいっていうか……前は、村の決め事に口を出しすぎた。女神なら女神らしく、座っていてくれた方が、こっちも都合がいい」

「チホの連中が言ってたな。動く女神は、村を乱す。祀られる女神は、村を守る、って」

「それも一理あるかもしれん」


そこへ、若い男が一人、割って入りました。

「爺さんたち、それ、本気で言ってるのか」

「なんだ、お前は」

「俺は、座留めされる前のこの人に世話になった。この人が村の決め事に口を出したのは、うるさかったからじゃない。この人でなきゃ気づけないことが、あったからだ」


若い男は、悔しそうに言葉を続けました。

「今の静かな暮らしが悪いとは言わない。でも、それを『女神様が大人しくなったおかげ』みたいに言うのは、俺は違うと思う」

年老いた男たちは、気まずそうに顔を見合わせ、それ以上は何も言いませんでした。

若い男は、それだけ言うと、足早にその場を離れていきました。

千歳は、少しだけ救われた気持ちで、足早に去る若い男の背中を見送りました。


石の輪の外から、カグ先輩が低く言いました。

「動けなくした奴を、守ったとは言わねえ」

村人が振り返ります。

「怖いなら怖いと言え。守ってほしいなら頼め。本人の声を聞かないで、大切だから座ってろに変えるな」


村人の視線が、初めてアンジュの顔へ向きました。


千歳はアンジュへ聞きました。

「ここにいたいと思っていますか」


アンジュは長く考えました。

「分かりません。動く感覚を、長く使っていませんから」

風が変わると、遠くへ行きたかった自分を思い出すことがある。

それだけを話しました。


千歳は石を動かそうとしましたが、ナミ教官に手を止められました。

「今、壊せば、この村の水と道も一緒に切れます」

千歳は手を引きました。水路の向こうで、子どもが桶を満たしていました。


出立の前、ゲツ先輩は包みを開き、残っていた木の実をアンジュの手のひらへ載せました。

「次に来るまで、食べたい時に食べて」

アンジュは木の実を膝の横へ置き、その上に手を添えました。


村人が供物台へ移そうとすると、アンジュは初めて首を横に振りました。

その手が止まりました。


一行が村を出ようとした時、アンジュはナミ教官を呼び止めました。

「次は、あなたが座らされます」


ナミ教官の赤い紐が、風もないのに南へ引かれました。


セヲ様が水の流れを探ります。

岩木山では止まりません。

さらに大きな山筋へ、空の固定先が準備されています。


ナミ教官は、南を見たまま動きませんでした。


村の境を越える前、千歳はもう一度だけ振り返りました。

アンジュは、木の実を手にしたまま、こちらを見ていました。

声は聞こえませんでしたが、その口が、小さく動いた気がしました。


ありがとう、と言っているように、千歳には見えました。


帰り道、誰も、あまり口を利きませんでした。


セヲ様は珍しく黙ったまま歩き、ゲツ先輩は空になった包みを、少し名残惜しそうに見つめていました。


サクヤだけが、時々、千歳の顔をうかがうように見ていました。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「うん……ちょっと、考えてた」

千歳は、ぽつりと言いました。


「祀られるのと、留め置かれるのって、外から見たら同じに見えるんだなって」

「うん」

「見た目が同じだから、余計に、気づきにくい」

サクヤは何も言わず、ただ小さくうなずきました。


二人はしばらく、無言のまま並んで歩きました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。