↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/66

第41話 動けない女神

現代では、修学旅行二日目の午後になっていました。


病院の窓から見える青森の空は明るいままです。


* * *


千歳がいる世界では、同期のずれによって、さらに何日かが過ぎていました。


その朝、ナミ教官が新入生と上級生数名を集めました。

「境界に近い村へ行きます」

同行するのは、千歳、サクヤ、セヲ様、ゲツ先輩、カグ先輩。

詳しい説明はありません。

ナミ教官は褪せた赤い紐を確かめると、朝霧の道を先頭に立って歩き始めました。


千歳は、説明より、その指がいつもより強く結び目を押さえたことを覚えました。


「線はありません。ただ、空気が変わる場所があります。今日、あなたたちにはそれを、肌で覚えてもらいます」


道の途中、サクヤが小さく肩を寄せてきました。

「お姉ちゃん、この前の男の人たちの話、覚えてる?」

「見極めの儀のこと、賛成してた人たち?」

「うん。あの話、境界の村の方が、もっと濃いんだって。ゲツ先輩が言ってた」

先を歩いていたゲツ先輩が振り返り、いつもの緩い声で言いました。

「境界の村ってね、日高見とチホ、両方の考え方が、混ざって流れ着く場所なの。悪いものだけが流れ着くわけじゃないけど……薄まらずに残っちゃうものも、あるのよね」


セヲ様が扇のように手を軽く振りました。

「濁った水は、流れが緩いところに溜まるものよ。悪いことじゃないけど、注意はいる」

村へ入る直前、道脇の水場で子どもが転び、濁った水へ手をつきました。


セヲ様は誰より早く膝をつき、傷へ指をかざします。

青白い流れが、泥と痛みだけを薄く連れ去りました。


「見惚れるのは許すわ。けれど、泣いている子を放っておくのは許さない」


自分の美しさを隠す気はないのに、癒やす時だけ視線を子どもへ戻す人でした。

立ち上がると、今度は水場全体の濁りを一筋に集め、村の外へ流します。

女王様のような言葉と、祓いの細やかさが、同じ人の中にありました。

子どもが泣き止むと、セヲ様は当然のように髪を整え、先頭へ戻りました。


石の多い坂を上ると、岩木山を背にした村が見えました。

斜面には石が輪になって並び、その中心へ供物が積まれています。


「きれい」

サクヤが言いました。

千歳は返事をしませんでした。


輪の石が、全部同じ向きで中心を見ていたからです。

外へ向いた石が、一つもありません。

石の配置だけで、歓迎より先に、逃がさない意思が見えました。


中心には、アンジュヒメ(安寿姫)が座っていました。

女神たちは、アンジュと呼んでいました。

その横顔を見た瞬間、転生の途中で見た五色石盤の女神が重なりました。

けれど断片の顔は白い光で切れていて、同じ人だとは断定できませんでした。


村人たちはアンジュの髪を丁寧に整え、食べ物と織物を捧げます。

大切にされているように見えました。


けれどアンジュが立とうとすると、膝へ入れた力だけが石の輪へ吸われます。

立つための力が、先に岩木山へ運ばれてしまうのです。

アンジュはまた座り、村人は安心したように頭を下げました。

異常が穏やかな景色に隠れていました。


千歳は輪の石へ触れました。

冷たさが指から輪の中心へ吸われ、そのまま岩木山の方へ抜けます。


「これ、声を外へ通す石じゃない。出ようとする声を、同じ場所へ戻してる」


ナミ教官はうなずきました。

「向きが変えられています」


アンジュがもう一度腰を浮かせると、内向きの石が一つ鳴り、膝から力が抜けました。

「よくいらっしゃいました」

アンジュは、ナミ教官たちを一人ずつ見ました。

「あなた方なら、わたくしの名を忘れていないと思っていました」

「忘れていません」

ナミ教官は即答しました。


「東の水路で、わたくしの衣を泥だらけにしたことも、覚えているわ」セヲ様が言いました。

「冬越しの木の実、味見で半分にしたよね」ゲツ先輩が笑います。

「あれは、保存状態の確認です」アンジュの口元が、ほんの少しほどけました。


それでも、石の向きは変わりません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。