第4話 赤を怖さから分ける
千歳は画面をにらみました。
「怖さから分離って何」
── LoveSim 応答 ──
観測事実を分けます。
一、痛みがない。
二、傷がない。
三、赤い痕は指に限られている。
四、三人とも水に触れたあとで気づいている。
五、澪さんだけ、赤い痕が現れるたびに目を伏せています。
推測、澪さんには赤い痕への心当たりがある可能性があります。
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「澪を疑えってこと?」
── LoveSim 応答 ──
いいえ。
疑う対象は人ではありません。
接触経路と発色条件です。
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AIにそう言われると、少しだけ落ち着くから不思議です。
呪いでも、偶然でもない。
誰かが悪いと決める前に、何が起きたかを分ける。
AIは、怖さを少しずつ切り離し始めていました。
千歳は、保健室前の廊下で三人の指を見ました。
三人とも、赤い痕の出方が少しずつ違いました。
人差し指、親指の腹、小指の側面。
けれど共通点はありました。
どれも、血に見えなくもないのに、傷がないことです。
「血じゃない」
千歳が言うと、咲良ちゃんが少しだけ笑いました。
「それは見れば分かるよ」
でも千歳は、そういう意味で言ったのではありません。
赤い色が、体から出たものではない。
外からついて、乾いている時は見えにくく、水に触れてから浮いた。
しかも、触った場所によって濃さが違う。
血ではなく、あとから浮いた赤い痕。
そこから、話は少しずつ変わり始めました。
AIは、千歳に候補を一つずつ消させました。
── LoveSim 応答 ──
石けん、水道、給食、ペン、プリント。
三人全員に共通するものを確認してください。
ただし今回は「赤い痕に気づく直前」ではなく「手を洗う前」に触ったものを確認してください。
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千歳はぶつぶつ言いながら、咲良ちゃんたちに聞いて回りました。
石けんは違う。
水道も違う。
全員が同じ蛇口ではありません。
給食も違う。
まだ昼前です。
ペンも違う。
プリントは触っているけれど、クラス全員が触っています。
「じゃあ、何が残るの」
千歳が打つと、AIの返事は一拍遅れました。
── LoveSim 応答 ──
残るのは、手洗い前の行動です。
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AIは、答えに手をかけていました。
三人の行動をたどると、妙なことが分かりました。
最初の子は、ホームルームのあと、忘れ物のかごを少し横へずらしていました。
咲良ちゃんは澪ちゃんにプリントを渡す時、そのかごに手をついていました。
三人目は、落ちた消しゴムを拾う時、同じかごのふちに触れていました。
そしてそのあと、手を洗って血のような痕に気づいている。
「机じゃない。かご?」
千歳が言うと、澪ちゃんは黙っていました。
赤い痕は、ひとつの場所へ戻っていきました。
忘れ物のかごは、教室の端に置かれていました。
中には、朝のホームルームで先生が言っていたものが、だいたいそのまま入っていました。
体操着、水筒、名前のないハンカチ、小さな布袋。
千歳はそこで、やっと朝の話を思い出しました。
先生の声に混ざって流れていった、どうでもよさそうな忘れ物の一つ。
体操着や水筒と同じ高さで読み上げられた、何の変哲もないもの。
小さな布袋。
その布袋の赤い紐の先が、かごのふちに挟まっていました。
かごのふちに何度もこすれたらしく、触れていた部分だけが薄く赤く染まっていたのです。
千歳は、布袋そのものよりも紐を見ました。
新品の赤ではありません。
少しくすんでいて、でも芯のところだけ妙に濃い。
何かが何度も染み込んで、乾いて、また染み込んだような色でした。
乾いている時は、ただの古い紐です。
でも、そこに触れたあとで水に触れたら。
血のような赤い痕が、指に浮くかもしれない。
千歳は、かごの中の布袋を指さしました。
「これ、誰の?」
咲良ちゃんが首をかしげました。
「朝、先生が言ってたやつ?」
その言葉で、澪ちゃんの肩がほんの少しだけ揺れました。
誰も気にしていなかった小さな布袋が、ようやく教室の真ん中に出てきました。
「それ、澪の?」
咲良ちゃんが聞きました。
澪ちゃんはすぐには答えませんでした。




