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第34話 舞う女神

次の鈴の音が、少しずつ近づいてきました。


女神アカデミーの前庭には、松明が並んでいます。

授業に出ていた少女たちも、教官たちも、いつの間にか輪を作って集まっていました。


その中央に、ウズメ先輩が立っています。


サクヤが、千歳の袖を軽く引きました。

「ここからは、見るだけでいいよ」

何を見ればいいのか、千歳にはまだ分かりませんでした。


鈴が、もう一度鳴りました。

しゃん、と乾いた音。

ウズメ先輩の足が、地を踏みます。

舞が、始まりました。


千歳は、それを見たというより、読んだような感覚を覚えました。

翡翠の緑を見た時と同じです。

目だけでは足りない何かが、勝手に流れ込んできます。


舞は、明るい。

腕の運びにも、足の運びにも、迷いがありません。

松明の火がウズメ先輩の衣の端で跳ねるたび、赤と金が混ざり合い、まっすぐ空へ抜けていきます。


鈴が鳴るたび、輪になった人たちの呼吸が、少しずつ同じ速さになっていきました。

誰も命じられていないのに、足元まで同じ拍を踏み始めます。

千歳自身の呼吸も、いつの間にか舞へ引かれていました。

一人で踊っているはずなのに、周りにいる人まで、ばらばらではいられなくなる。

そんな舞でした。


千歳は、ウズメ先輩自身の色に、濁りがないか探しました。

前に石を読んだ時のように、奥へ沈んでいるものがないか。

心や身体のどこかに、曇っている場所がないか。

ありませんでした。


ウズメ先輩自身には、一点の曇りもない。


ただ、三拍目の型に入る瞬間だけ、針の先ほどの冷たさが残りました。

ウズメ先輩の身体から出たものではありません。

心からこぼれたものでもありません。

何かが一度そこを通り、型の縁に貼りついたまま眠っているような、小さな跡でした。


千歳は、違和感の場所だけを覚えておくことにしました。

今はまだ、それが何なのか、言葉にできません。


そして、そのすぐあとに、別のものが見えてきました。

色でも、形でもありません。

もっと奥にあるものです。


舞は正しい。

舞は美しい。

ウズメ先輩自身にも、曇りはない。

なのに、心の底から舞い切れていない。


ウズメ先輩の顔は笑っています。

声も明るい。

誰よりも大きく舞い、誰よりも強く鈴を鳴らしています。


それなのに千歳には、その笑顔の奥に、笑顔とは違う温度が見えました。


嘘をついているのではありません。

むしろ、嘘をつく余地がないほど、舞のすべてが正直に外へ出ています。

その正直さの中に、「楽しい」という一色だけが、うっすら足りていませんでした。


鈴が、最後にもう一度鳴りました。

しゃん、と乾いた音が空へ抜け、舞が終わります。

輪の中から、拍手と歓声が上がりました。


ウズメ先輩は、何事もなかったように手を振り、笑いながら火の輪を離れていきます。

誰も、千歳が見た三拍目の冷たさにも、笑顔の奥で足りなかったものにも、気づいていないようでした。


歓声の輪の外には、舞へ加わらない人たちもいました。

外縁から来たらしい年長の男が、小さく言いました。

「チホの拍だ」

隣にいた女は返事をせず、踊り出した子どもの手を、自分の側へ引き寄せました。


ウズメ先輩は、その動きを見ていました。


見ていないふりをして、鈴を一段明るく鳴らします。

アカデミーの生徒たちは笑い、若い戦士たちは拍を踏んでいます。

けれど、日高見の民すべてが、ウズメ先輩を仲間だと決めたわけではありません。

場を明るくするほど、輪の外に残る不信まで、千歳にははっきり見えました。


明るい舞ほど、参加しない人たちの沈黙を目立たせてしまうのです。


* * *


その夜、私は病院の廊下で、管理画面に新しい観測記録が増えているのを見つけました。


── SYSTEM LOG ──

performer_entity(演者識別): AMENOUZUME(アマノウズメ)

performance_integrity(舞の整合性): intact(損傷なし)

performer_residual_trace(演者内残留痕跡): not_detected(検出なし)

residual_trace(残留痕跡): detected(検出)

trace_position(痕跡位置): third_beat_pattern(三拍目の型)

trace_source_match(痕跡由来一致): not_matched(演者と不一致)

trace_activity(痕跡活動): dormant(休眠)

emotional_layer(感情層): joy_signal_low(喜び信号:低水準)

correlation_status(関連状態): unconfirmed(未確認)

────────────


舞の形に、損傷はありません。

演者であるアマノウズメ自身からは、同じ痕跡は検出されていない。

それなのに、三拍目の型にだけ、本人とは一致しない痕跡が残っていました。

何の痕跡なのか。

いつ残されたものなのか。


管理画面には、そこまで書かれていません。


ただ、アマノウズメ自身から生まれたものではない。

何かが一度、三拍目を通った。

そして今は、そこで眠っている。

私に分かるのは、それだけでした。


もう一つの行からも、目を離せませんでした。

喜び信号、低水準。

舞の動きにも、拍にも、迷いはない。

それでも本人は、心の底から舞い切れていない。

その理由は分かりません。

三拍目に残った痕跡と関係があるのかさえ、まだ判断できませんでした。

私は、二つの違和感を一つの原因にまとめず、そのまま保留しました。

少なくとも、アマノウズメ自身を疑う理由は、そこにはありません。

けれど、何も抱えていないわけでもない。

潔白であることと、幸せであることは、同じではない。


そのことだけは、千歳の見たものから伝わってきました。

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