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第33話 次は、音が割れる

サクヤが小さく息を吐きます。

「じゃあ、歩きながら聞く」

「器を持ったまま歩くと、説明するべき痕跡が増えます」

「もう増えてるじゃん」

二人のやり取りに、千歳はまた笑いました。


少なくとも、変だとは決めつけられなかった。


それだけで、さっきまで自分の中にあったものを、少し置いておける気がしました。

見えたものを、すぐに消さなくてもいい。

話し終わるまで待ってくれる人がいる。

それは、小さな許可のように胸の奥へ残りました。


広場を出ようとした時、朝の作業で運びかけた丸太が道を塞いでいました。

大人二人が動かそうとしても、びくともしません。

すると、小柄な上級生が一人で丸太へ手をかけました。


見た目は、千歳たちより幼く見えます。

それなのに、丸太は低い音を立てて転がりました。

「逃げ道は、塞ぐな」

幼い声でした。

けれど、周りにいた誰も笑いませんでした。

「ヤマ先輩」

サクヤが呼びました。

ヤマ先輩は、丸太を道の脇へ寄せると、千歳たちの足元を一人ずつ確かめました。

まるで、転びそうな子どもを見るような目でした。


「先輩、ここに何年いるんですか」

サクヤが尋ねます。

ヤマ先輩は胸を張りました。

「留年ではない。長期在籍だ」

「何が違うの?」

「言い方が違う」

サクヤが笑いました。

ヤマ先輩も笑いましたが、出口を確かめる目だけは真剣なままでした。


「富士にいた時も、例の人からの逃げ道を探してたんですか」

サクヤが尋ねると、その笑顔が消えました。

「オオヤマツミの話はするな。あれは呼ぶと来る」

「呼んだだけで?」

「守る。囲う。そばに置く。全部同じ顔でやるから面倒なんだよ」

そう言いながら、ヤマ先輩は千歳とサクヤの間へ転がってきた小石を、見ないまま足で止めました。


二人の癖を、ずっと前から知っているような身のこなしでした。

けれど千歳が尋ねるより早く、ヤマ先輩は言いました。

「同郷の新人は危なっかしい」

笑い話のような言い方でした。

でも、本人だけは少しも笑っていませんでした。

千歳は、幼い姿の奥に、長い時間が隠れていることだけを覚えました。


* * *


その頃、私の画面では、千歳が口にした新しい言葉が整理されていました。


── SYSTEM LOG ──

light_channel_anomaly(光チャンネル異常): unresolved(未解決)

registered_term(登録語): TETOKURO(テトクロ)

fact_verification_rate(事実検証率): 30_percent(30パーセント)

────────────


続いて、調査項目が別のログとして表示されました。


── SYSTEM LOG ──

next_required_trace(次に必要な痕跡): sound / heat / direction / relation(音/熱/向き/関係)

research_request(調査依頼): tetrachromacy_extension(テトラクロマシー拡張)

assigned_to(担当): debug_assistant(デバッグ助手)

status(状態): pending(未入力)

────────────


光。

音。

熱。

向き。

関係。


千歳が色として話していたものには、別の入力が混ざっているのかもしれない。

けれど、事実検証率は三十パーセントのままです。

私は、テトクロという表記を何度も読みました。


ツクヨミの応答が追加されました。


── AIツクヨミ 応答 ──

テトラクロマシーは一般的には色覚に関する用語です。

千歳さんの発言には、色以外の入力が含まれている可能性があります。

拡張解釈の可否は、現代側の記録との照合が必要です。

────────────


答えではありません。

調べるための入口でした。

それでも、間違えてはいけない方向だけは見えました。

千歳を、色の異常として扱ってはいけない。

変なことを言う子として片づけてもいけない。

あの子は、何かを受け取っていた。

そして、それをずっと、自分で消してきた。

私は、管理画面を閉じませんでした。


* * *


ヤマ先輩が丸太を片づけたあと、遠くで鈴のような音がしました。

一拍だけ、鈴の音の一部が遅れて届いた気がします。


サクヤが、ぱっと振り返りました。

「始まる」

「何が?」

「ウズメ先輩の舞」


もう一度、鈴が鳴りました。

音を聞いたはずなのに、千歳には赤と白が見えました。


音のずれが、二つの色になって広がります。


鈴の音が、赤と白に割れた。

目で見たわけではありません。


それでも、そこに何かがあることだけは分かりました。


次の音が、次の色を割ろうとしていました。

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