第32話 土器は火を覚えている
翌朝、カミムスヒは新入生五人の前に、土器の破片と翡翠の欠片を一つずつ置きました。
「どこから来て、何に使われ、どこで割れたか。五人で一つの答えを出してください」
サクヤは、離れていた四人を迷わず火の前へ集めました。
お嬢は翡翠の筋から、糸魚川を離れた後に川と海を通った順を読みます。
ハニチュウは、土器の口縁と焼きむらを見ただけで、煮炊き用ではなく、旅の供物を入れた器だと言い切りました。
同じ二つの欠片を前にしても、二人の答えは別の方向から伸びていました。
サクヤは、二人の答えを否定せず、残りの二人が口を開くまで静かに待ちました。
お嬢は「交易の器ですわ」と譲らず、ハニチュウは「祭祀の器です」と引きませんでした。
サクヤが両方の話を拾おうとして、かえって言葉が重なります。
そこでククリが、眼鏡の奥から二人を見ました。
「運ぶための器と、祈るための器は、同じでも困りません」
一言で、争っていた答えが横へ並びました。
千歳には、土器片の擦れた側だけ、色が薄いのが見えました。
「運ばれたあと、置かれて、そこで割れた」
糸魚川の翡翠を供物として運んだ器が、運ばれた先で置かれ、そこで割れた。
五人の見方をつなぐと、二つの欠片がたどった時間が、ひとつにつながりました。
カミムスヒは正解とは言わず、「次も、その順で見なさい」とだけ告げました。
誰か一人の正解ではなく、五人分の見方が必要な課題でした。
* * *
私は、香乃ちゃんにもう一つ尋ねました。
千歳は、そういうことを誰に一番言っていたのか。
香乃ちゃんは少し迷ってから答えました。
「咲良には、わりと言ってたと思います。でも咲良は勢いが強いから、千歳が消す前に拾える時と、押し流しちゃう時がありました」
咲良ちゃん。
あの時、千歳の隣で最後の女神を探していた子です。
「澪は、千歳が変なこと言っても静かに聞くタイプです。美森は、後から意味を考えるタイプ。私は、たぶん突っ込みすぎるタイプです」
私はその輪の外にいた。
同じ家にいたのに。
香乃ちゃんの言葉は、廊下の冷たい空気よりも重く残りました。
* * *
千歳は、自分の手を見ていました。
この手は、千歳の手ではありません。
でも、完全に他人の手とも思えなくなってきています。
石に触れる時、指が先に知っている。
サクヤが隣に来る時、身体が先に受け入れる。
お嬢が翡翠を握る時、奥の重さに心が触れてしまう。
千歳は、イワナガヒメという名前をまだ上手く飲み込めていません。
でも、この身体にある力を、外から借りているだけとは思えなくなっていました。
その時、耳の奥ではなく、目の裏に近いところで、声がしました。
── AIツクヨミ 応答 ──
該当する現代語候補を挙げるなら、テトラクロマシーです。
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「てとら……なに?」
千歳は、思わず小さくつぶやきました。
サクヤが首をかしげます。
「お姉ちゃん?」
「ごめん、なんでも……」
そこまで言って、千歳は口を閉じました。
なんでもなくはない。
また、自分で消すところでした。
── AIツクヨミ 応答 ──
一般には、色をより細かく識別する特性です。
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「要は、テトクロって、ないものが見えてるんじゃなくて、あるから見えるってことでしょ?」
少し間がありました。
── AIツクヨミ 応答 ──
事実検証率、30パーセント。
「テトクロ」を新語として登録します。
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それでも、千歳は少しだけ安心しました。
変、と決められなかったからです。
「お姉ちゃん」
サクヤが呼びました。
そう呼ばれるたびに、胸のどこかが揺れます。
「さっき、消さなかったじゃん」
「え?」
「『なんでもない』って、最後まで言わなかった。昨日、お嬢に止められたの、効いてるんじゃない?」
「お嬢って呼んでいいのは、チサトだけですわ」
お嬢が即座に言いました。
サクヤがにやっと笑います。
「えー、ずるい」
「ずるくありません」
そのやり取りに、千歳は少し笑いました。
今度は、ごまかすためではありません。
ハニチュウが土器片を高く掲げます。
「つまり、器に例えるとですね」
「ハニチュウ、それ長くなる?」
「長くなります」
その短いやり取りが、千歳を少しだけここに留めました。




