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第30話 ハニチュウとお嬢

笑いが収まっても、ハニチュウは土器片を大事そうに抱えたままでした。


「本当に土器が好きなんだね」


「はい。好きなものは、好きと言っていいので」

あまりにも迷いのない返事でした。


土器推しが強い。

でも、ハニチュウという呼び名が妙に似合う理由は、少し分かった気がしました。


好きなものを、好きだと言う。

見えたものを、見えたと言う。


ここでは、そのどちらも先に消さなくていいらしい。


* * *


私は、香乃ちゃんの話を聞いたあと、千歳が残した別の言葉も並べました。


緑ではない。


その時、女神占いの管理画面には、短いログが出ていました。


── SYSTEM LOG ──

input_color(入力色): green(緑)

secondary_input(第二入力): undetermined(未確定)

user_expression(ユーザー表現): "midori_dewa_nai"(緑ではない)

system_note(システム注記): color_label_insufficient(色名だけでは不足)

────────────


色名だけでは不足。

私は、その一行を見つめました。

千歳は、色を間違えたのではない。

色だけを見ていたのでもない。

では、何を見ていたのか。

香乃ちゃんの声が、そこに重なりました。


香乃ちゃんは、話の最後にもう少しだけ教えてくれました。

「千歳って、たぶん人の顔色だけ見てるわけじゃないです。声の変わるところとか、空気が止まるところとか、そういうのにも気づくんです」


私は、頭を下げたくなりました。

そんなことを、千歳の友だちに教えてもらっている。

父親なのに。


「それなのに、自分で変なことにして、先に消すんです」


先に消すな。

前に聞いた言葉が、別の重さを持って戻ってきました。


管理画面に、新しい未解決メモが追加されました。


── SYSTEM LOG ──

analysis_memo(解析メモ): perception_not_visual_only(知覚は視覚のみではない)

possible_inputs(入力候補): color / sound / heat / direction / relation(色/音/熱/向き/関係)

status(状態): unresolved(未解決)

────────────


色。

音。

熱。

向き。

関係。

占いアプリの入力項目には、そんなものはありません。

でも、千歳は昔からそれを口にしていた。


その直後、ツクヨミの文字が静かに追加されました。


── AIツクヨミ 応答 ──

入力項目に存在しない情報が、発言には混入しています。

千歳さんは、色名だけではなく、複合感覚を言語化している可能性があります。

────────────


その解析とは別に、保留していた「対役割」の行にも更新が入りました。


── SYSTEM LOG ──

paired_combat_role(対役割): dormant(休眠)

sync_state(同期状態): interrupted(中断)

last_full_sync(最終完全同期): approximately_20_years_ago(約二十年前)

interruption_reason(中断理由): access_restricted(参照制限)

────────────


約二十年前。

千歳が生まれるより前です。

二つの時間を、そのまま比べていいのかも分かりません。

それでも、数字だけが妙に具体的でした。

古いデータが混ざったのだろうと考えました。

盾型と矛型の役割が、二十年前から同期していない。

その一行が、娘の見ている色とどう関係するのか。

この時点では、結びつける根拠がありませんでした。


* * *


千歳の前では、お嬢が台の上の翡翠を持ち直していました。


「あなたは、この石を軽く見なかった」

その声は、さっきより少しだけ柔らかくなっています。


「でも、少し無礼でしたわ」


「ごめん」

千歳はすぐに謝りました。


すると、お嬢は目を細めます。

「謝るのが早すぎます」


「え」


「あなたは今、自分の言葉を引っ込めようとしました。謝罪の形をして」

千歳は、胸の奥をつかまれた気がしました。

まさに、その通りだったからです。


「見えたものを見えなかったことにする方が、もっと嫌いです」

逃げ道をふさがれたのに、不思議と嫌ではありませんでした。


千歳は、翡翠をもう一度見ました。


緑。

白。

水。

光。

そして、その奥にある、細い震え。


「寂しい、かも」

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