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第29話 期待の新人たち

いや、千歳に妹はいない。

でも、この身体には、いる。

それがまた、千歳を困らせました。


「分かります」

土器の破片らしいものを抱えた少女が、真顔でうなずきました。

「以前のイワナガヒメは、磨かれた石器みたいでした。美しいけれど、近づくと切れそうで」


「ハニチュウ、それ褒めてるの?」

サクヤが笑います。

「褒めています。たぶん」

ハニチュウは、自信なさそうに言いました。


ハニチュウ。

女神コレクションで見たハニヤスヒメは、ここではそう呼ばれているようでした。


「ククリは?」

サクヤに聞かれ、幼く見える小柄な少女が静かに口を開きました。


「今は、切る前に迷っています」

千歳は、ますます返事に困りました。

迷っていることまで見えている。

でも、不思議と嫌ではありません。

変だと笑われているのではない。

そう思えたからです。

胸の奥が、少しだけほどけました。


「近づきやすくなったことと、石のことは別ですわ」

お嬢が言いました。

その声で、話が石へ戻りました。


サクヤが、頬をふくらませました。

「お嬢、固い」

「お嬢ではありません」

お嬢は即答しました。


自分の頭の中を読まれたのかと思って、千歳はひやりとしました。

どうやら「お嬢」は、千歳だけが思いついた呼び名ではないようです。

でも、サクヤは悪びれません。


「じゃあ、ヌナカワヒメ」

「それでよろしいです」


お嬢は、改めて千歳を見ました。

「あなたが何を見るのかは、今ここで確認できます」

名前ではなく、距離を測られている気がしました。


「きれいな緑、ではあるんだけど」

千歳は、ゆっくり言いました。

言いながら、逃げ道を探します。

やっぱり今のなし、と言える場所を。


けれど、サクヤは隣で黙って待っていました。

お嬢も、黙って待っています。

誰も笑わない。

それが逆に怖い。


「緑だけじゃない、気がする。奥に、白っぽいところがあって。でも白っていうより、光が逃げてる感じで」

言った瞬間、千歳は顔が熱くなりました。


光が逃げてる感じ。

また変なことを言った。

そう思ったのに、お嬢の表情は変わりませんでした。

待たれることに、千歳は慣れていませんでした。


「光が、逃げる」

お嬢は小さく繰り返しました。


その声から、さっきまでの硬さが少し消えています。

「あなた、糸魚川の川を見たことがありますの?」


「ない、と思う」

千歳は正直に答えました。

「じゃあ、なぜ」

「分からない。でも、石の中に、水の跡みたいなのがある。流れたものが、途中で止まってるみたいな」


お嬢の指が、翡翠に触れたまま止まりました。


その時、ククリがもう一度、静かに口を開きました。

「言い争いではありませんね」

短いのに、場の空気が少し整いました。

千歳は、助かったと思いました。

その一言だけで、張り詰めたものが少しゆるみました。


静かで、表情が読みづらい子。

でも、不思議と怖くはありません。

ククリは、千歳とお嬢の間に立つのではなく、少し斜めに入りました。


「この石を守る言葉と、この石を見た言葉が、まだ結ばれていないだけです」

お嬢が、わずかに眉を動かします。


「あなたは、翡翠を軽く扱われたと思った」


ククリは、そこで千歳を見ました。

「でも、この子は軽くしたのではありません。重さを見た」

重さ。

千歳は、自分の胸が小さく鳴るのを感じました。

橋をかけられたような気がしました。


「重さですか」

お嬢は、少しだけ視線を落としました。


「わたくしの翡翠は、ただ美しいからここにあるのではありません」

その声は、誇らしげで、少し苦しそうでした。

「糸魚川から運ばれる石は、道を通ります。人の手を通ります。交換され、約束になり、ときには争いの理由にもなります」


千歳は、翡翠の緑を見ました。

いや、緑では足りない。

川の冷たさ。

運ぶ手の熱。

落とせない責任。

お嬢の首元にある小さな石が、急に重そうに見えました。

きれい、だけでは済まない色でした。

それは石の色ではなく、運ばれてきた時間の重さでした。


「それそれ、それです!」

急に横から声が弾けました。

ハニチュウが、抱えていた土器片を高く掲げています。


「石だけじゃないんですよ。モノには移動の記憶があるんです。土器もそうです。土を取った場所、こねた手、焼いた火、置かれた床、全部残るんです!」

一気に言われて、千歳は目を瞬かせました。


「ハニチュウ、また土器の話?」

サクヤが笑います。

「またじゃありません。常にです」


その返しが真顔だったので、千歳はとうとう笑いました。

今度は、笑ったあとに「今のなし」とは言いませんでした。

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