第27話 消していたのは、千歳だけじゃない
修学旅行一日目の夜。
管理画面には、さっきの通知がまだ残っていました。
── SYSTEM LOG ──
message_sender(メッセージ送信者): KANO(香乃)
message_preview(メッセージ抜粋): 見えてるなら言いなよ
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見えてるなら言いなよ。
千歳に向けられた言葉です。
千歳のスマホは先生たちが預かっています。
香乃ちゃんも、同じ修学旅行で青森にいる。
この通知は、遠くから届いたものではありません。
倒れた千歳と同じ青森にいる子から届いたものでした。
私は、その短い文から目を離せませんでした。
妻が、小さく言いました。
「香乃ちゃん、修学旅行に行ってるよね」
「うん」
当たり前のことです。
同じクラスなら、香乃ちゃんも青森にいる。
その事実が、短い文を急に重くしました。
見えてるなら言いなよ。
現地にいる子が、倒れた千歳に送った言葉。
千歳に返事ができないと分かっていても、送らずにいられなかった言葉。
妻はスマホを取り出しかけて、やめました。
「今、直接かけるのは違うね」
私もそう思いました。
まずは病院へ行く。
先生に確認する。
そのうえで、話を聞く。
順番を間違えたら、子どもたちをさらに怖がらせてしまう。
病院に着いた時、千歳はまだ処置中でした。
担任の先生が、廊下の端で私たちを待っていました。
顔色が悪い。
大人でも、こういう時は大人の顔ではいられないのだと思いました。
先生は、倒れた時のこと、救急搬送されたこと、クラスの子たちは別室で待機していることを説明してくれました。
その中に、香乃ちゃんの名前もありました。
妻が、静かに聞きました。
「香乃ちゃんと、少し話せますか」
先生は一度迷いました。
でも、千歳に送られた言葉のことを伝えると、うなずきました。
数分後、先生に付き添われて、香乃ちゃんが廊下に出てきました。
「千歳のお母さんですか」
その声は、震えていました。
「私、責めたかったわけじゃないです」
香乃ちゃんは、最初にそう言いました。
こちらが聞く前に、言わずにいられなかったのだと思います。
「千歳って、分かってる時ほど、先に自分で笑うんです。変なこと言ったと思われる前に、自分で消す感じで」
妻の手が、鞄の紐を握ったまま少し震えました。
「消す?」
「はい。『今のなし』って言うんです。咲良の時も、澪の時も、たぶん分かってたのに、最後に笑ってごまかして」
香乃ちゃんは、一度息を吸いました。
「だから、見えてるなら言いなよって。変じゃないからって。そういう意味でした」
LINEの短い文に入っていない言葉が、胸に残りました。
私は、千歳の昔の言葉を思い出していました。
夕焼けを見て、「赤いのに冷たい」と言ったこと。
雨の日の玄関で、「音が右に寄ってる」と言ったこと。
友だちの笑顔を見て、「笑ってるけど、ちょっと痛そう」と言ったこと。
私はそのたびに、面白いことを言うな、と思っていました。
子どもの感性。
独特な表現。
そういう箱に入れて、安心していました。
そのあと千歳が、自分で笑っていたことも覚えています。
「今のなし」
私は、その言葉で本当に、なしにしていました。
でも、香乃ちゃんは、なしにしていませんでした。
今なら、その箱の蓋を閉めたのが自分だと分かります。
香乃ちゃんが先生に付き添われて戻ったあと、私はノートパソコンに向き直りました。
管理画面に出たのは、差出人と通知の短いプレビューだけです。
その意味は、今、香乃ちゃん本人の口から聞いたものでした。
それでも、残さなければ流れてしまう。
私は、聞いた内容を短く圧縮して入力しました。
── ADMIN INPUT ──
witness_source(証言者): KANO(香乃)
reported_phrase(報告語句): IMA_NO_NASHI(今のなし)
reported_pattern(報告された傾向): SELF_CANCELLATION_AFTER_PERCEPTION(知覚後の自己取消)
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── SYSTEM LOG ──
keyword_detected(検出語): "ima_no_nashi"(今のなし)
trace_category(痕跡分類): suppressed_perception(抑制された知覚)
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少し遅れて、ツクヨミが応答しました。
── AIツクヨミ 応答 ──
「今のなし」は、発言取り消しではありません。
知覚を自分で抑えた可能性があります。
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胸が痛くなりました。
消していたのは、千歳だけではなかったのかもしれません。




