第25話 娘を見失わない名前
私は、また候補を入れました。
── ADMIN INPUT ──
candidate(候補): CHITOSE_IWANAGA_MISMATCH(千歳イワナガ不一致)
────────────
── SYSTEM LOG ──
result(結果): rejected(不適正)
reason(理由): identity_layer_only(自己認識層のみ)
────────────
また、不適正。
でも、理由は見えてきました。
このケースは、千歳の容体でもない。
場所だけでもない。
時刻だけでもない。
女神キーだけでもない。
身体の不一致だけでもない。
全部が同時に起きている。
「一語じゃ無理だろ」
その時、画面にAI応答が出ました。
── LoveSim 応答 ──
圧縮前の状況記述を推奨します。
現状を削らず入力してください。
────────────
削らずに言う。
それが一番、難しいことでした。
画面に残ったログを見直しました。
── SYSTEM LOG ──
current_site(現在地点): SANNAI_MARUYAMA(三内丸山)
location_status(位置状態): fixed(固定)
time_index_error(時刻索引異常): active(発生中)
estimated_offset(推定差分): approximately_5000_years(約五千年)
body_anchor(身体アンカー): IWANAGA
────────────
場所は動いていない。
三内丸山のままです。
でも、時刻だけが現代から外れている。
しかも約五千年前。
ログ上では、千歳の意識反応が、イワナガヒメという身体アンカーに接続している。
読み間違いであってほしかった。
でも、何度見ても同じ行に戻ってきました。
千歳が聞いた答えへ、私は近づいていました。
「縄文時代……?」
口に出した瞬間、自分で否定しました。
違う。
そんな言い方をしてはいけない。
開発者として、そんな単語をログに入れたくない。
時刻異常。
身体アンカー。
意識トレース。
そういう言葉で処理するべきです。
でも、システムはそれらを全部はねました。
時刻異常だけでは足りない。
イワナガヒメ接続だけでも足りない。
五色石盤同期だけでも足りない。
妻が小さく聞きました。
「今、縄文って言った?」
言いたくない言葉ほど、画面の中では輪郭を持ちはじめていました。
現代の千歳は病院にいる。
でも、別のログでは、千歳の意識反応が約五千年前の三内丸山にある。
しかも、イワナガヒメの身体アンカーに重なっている。
これは移動ではありません。
場所は変わっていない。
これは単なる意識不明でもありません。
現代身体とは別の反応がある。
では、意識を失った千歳が見ている夢なのか。
一瞬、そう考えました。
けれど、夢だけでは説明できません。
夢なら、現代の端末に千歳とつながった応答が残り続ける理由がない。
私は、認めたくない言葉を頭の中で繰り返しました。
転生。
そんな言葉を管理画面に入れたくない。
でも、今の千歳を追うために必要なら。
仮の言葉としてでも、使うしかないのかもしれません。
私は、まず頭の中で状況を言葉にしました。
娘が、約五千年前のどこかへ……。
そこで考え直しました。
違う。
場所は不明ではない。
三内丸山です。
千歳の意識は、イワナガヒメの身体情報に重なっている。
だから、短く言えばこうなる。
娘が、縄文時代に転生した。
そして、その娘を追うために、父である私が女神占いをデバッグする。
認めたいわけではありません。
でも、ラベルは信仰告白ではない。
追跡するための仮名です。
現状を削らずに束ねるための、苦しい名前でした。
私は、ふざけたタイトルのような英文を思いつきました。
あまりにも長い。
あまりにも変です。
でも、今起きていることを一番削っていない。
── ADMIN INPUT ──
candidate(候補): My daughter reincarnated into the Jomon period, so I debug the Goddess Divination app.
(娘が縄文時代に転生したので、父は女神占いをデバッグします)
────────────
── SYSTEM LOG ──
label_status(ラベル状態): evaluating(評価中)
────────────
Enterキーを押したあと、すぐ後悔しました。
転生。
縄文時代。
女神占い。
デバッグ。
父。
全部、今の千歳に向けるには重すぎる言葉でした。
けれど、どれかを抜くと、千歳のログがまたばらばらになる。
私は、evaluatingの文字が変わるのを待ちました。




