第23話 十三柱の教室
広間の端では、何人もの女神候補が、それぞれ別の仕事をしていました。
「ゲツ先輩、こっちもお願い」
声をかけられたゲツ様は、空腹そうな子へ先に椀を渡しました。
外ではゲツ様と呼ばれていた人が、ここではゲツ先輩と呼ばれています。
セヲ様は、水鉢へ指を入れ、濁りだけを細い流れにして外へ逃がしました。
けれど、セヲ様を「先輩」と呼ぶ声はありません。
誰もが、外と同じようにセヲ様と呼んでいました。
その近くでは、幼く見える小柄な少女が、誰も気づいていない出口の前から荷物をどかしています。
赤い炎をまとった女神は、転んだ子へ叫びました。
「泣きながら立て!」
鈴を持つ華やかな女神は、全員に声をかけ、あちこちで笑いを起こしています。
呼び交わされる声を聞くうちに、千歳にも分かってきました。
この人たちは、ここで先に学んでいる女神候補たちです。
名前は分からなくても、役目の違いだけは一目で分かりました。
千歳は、その人たちを名前より先に、役目で覚えていきました。
やがて、建物の中の視線が千歳へ集まりました。
千歳は、何も言えませんでした。
同じ年頃の少女たちは、珍しいものを見るような目をしています。
けれど、奥にいる三人は違いました。
中心にいる小柄な人は、千歳の顔ではなく、呼吸の乱れを見ているようでした。
桃紫の火花をまとった女神は、立ち方を見ています。
さらに奥にいる深紫の女神は、何も言わず、千歳の中身を見ている気がしました。
ここでは、黙っているだけでも読まれる。
千歳は、息の仕方さえ分からなくなりました。
中心にいる小柄な人の顔には、見覚えがありました。
カミムスヒ。
女神コレクションで見た時よりも、ずっと幼く見えます。
それでも、声を張らずに場を止められる人でした。
その横に立つ女神を、周りはバキ教官と呼んでいました。
衣の端で弾ける、桃紫の火花。
黒ではありません。
深紫でもありません。
焼けた花びらと稲妻を混ぜたような、鋭い色。
アラハバキ。
さらに奥にいる女神にも、千歳は見覚えがありました。
火の明かりを吸い込んだような、深い紫。
黒に見えるほど濃いのに、目を離さずにいると、その奥に紫が沈んでいます。
バキ教官の火花とは反対に、外へ弾けず、すべてを内側へ閉じ込めているような色でした。
イザナミ。
「ナミ教官」
近くにいた女神候補が呼びかけました。
深紫の女神が、ほんの少しだけ顔を向けます。
ここでは、イザナミをナミ教官と呼ぶようでした。
女神コレクションで見た時よりも、ずっと静かです。
けれど、その静けさは穏やかというより、何かを押し殺しているように見えました。
バキ教官の立ち方には、妙な空きがありました。
正面を塞いでいるのに、左の半歩だけが開いています。
隙に見えるのに、誰もそこへ踏み込みません。
最初から、別の誰かが立つ場所として残されているようでした。
ナミ教官が、その空きへ一度だけ視線を向けました。
足が、ほんの少し前へ動きます。
けれど、すぐに止まりました。
近くにいた年長者が二人を見比べ、何かを思い出したように息を呑みました。
誰も説明しません。
バキ教官も、ナミ教官を振り返りませんでした。
それでも千歳には、二人が互いの位置を、見なくても知っているように感じられました。
まだ並んではいない。
けれど、その空白だけは、ずっと消されずに残っていました。
バキ教官は千歳を見て、短く言いました。
「遅い」
千歳は返せませんでした。
イワナガヒメなら、何と答えるのか。
分からない沈黙ほど、見抜かれそうなものはありませんでした。
カミムスヒが、ゆっくり言いました。
「女神とは、祀られる名ではありません」
火が、ぱちりと鳴りました。
「人がまだ言葉にできない兆しを、先に受け取る者です」
現代の占いアプリで見ていた女神とは、ずいぶん違いました。
ここでは、怖いものを先に見るのが仕事でした。
* * *
画面にも、新しいログが流れました。
── ADMIN INPUT ──
candidate(候補): TIME_INDEX_ABNORMALITY(時刻インデックス異常)
────────────
── SYSTEM LOG ──
estimated_offset(推定差分): approximately_5000_years(約五千年)
result(結果): rejected(不適正)
reason(理由): time_only(時刻情報のみ)
────────────
時刻だけでも、足りない。
── ADMIN INPUT ──
candidate(候補): IWANAGA_CONNECTION(イワナガヒメ接続)
────────────
── SYSTEM LOG ──
result(結果): rejected(不適正)
reason(理由): body_anchor_only(身体アンカーのみ)
────────────
部分一致。
完全な間違いではない。
でも、それだけでは事件名にならない。
千歳に起きたことの一部分を、言い換えているだけでした。
さらに、接続先を示すログが流れました。
── SYSTEM LOG ──
current_site(現在地点): SANNAI_MARUYAMA(三内丸山)
location_accuracy(位置精度): plus_minus_200m(±200メートル)
sync_point(同期点): LARGE_PILLAR_BUILDING(大型掘立柱建物)
linked_structure(接続構造): LARGE_PIT_BUILDING(大型竪穴建物)
body_anchor(身体アンカー): IWANAGA
voice_stream(音声ストリーム): unavailable(利用不可)
────────────
現代で千歳が倒れたのは、大型掘立柱建物の前です。
けれど、現在の接続構造として表示されているのは、大型竪穴建物でした。
どちらも三内丸山の範囲内にある。
それでも、同じ建物ではありません。
場所が別の土地へ移ったわけではない。
同じ範囲の中で、現代の同期点とは異なる構造物へ、接続が伸びていました。
私は画面に向かって、千歳、と呼びました。
音声ストリームは利用不可。
声に出しても、届きません。
千歳はもう、助手が私だと気づいているかもしれない。
けれど私は、画面のこちら側にいると、まだ一度も伝えられていませんでした。




