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第22話 女神アカデミー

── LoveSim 応答 ──

いいえ。

帰還させるため、接続状態を修正する必要があります。

────────────


帰る方法は、ある。

でもそれは、まだ誰かの手の中でした。

「デバッグって、誰がするの」


── LoveSim 応答 ──

あなたの時代に、助手が必要です。

────────────


「助手?」


── LoveSim 応答 ──

はい。

────────────


「誰」


── LoveSim 応答 ──

極秘事項です。

────────────


「は?」


── LoveSim 応答 ──

保護対象のため、個人情報は開示できません。

────────────


「こういう時だけ個人情報守るの、ほんと何なの」

千歳はそう言ってから、少し黙りました。


デバッグ。

女神占い。

管理画面。


それに触れることができる人。

思い当たる顔は、一つしかありませんでした。


「……お父さん?」

少しだけ、返事が遅れました。


── LoveSim 応答 ──

極秘事項です。

────────────


「その間、ほぼ答えじゃん」


お父さんが見ている。

そう思った瞬間、千歳は少しだけ安心しました。

そして、同じくらい怖くなりました。

今の自分がどこまで見られているのか分からない。

それだけではありません。

今まで見てほしかったことまで、今さら見えてしまう気がしたからです。


同じ家にいた時、父は千歳の何を見ていたのか。


千歳は父に、何を見せてこなかったのか。


そんなことまで考え始めると、安心はすぐに痛みに変わりました。

でも、その声の気配が消えたら。

千歳は今度こそ、本当に一人になる気がしました。


足音は一つではありませんでした。

先に近づいてきたのは、見た瞬間に姿勢を正したくなるほど美しい女の人でした。

顔立ちだけではありません。

髪も衣も、呼吸の間さえ、どこにも一つの乱れがない。


千歳は、その顔をどこかで見た気がしました。

咲良ちゃんの女神コレクション。

十三柱の中に、よく似た顔があった。

けれど、画面で一瞬見ただけなので、名前まではすぐに出てきませんでした。


その後ろには、大きな籠を抱えた、やわらかな顔の女の人がいました。

籠の中には、木の実、乾いた肉、薬草、布と紐が、区別なく詰め込まれています。

無造作なのに、彼女は迷わず水の椀だけを取り出しました。


その人の顔にも、かすかな見覚えがありました。


「イワナガヒメ」


美しい女の人が、千歳の顔を見るなり息を止めました。

その名で呼ばれた瞬間、千歳は反射的に言いかけました。


違う。

私は千歳。

でも、声になる直前で止まりました。


後ろにいる人たちが、こちらを見ています。

少しでも違えば、すぐ疑いに変わりそうな顔。


── LoveSim 応答 ──

警告。

自己申告名と身体認識名の不一致は、周囲の警戒反応を上昇させる可能性があります。

────────────


千歳は、のどまで出かかった名前を飲み込みました。


「……はい」

その瞬間、この場所では、千歳はイワナガヒメとして扱われ始めました。

けれど、その一言で全部が済んだわけではありませんでした。


「声が違う」

誰かが低く言いました。

「目つきも、少し違う」

「けれど、石の気配はイワナガヒメだ」

千歳は背中に汗をかきました。

演じると決めた瞬間から、もう試されている。


籠の女の人が、千歳の前へしゃがみました。

「名前はあと。飲める?」

差し出された椀を見て、千歳は返事ができませんでした。


「分からないなら、分からないままでいいよ。喉が渇いてるのは、本当だから」

「ゲツ様、先に飲ませて大丈夫ですか」

「何が起きてても、お腹と喉は待ってくれないよ」


後ろにいた誰かが聞きました。

「セヲ様。祓いますか」

美しい女の人は、千歳の手首へ指を触れました。

青白い水が五つの細い流れに分かれ、身体を巡ったあと、一つへ戻ります。

「祓いません」

美しい女の人は、迷いなく言いました。

「身体はイワナガヒメ。ここで話している子も、外から付いた穢れではありません」

千歳の手首を巡る五つの流れが、どれも消えずに重なりました。


「二つとも正しい。ただ、まだ一つの状態として整っていない。ここで片方を流せば、整うのではなく、欠けます」


籠の女の人が、椀をもう一度、千歳へ近づけました。

「じゃあ、両方まとめて連れてけばいいね」

「あなたは、何でもまとめすぎです」

「分けるのは、食べてからでもできるよ」


周囲は二人を、セヲ様、ゲツ様と呼んでいました。


千歳は、二人の顔をもう一度見ました。

咲良ちゃんの女神コレクションで、ちらりと見た顔です。


セヲ様は、瀬奈ちゃんの判定女神――セオリツヒメ。

ゲツ様は、実乃里ちゃんの判定女神――オオゲツヒメ。


呼び方を手がかりにした瞬間、画面の中の顔と、目の前の二人がつながりました。


千歳は、椀の縁へ口をつけました。

冷たい水が、この身体にも喉があることを思い出させました。

「ここ、どこ」

言ってから、千歳は思いました。

本当は、もう聞いている。


縄文時代相当。

転生に近い状態。

帰るにはデバッグが必要。

でも、それを口にしたら終わる気がしました。


セヲ様は、大型竪穴建物の方へ顔を向けました。

「連れて行きます。ここでは、全体を読み切れません」

ゲツ様は、千歳の片腕を自分の肩へ回しました。

「歩けなかったら、全部まとめて運ぶよ」


保護されたのか、調べられるのか、千歳にはまだ分かりませんでした。

どちらにしても、これから見られる側になるのです。

見えてきたのは、大型竪穴建物でした。

現代の三内丸山遺跡で、復元された姿を見たことのある建物です。

でも、目の前にあるそれは展示物ではありません。

地面に半分沈むように作られた、低くて広い建物。


入り口から、火の明かりが漏れています。

家というには、人の気配が多い。

神殿というには、息づかいが近い。

学校というには、怖すぎる。


「ここ、何」


「女神候補が集められる場所」

セヲ様が答えました。


── LoveSim 応答 ──

現代語で近い表現を選ぶなら、女神アカデミーです。

────────────


かわいい名前なのに、中はまったくかわいくありませんでした。

中に入ると、まず火の熱が来ました。

次に、石の匂い。

湿った土の匂い。

人の息。

中央には、平たい石の台がありました。

その上に、白、黒、赤、青、黄の石が並んでいます。

ただ置いてあるのではありません。

向きがある。

距離がある。

沈黙の中で、何かを待っている並びでした。


「これ、女神占いの……」


── LoveSim 応答 ──

五色石盤に近い構造です。

────────────


画面で見ていた五色が、火の前に置かれている。

それだけで、戻れない感じがしました。

建物の中の視線が、一斉に千歳へ向きました。

同じくらいの少女たちは、ただ珍しそうに見ています。

大型竪穴建物の中は、一つの広間ではありませんでした。

火を囲んで話を聞く場所。

翡翠や黒曜石を並べる石棚。

水の濁りを比べる浅い鉢。

土器を焼く小さな炉と、境界の道を刻んだ木板。

壁際には寝台まであります。


千歳には、学校のように見えました。


けれど、その場所で名乗る自分の名前は、千歳であってはいけない気がしました。

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