第21話 私、バグなの?
画面には、さらに行が増えました。
── SYSTEM LOG ──
admin_override_required(管理者上書き要求): true(必要)
available_admin(利用可能管理者): father_account(父アカウント)
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「システムが決められないなら、管理者が入れるしかない」
私は言いました。
「今その権限を持っているのは、俺だけだ」
「名前を入れたら、千歳は助かるの?」
「分からない」
「戻るの?」
「分からない」
妻の手が、スマホを強く握りました。
「でも、入れなければ追えなくなるかもしれない。現代の千歳は病院にいる。でもアプリ側には、別の反応が残ってる。そっちの千歳が、危険な場所にいるかもしれない」
「そっちの千歳って、何」
妻の声が揺れました。
私は、できるだけ正確に言おうとしました。
でも、どう言っても正気には聞こえません。
「身体は病院にある。でも、ログ上では、千歳の意識みたいな反応が三内丸山に残ってる。場所は同じ範囲のままで、時刻だけが約五千年前までずれてる」
「何を言ってるの」
「分かってる。おかしい。でも、ログはそう出てる」
妻は黙りました。
許されたわけではありません。
信じてもらえたわけでもありません。
それでも赤い行だけは、消えてくれませんでした。
長い沈黙のあと、妻は言いました。
「許したわけじゃない」
私はうなずきました。
「分かってる」
「でも今は、見て。ちゃんと見て」
その言葉で、私はようやくキーボードに手を置きました。
最初に入れるべきなのは、いちばん現実に近い言葉だと思いました。
── ADMIN INPUT ──
candidate(候補): CHITOSE_UNCONSCIOUS(千歳意識不明)
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── SYSTEM LOG ──
result(結果): rejected(不適正)
reason(理由): public_status_only(表向き状態のみ)
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意識不明だけでは、足りない。
千歳の事件は、病院のベッドだけでは終わっていませんでした。
次に、私は現場名を入れました。
── ADMIN INPUT ──
candidate(候補): SANNAI_MARUYAMA_ACCIDENT(三内丸山事故)
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── SYSTEM LOG ──
result(結果): rejected(不適正)
reason(理由): location_only(場所情報のみ)
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三内丸山は合っている。
千歳は大型掘立柱建物の前で倒れた。
そこで、千歳の時間が現代から外れた。
でも、場所だけでも足りません。
動いたのは、場所ではない。
時刻。
しかも、約五千年前まで。
一部だけ正しい名前は、全部はねられる。
千歳に起きていることを、削らずに言え。
システムは、そう迫っていました。
* * *
そのころ、千歳はもう一度、自分の身体を探りました。
スマホはない。
分かっていたのに、声が聞こえるたび、どこかにある気がしてしまいます。
手元にない。
服の中にもない。
というか、服が違います。
制服ではありません。
肌に触れる布の感触も、知らないものでした。
「スマホ、どこ」
返事は、耳の奥に直接届きました。
── LoveSim 応答 ──
この身体の周辺に、該当端末は存在しません。
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「じゃあ、あんたはどこにいるの」
── LoveSim 応答 ──
応答位置を特定できません。
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声はある。
でも、スマホはない。
それが一番、現実感を壊していました。
水面に映るイワナガヒメの顔を、千歳はもう一度見ました。
浅黒い肌。
短い髪。
甘くない目つき。
見直しても、千歳の知っている顔には戻りません。
「やっぱり、これ、私じゃない」
── LoveSim 応答 ──
あなたの意識が、別の身体情報と重なっています。
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「やさしくない」
その時、集落の方から足音が近づいてきました。
土を踏む音。
誰かが、イワナガヒメを迎えに来ているようでした。
「今、いつなの」
千歳は、土の匂いの中で聞きました。
── LoveSim 応答 ──
時刻インデックスが現代と一致しません。
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「分かりやすく言って」
少しだけ、声が遅れました。
── LoveSim 応答 ──
縄文時代相当です。
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千歳は、足を止めました。
縄文時代。
教科書の中の言葉が、土の匂いと一緒に返ってきました。
知りたくなかった答えほど、あっさり耳に届いてしまいました。
「じゃあ、私、過去にいるの?」
── LoveSim 応答 ──
厳密には未確定です。
現在の状態は、転生、同期、意識転位の複合状態に近いと推定されます。
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「どれ」
── LoveSim 応答 ──
現段階では、転生と呼ぶのが最も伝達効率の高い表現です。
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「最悪の効率出してきた」
笑おうとして、失敗しました。
転生。
その言葉だけで、足元の土が急に遠くなりました。
「帰るには?」
── LoveSim 応答 ──
デバッグが必要です。
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「私、バグなの?」




