第19話 名前のない場所
その返事の意味が全然分かりませんでした。
三内丸山?
明らかに、さっきまで千歳のいた場所と違って見えました。
ここはどこ?
* * *
私と妻が向かう先は、青森でした。
私は新幹線を調べながら、何度も画面を見ました。
ログは増えません。
ただ、未設定のままの入力欄だけが残っていました。
── SYSTEM LOG ──
case_002_label_input(ケース002ラベル入力): required(入力必須)
current_label(現在ラベル): unset(未設定)
ai_name_status(AI名称状態): unset(未設定)
father_role(父側役割): pending(保留)
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入力欄。
こんな時に、名前を入れろというのか。
千歳は青森市内の病院へ運ばれる。
それが現実です。
でも画面の中では、三内丸山という場所に固定されたまま、時刻だけが約五千年前で止まっている。
どちらも同時に正しいなら、これは何なのか。
私はまだ、その名前を持っていませんでした。
最後に、LoveSimの応答が一行だけ出ました。
── LoveSim 応答 ──
ラベルを入力してください。
────────────
私は何も入力できませんでした。
千歳意識不明。
三内丸山事故。
時刻異常。
どれも違う気がしました。
現実では、娘の身体が青森市内の病院へ運ばれている。
ログでは、場所は三内丸山のまま。
時刻だけが、約五千年前で止まっている。
その二つを一つの言葉にする方法が、分かりませんでした。
電話の向こうで、先生が何かを話し続けています。
でも私の耳には、もう別の音が聞こえていました。
カン。
カン。
カン。
石を打つ音。
それは、千歳のいる場所から届いている気がしました。
* * *
千歳は水辺で立ち上がりました。
足が震えています。
でも、立たないと見えないものがありました。
少し離れた場所に、人が集まっています。
その中心に、石の盤がありました。
白。
黒。
赤。
青。
黄。
五つの色が、静かに並んでいます。
女神占いの画面で見たものと同じ。
でも、画面よりずっと古く、ずっと重い。
── LoveSim 応答 ──
近づきすぎないでください。
────────────
「じゃあ、どうすればいいの」
返事はすぐに来ませんでした。
遠くの誰かが、千歳を見つけました。
その目が、大きく見開かれます。
次の瞬間、知らない言葉の叫び声が上がりました。
* * *
青森行きの新幹線を取るまで、私はずっと入力欄を見ていました。
ケース名ラベル。
AI名称。
父側役割。
全部、未設定。
未設定のままなのに、ケースだけは進行中。
それが、いちばん怖かった。
画面には、最後のログが残っていました。
── SYSTEM LOG ──
case_002_label(ケース002ラベル): unset(未設定)
label_error: missing_case_label(ケース名欠落)
status(状態): active(進行中)
location_status(位置状態): fixed(三内丸山に固定)
time_index(時刻索引): out_of_range(範囲外)
────────────
千歳は倒れた。
場所は三内丸山。
時刻は、約五千年前。
その三つを並べても、事件の名前にはなりませんでした。
名前のないまま、ケースだけが開いていました。
* * *
水辺の向こうで、知らない人たちが騒いでいます。
千歳は一歩、下がりました。
少し離れた五色石盤が、かすかに光りました。
白。
黒。
赤。
青。
黄。
千歳は自分の手を見ました。
浅黒い肌。
石の粉。
知らない指。
そして水面には、イワナガヒメの顔をした自分が映っていました。
「私は、千歳」
そう言った瞬間、遠くの誰かがもう一度こちらを見ました。
名前を言っただけなのに、この場所に自分の位置を知らせてしまった。
そんな感じがしました。
── LoveSim 応答 ──
応答を維持してください。
黙らないでください。
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AIの声だけが、まだ千歳のそばにいました。




