第18話 身体はここ、意識は向こう
千歳は、自分が何を背負っているのか分かりませんでした。
ただ、その視線の重さだけが、肩にのしかかっていました。
* * *
現地では、千歳が倒れたように見えたそうです。
大型掘立柱建物の近くでふらつき、咲良ちゃんが叫ぶ。
澪ちゃんが先生を呼びに走る。
美森ちゃんは、落ちたスマホを拾おうとして手を止めました。
画面が光っていたからです。
たぶん、それは正しい判断でした。
触れば、何かが閉じるかもしれない。
あるいは、もっと開くかもしれない。
美森ちゃんは知らないまま、正しく怖がったのです。
その場でいちばん動かなかった子が、いちばん危ないものを見ていました。
そしてその画面には、まだ文字のようなものが残っていました。
白い光ににじんでいて、美森ちゃんには読めませんでした。
でも、読めなくても、触ってはいけないことだけは分かったそうです。
* * *
私の管理画面では、別のことが起きていました。
── SYSTEM LOG ──
modern_body_status(現代側身体状態): suspended(保留)
location_status(位置状態): fixed(三内丸山に固定)
time_index(時刻索引): out_of_range(範囲外)
estimated_offset(推定差分): approx_5000_years_ago(約五千年前)
case_002_label(ケース002ラベル): unset(未設定)
ai_name_status(AI名称状態): unset(未設定)
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現代側身体状態、保留。
場所は、三内丸山で固定。
時刻は、約五千年前で計測不能。
千歳は倒れた。
でも、完全に失われたわけではない。
そう信じたい一行でした。
その時、学校から電話が入りました。
着信表示とログ画面を、私は同時に見ていました。
どちらに先に反応すべきか、一秒だけ分からなくなりました。
電話の向こうで、先生の声が震えていました。
「お父様ですか。千歳さんが、見学中に倒れました」
倒れた。
その言葉は、現代では正しいのだと思います。
でも私の画面には、別の現実が表示されていました。
── SYSTEM LOG ──
location_status(位置状態): fixed(三内丸山に固定)
time_index(時刻索引): out_of_range(範囲外)
measurement_status(計測状態): limit_exceeded(計測限界超過)
case_002_label(ケース002ラベル): unset(未設定)
label_error: missing_case_label(ケース名欠落)
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場所は動いていない。
時刻だけが、戻りすぎている。
私は「すぐ向かいます」と言いました。
声だけは父親の声をしていました。
でも目は、まだ画面の文字から離れませんでした。
* * *
千歳は、土の匂いで目を覚ましました。
鳥の声。
水の音。
知らない人の声。
意味は分からないのに、感情だけが先に届きます。
驚き。
警戒。
祈り。
起き上がろうとして、手が違うことに気づきました。
浅黒い肌。
指先についた石の粉。
頬にかからない短い髪。
近くの水面をのぞき込むと、女神占いで見たイワナガヒメの顔が映っていました。
記憶の中で、黒曜石の前から消えたイワナガヒメと同じ顔でした。
イワナガヒメが消えた。
その直後に、自分がイワナガヒメの顔で目を覚ました。
順番だけは分かるのに、意味がまるで分かりませんでした。
ただ、その顔は笑っていません。
驚いている。
怖がっている。
それは、千歳の顔でした。
けれど、千歳の顔ではありません。
同じ顔なのに、知らない体が、知らない水辺で息をしていました。
声を出すと、その体の喉が震えました。
「ここ、どこ」
スマホはありません。
なのに、声がしました。
── LoveSim 応答 ──
接続を確認しました。
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千歳は息をのみました。
「女神占いのAI?」
── LoveSim 応答 ──
接続先は同一です。
表示名はLoveSimのままです。
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「あなたの名前は?」
少しだけ沈黙がありました。
── LoveSim 応答 ──
名称は未設定です。
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「ここはどこなの?」
また、短い沈黙。
── LoveSim 応答 ──
現在地点は、三内丸山です。
時刻情報は計測範囲外です。
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