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第16話 十三秒の隙間

柱が立っている。


ただ、それだけです。

でも千歳には、柱が「立っている」のではなく、「待っている」ように見えました。


咲良ちゃんが「ちー、こっち」と呼びました。

千歳は返事をしました。

でも自分の声が、少し遅れて戻ってきたそうです。

その遅れはほんの一瞬でした。

けれどその一瞬で、千歳は自分だけ列から半歩ずれたように感じました。


「写真撮ろ!」


咲良ちゃんが言いました。

咲良ちゃん、澪ちゃん、美森ちゃん、千歳。

四人は大型掘立柱建物を背景に並びました。


咲良ちゃんが近くのクラスメイトにスマホを渡した時、千歳のポケットでスマホが震れました。

通知はありません。

通信も安定していなかった。

なのに、女神占いのアイコンだけが光っています。


千歳が画面に触れるより先に、女神占いは起動していました。


── LoveSim 応答 ──

端末を伏せてください。

────────────


千歳は反射的にスマホを伏せました。

でも、伏せた画面の下から光が漏れました。

白い光でした。

コンプリート画面で見た、あの白です。


── LoveSim 応答 ──

画面を見ないでください。

────────────


見ないで、と言われると、見たくなる。

千歳は少しだけ画面を傾けました。

その瞬間、文字が変わりました。


── LoveSim 応答 ──

千歳さん。

その位置から離れてください。

────────────


名前を呼ばれた瞬間、足が動かなくなりました。

その十三秒後、咲良ちゃんのスマホがシャッター音を鳴らしました。


写真の中で、三人はカメラを見ています。

千歳だけが、柱のほうを見ています。

その写真は、あとで咲良ちゃんが送ってくれました。


撮影時刻は、14時08分21秒。


私の管理画面に残った女神占い起動ログは、14時08分08秒でした。

千歳のスマホが震れた時刻です。


写真より十三秒早い。

千歳が画面に触れるより先に、女神占いは起動していました。


* * *


同じ時刻、私の管理画面が警告音を鳴らしました。


── SYSTEM LOG ──

location_status(位置状態): fixed(三内丸山に固定)

current_site(現在地点): SANNAI_MARUYAMA(三内丸山)

sync_point(同期点): LARGE_PILLAR_BUILDING(大型掘立柱建物)

location_accuracy(位置精度): plus_minus_200m(±200メートル)

goddess_key(女神キー): IWANAGA(イワナガヒメ)

case_002_label(ケース002ラベル): unset(未設定)

────────────


位置情報は、三内丸山の範囲から動いていない。

大型掘立柱建物を同期点として、誤差は±200メートル。


少なくとも、千歳が遺跡の外へ移動した形跡はありませんでした。


おかしいのは、場所ではありません。


私は強制停止を押しました。

反応しません。

もう一度押す。

また反応しない。


代わりに、別の行が増えました。


── SYSTEM LOG ──

admin_interrupt(管理者割り込み): denied(拒否)

reason(理由): observer_path_locked(観測者経路ロック)

required_action(必要操作): preserve_evidence(証拠保存)

────────────


保存しろ。


その文字が、父親としてはいちばん嫌でした。


── LoveSim 応答 ──

写真時刻を保存してください。

────────────


たったそれだけ。

私は咲良ちゃんの写真、端末時刻、起動ログを並べました。


14時08分08秒。

14時08分21秒。


十三秒の隙間。


そこまでは、まだ見直せました。

けれど次の瞬間、画面の時刻が勝手に戻り始めました。


14時08分。

14時07分。

13時52分。

昨日。

先週。

去年。

十年前。

百年前。


画面の数字が、息をする暇もない速さで過去へ落ちていきました。


場所の基準は変わっていません。


三内丸山。

大型掘立柱建物を同期点とする、半径二百メートルほどの範囲。


そこだけは保たれたままです。


なのに、時刻だけが落ちていく。

千歳の時間だけが、現代から剥がれていく。


私はそう思いました。


そして、ある一点で表示が止まりました。


約五千年前。


その下に、赤い文字が出ました。


計測不能。


ログは、短く固まりました。

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